第3話 ミシェル

 ミシェルは庭の端にある大きな木に寄りかかりうずくまっていた。


 もうすぐ魔法の授業だ。


 魔法の仕組みを学ぶ座学は嫌いではないのだが、実戦が苦手だった。

 上手く魔法が発動しないのだ。先生が言うには魔力操作が下手らしい。あとは体のの動作が魔法についていかないようだ。


 使用人や兵士から聞こえる。

「マリク様に比べて……」

 という言葉。

 魔法の先生も呆れ気味だ。エドアルドもマリクばかりを褒め、ミシェルには何も言わない。


 僕はだめな子だ。


 ミシェルの気分は落ち込んでいた。


 マリクはいいな。

 剣も方法も上手くてお父様に褒められて。


 羨ましい。


 最近のミシェルは嫉妬からマリクを避けてしまっている。

 どうしてこんなに差が生まれてしまうのだろう、と悶々とし続けていた。


 ミシェルの心は深く沈み、涙がこぼれた。


 ガサッと音がした。

 あわてて涙をふく。


「いた。ミシェル」

 メリッサが木の裏からのぞき込んできた。


「お母様! どうしてここが?」

「小さい頃遊んだ場所だから、ここだと思ってね」

「覚えてたの?」

「もちろん。花冠を作ってくれたことも、一緒に寝ちゃったことも覚えています」

 メリッサは「フフッ」と優しく笑った。


 覚えていてくれたんだ。


 メリッサが寝込んでから、なかなか話す機会がなかった。

 会いに行ってもメリッサは苦しそうで、話すことも辛そうだった。なのでメリッサが自分と遊んでくれたことを覚えているのも、笑っていることも嬉しく、ミシェルの胸がぽかぽかした。


「そう! 今日はミシュルにお誘いをしにきたのよ」

 メリッサは手を合わせ、わくわくした様子で言った。

「お誘い?」

「そうなの。暇だから絵を習ってみようと思うの! これからあるんだけど、良かったら一緒に習ってみませんか?」

「え?」

 突然のことで理解が追いつかない。


 メリッサがここへ来たのも、魔法と剣の成績や授業に遅れがちなことで何か言われると思ったのに。

 笑顔だったからそうではないとわかってほっとしたが、どうして自分と絵の習い事を?


「あのね……私、元気になったから、いろんなことをやってみたいの。でも一人だと不安だから誰か一緒についてきてほしいんだ。ついてきてくれないかしら?」


 どうしよう。

 メリッサに付いていけば授業に出なくてもいい。

 でも魔法の授業が……まだ授業自体をサボったことはない。欠席したら父や先生に何か言われるかもしれない。


 悩んでいるとメリッサは続けた。

「お父様にも、魔法の先生にも私から伝えておくから大丈夫よ」

「怒られない?」

「怒られないわよ。安心して。」

 それなら、行ってもいい?

 メリッサが手を差し伸べる。


 魔法の授業に行きたくない。魔法と剣の授業の前は毎回、胸がきゅうっと詰まって苦しくなる。


 その苦しさから、逃げたい。


 ミシェルはメリッサの手を取った。




 二人で絵の先生がいる教室へ向かう。メリッサが紙をミシェルに見せた。部屋の地図だった。

「ねえ、この部屋らしいんだけで、どこかしら?」

 メリッサは元気になってから、ぽやっとしていたり、屋敷の中で道に迷うようになっていた。


 お母様はうっかりさんになっちゃったから僕がしっかりしなければ……!

 とミシェルは気合を入れる。なにより頼られることが嬉しかった。


「この部屋は向こうですよ。着いてきてください」

「そうなのね! 早く覚えなきゃ」

 メリッサはムムム……とうなっている。


 無事部屋につき扉を開ける

「ようこそ!絵画の世界へ!」


 両手を広げ、満面の笑みを浮かべる男性が出迎えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る