第8話 お菓子作り
「ミシェル! おはよう!」
マリクは廊下の向こうから歩いてくるミシェルに声をかけた。
「兄さん! おはよう」
ミシェルはにこっとほほえんで挨拶を返してくれた。
可愛い弟のミシェルに笑顔で返され、マリクの顔も花が咲いたように笑顔になる。
最近のミシェルは明るい。数週間前まで下を向いてばかりで、マリクが話しかけても素っ気なかった。表情も暗く、マリクはミシェルのことが心配だった。
マリクにとってミシェルは可愛い可愛い弟だ。そんな彼が笑っているのはマリクも嬉しい。
しかし、何があったのだろう? 何がミシェルを変えたのだろうか?
それが少し気になった。
使用人に聞いてみると、「メリッサ様といろいろされてるみたいです」と言っていた。
母上と?
一体何をしているのだろう?
剣の稽古が終わり、廊下を歩く。
何やらキッチンから賑やかな声がする。
こっそり覗いてみるとミシェルとメリッサがいた。
「今日は料理長にクッキーを習おうと思います! よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
メリッサに続いてミシェルが言う。ミシェルの顔は生き生きとしていて明るい。
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
コックコートを着た料理長が二人に挨拶をした。
クッキー? どうして?
マリクの頭に疑問が浮かぶ。
「誰かいる。マリクだ」
ミシェルがマリクに気づいた。
マリクはキッチンに入った。
「あらマリク! どうしたの?」
「母上たちこそ、何をしているのですか?」
「クッキーを作ろうと思うの」
メリッサは明るい声で言う。
「どうしてですか? 自分で作らなくてもいいのに」
クッキーは使用人が作るか買ってくれば自分で作らずに済む。
ユービール国はお菓子が有名なのだから美味しいクッキーには困らないだろうに。
「自分で作るのも楽しいと思って。そうだわ、マリクはこの後自由時間よね。マリクも一緒に作りましょうよ! いいかしら、ミシェル?」
「いいですよ。兄さんも一緒に作ろう!」
あれよあれよという間に作ることになってしまった。マリクは少し困惑した。
しかし、ミシェルと何かするのも久しぶりだ。何よりミシェルから誘ってもらえたことが嬉しい。
「うん……!」
「じゃあこれをつけてね」
メリッサから布を渡される。
「これは?」
「エプロンよ。汚れると思うから」
メリッサもミシェルも同じものをつけている。
エプロンをつけ、手を洗い、ミシェルとメリッサの間に入った。
「準備出来ましたね。では始めましょうか」
クッキー作りが始まった。
「初めにバターをクリーム状になるまで混ぜます」
バターの重さを計り、銀色のボウルに入れ混ぜる。
バターは固く、くっつき中々上手く混ざらないが、だんだんと柔らかくなってくる。
そこに砂糖を加えさらに混ぜた。
「いい調子ですね。次は卵を入れます」
料理長が手本を見せる。テーブルにコンコンッと卵を打ち付け、殻に小さなひび割れが卵に入った。そこに両手の親指を入れ、ぱかんっと殻を開く。
とぅるんっと透明な白身に包まれた、濃い黄色の黄身が重力に従いボウルへ落ちた。鮮やかで見事な手際だ。
マリクもテーブルに卵を打ちつけるが、勢いよくぶつけてしまい、ぐしゃっとつぶれてしまった。
「あっ……!」
「大丈夫ですよ。もう一度やってみましょう。弱い力で少しづつ、ひびを入れましょう」
「はい」
ミシェルを見ると、「殻入っちゃった」 と、ボウルの中を覗きこんでいる。
「慌てず取り除きましょうね」
料理長に言われ、殻を取ろうとしていた。
「ミシェル卵割るの上手だね」
「お母様と料理してるから……」
「それって、最近お母様といろいろしてるっていう……」
「そう……お母様といろんな習い事してるの」
殻を取り終えたミシェルは卵とバターを混ぜ合わせる。
自分もそっと卵を割る。
殻がいっぱい入ったが上手く割れた。殻を取ろうとすると殻が挑げていく。
やっと取れた。
「習い事って何してるの?」
混ぜながら尋ねる。
「絵とか、音楽とか、庭の手入れとか」
「庭の手入れは習い事なの?!」
「習い事ではないね」
ミシェルはフフッと笑った。
卵とバターが分離するがだんだん馴染んで混ざっていく。そこに粉をふるい入れる。
メリッサの粉には茶色の粉が入っていた。
「メリッサ様のにはココアを入れてみました」
「あら素敵」
メリッサがふるいをトントンと叩く。
魔法を出すときにでる光の粒子のように、細かくさらさらと粉が散っていく。
粉がボウルからはみ出し、テーブルは粉まみれになった。
「あらら、こぼれちゃったわ」
「お母様、僕もです」
「難しいね」
三人で笑う。
軽く混ぜ、あとは手でこねていく。
手にくっついてきたが、だんだんまとまってきて一つの塊になる。
「少しねかせましょう。少し置いておくことで地生が落ちついて、触感や味が良いものになります。その間休憩しましょうね」
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