第5話 メリッサの考え

 メリッサはミシェルの才能を探すことを決めた次に、何を習うか考えた。


 「前世で漫画とか好きだったし絵にするか」

 自分の興味で選んだ。転生前のメリッサの記憶を辿ってもミシェルは絵を習っていないようだし丁度いいか。


 あと音楽はこの世界でも定番らしい。前世で「楽器弾けたらカッコいいなぁ、大学は音楽系のサークル入るか」と考えていたので音楽もやってみることにした。


 夫であるエドアルドに習い事をしたい事、ミシェルと誘いたいと伝えると、「そうか、好きにしろ」と、あっさり許可が降りた。

 エドアルドはミシェルが魔法と剣の授業を休む可能性があることも受け入れた。


 何も聞かれることもなく、メリッサの望む教師を手配してくれると言った。


 本当に何も聞かれない。


 ミシェルのことに関心はないのかしら?

 転生前も後もメリッサとの会話はいつも必要最低限だった。


 転生前のメリッサはエドアルドのことを好いてはいたが、もう彼との関係は冷えきっていると思っていたようだ。


 今のメリッサにとっては、何も言われずミシェルを連れまわすことができるので好都合である。

 しかし、ミシェルの暗い顔の原因の一つはこの男だ。

 そのうち向きあわなければならない。


 だが、無表情で何を考えているか分からず、年齢は三十二歳で、今のメリッサの中身は十八歳だ。年上で話しかけるのも緊張する。

 メリッサの年齢は三十一歳だから過度に身構えなくてもいいのだが、顔も厳つく、話しかけづらい。

 今は許可が下りたから良しとした。


 とにかく習い事の教師の手配はできた。次は魔法と剣の先生に次の授業は休むかもしれないと伝えた。


 出来ることはやったのであとはミシェルを誘うだけだった。


 当日ミシェルを探す。

 メリッサの記憶から心当たりはあった。


 庭の端に大きな木が植えてある。


 その木に寄りかかり、うずくまってミシェルは泣いていた。溢れる涙をぬぐうこともせず、涙はぼろぼろとミシェルの頬を流れ続けている。


 その姿にメリッサの胸が締めつけられる。

 これからミシュルの辛さが少しでも和らげばいいのだけれど……と、メリッサはミシェルに声をかけた。




 あれ?前にもこんなことがあった気がする。


 泣いている少年、手を差しのべる自分、バラの香り。


 この辺りにはバラはない。手を伸ばしてもいない。


 デジャヴのような不思義な感覚。




 気のせいか、とミシェルに意識を移す。


「お母様!どうしてここが?」


 あわててミシェルは涙をぬぐった。

 この場所はミシェルのお気に入りの場所だ。ミシェルとの思い出がたくさん詰まっている。

思い出を話すと、ミシェルは少し照れくさそうな顔になった。


 ここからが本題だ。


「ミシェルにお誘いをしにきたのよ!」

 そう言えば、ミシュルはきょとんとした。

 

 絵の習い事をしたいこと、一人では不安なことを話す。とりあえずミシェルは休んだ方がいい。剣の授業の日のミシェルはしんどそうだった。


 そういう時は休むに限る。無理しても身につかないものだ。


 ミシェルに断られたらどうしようかと思った。ミシェルが来なければ一人で参加することになっているのだが一人では少し怖い。メリッサの記憶があっても知らない場所で行動するのは怖いのだ。

 なのでミシェルに付いてきて欲しいのは本心である。


 エドアルドにも教師にも習い事の件を伝えたと言うと、「怒られない?」と返ってきた。

 やはり、授業がプレッシャーになっているようだ。

 怒られないと伝えれば、伸ばした手を取ってくれた。


 良かった。


 教室の部屋に向かう。が、転生してからまだ部屋を覚えておらず、生前のメリッサの記憶もおぼろげだ。病気で寝ていて出歩くこともできなかったので当然かも知れないが。

 ミシェルに部屋への道を聞く。一人じゃ道に迷っていただろう。

 「早く覚えなくては……」

 屋敷はこの世界の基準で言うと特別広いわけではないが、日本から来たメリッサにとっては広すぎた。

 



 部屋に着き、出向えてくれたのは、愉快な教師だった。

 アメーシスという国の画家らしい。

 国の名前も覚えなきゃ。国の名前がわからないのは貴族として不味い気がする……


 メリッサが提示した条件は

 一つ目、教師はなるべく穏やかな性格。

 ミシェルがプレッシャーを感じてしまわないようにスパルタではない方が良いし、自分も厳しい先生は嫌だったというのもある。


 二つ目、褒めて伸ばしてくれる教師。

 一番は楽しく取り組んでくれたらいいのだが、誉められて自信を持ってくれたら、さらに良い。

 ミシェルは剣や方法の授業で褒められていない。それだと自信は無くなる一方だ。メリッサとの習い事では誉めて伸ばす方向で行きたかった。


 頑張りを見てもらえないのはしんどいもの。


 授業が始まった。この世界にも鉛筆はあるのね。前世と比べると描き味は少し劣るけど。

 それにしてもデッサンって難しいのね……




 エドアルドが呼んだ教師は立派にメリッサの希望を叶えた。

 

 ミシェルの観察眼を褒め、メリッサも褒められた。ミシェルは目を大きく見開いていた。

 ミシェルが褒められればそれで良かったが、やはり自分も褒められると嬉しい。


 指摘もあるが言い方、伝え方が的確かつ、怒りの感情を含まない声なので威圧感もない。性格も明るいし、良い先生だわ。


 ミシェルはどうかしら? 次も来るか尋ねると「次も来たい……」と答えた。

 

 とりあえず、魔法のことを考えなくていい場はできただろうか?

 一カ月休むことも提案してみる。


 泣くほどに辛いなら休んだ方がいいと思うのよね。壊れてしまう前に。元気になったらまた頑張ればいいのよ。

 魔法と剣が世界のすべてではないだろうし。


 ミシェルは困った様子で考え込む。


「休みたい……」

 弱弱しく言った。眉は八の字になり眉間にはきゅっとしわが寄っていて今にも泣きそうだ。

 背中を撫でれば、一気に涙があふれてきた。




 数日後、二回目のデッサンを迎えた。

 ミシェルは前回より肩の力を抜いて取り組んでいた。

 顔つきも前より明るくなった。


 良い方向に進んでいそうだ。


 完成した二人の絵は拙い出来だったが二人とも完成を喜んだ。

 ミシェルが笑っていて安心する。


 そのうち絵の具も使うらしい。

 絵の具かあ、美術は得意じゃ無いけどこの先生となら楽しそうかも。メリッサは少しわくわくしていた。


 習い事を始めたきっかけはミシェルのためであったが、メリッサ自身も楽しくなっていた。


 「次も楽しみにしています!」

 ミシェルの明るい声がひびいた。その気持ちはメリッサも同じであった。


 それから音楽、ダンス、庭の手入れの手伝いや刺繍等にも誘ってみた。いろんな体験をした方が自分に向いていることがわかるかもしれないからだ。


 音楽の授業は前世で楽器に縁がなかったため新鮮で、うきうきした。音感がなく、上手いとは言えないけれど楽しかった。


 メリッサの生活も充実し始めた。


 次は何をしようかしら!

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