第2話 メリッサの決意

「…………」

 生垣の裏から男性の声が聞こえる。メリッサは身を隠し耳を澄ませた。


「ミシェル様見つかったんだって?」

「ああ。一向に上達しない上にサボるなんてな」

「やれやれ、そんなんじゃ先が思いやられるな。ティローネ家は周りの領地と比べても上位に入る大きさだ。あのままじゃ心配だよ」

「マリク様は中級魔法の練習を始めたんだと。マリク様がいれば安心だな」


 二人は笑いながらメリッサに気づかず通りすぎて行った。彼らはここで働く使用人だ。


 なるほど。

 ミシェルの暗さ、悲しそうな顔はここから来ているのか。




 メリッサの夫、エドアルド・ティローネは出張へ出かけていた。出発の日がメリッサの目覚めた日の翌朝だったため目覚めた時以降会っていない。

 

 エドアルドが帰ったと伝えられ、出迎えに行く。子供たちはまだ授業中である。


 正面玄関の大きく、重厚な扉が開いた。

 使用人達は頭を下げ帰宅した主人を出迎えた。


「帰った」

「お帰りなさいませ。エドアルド」


 くすんだ金髪、もといアッシュブロンドの髪をした背の高い男。

 ハイライトカラーに近く、アッシュブロンドにところどころダークブラウンが混ざっている。

 メリッサの記憶によるとエドアルドとメリッサは幼なじみで幼少期から婚約している。その時からこの髪色だ。


「メリッサ、体の調子はどうだ」

 エドアルドから話しかけてきた。

 前髪を上に上げ、額を出しているため、凛々しい眉にスッとした鼻筋、そして細く、切れ長でするどい目がよく見えた。


 整った顔立ちではあるが、目つきが悪く、怖く威圧感のある顔だ。顎鬚を耳の下まで生やしているため怖さが引き立つ。


 彼の黄色い瞳がメリッサを見る。


「調子も良く、お医者様からも健康と診断して頂きました」

「そうか」

 低く凛とした声で一言だけ言った。


 転生前からエドアルドとメリッサの間に会話は少ない。もう冷えきった関係なのだわ、とメリッサは思う。


 夕食は家族全員揃って食べる。メリッサにエドアルド、長男マリク、次男ミシェルの四人だ。

 マリクは十歳でミシェルと同じプラチナブロンドに丸い大きな目、水色の瞳を持つ。ミシェルと違うのはややストレートの髪と、父親に似たシュッとした輪郭ということぐらいだろうか。ミシェルはメリッサ似の丸顔だ。


 食事は質素だが味は悪くない。

 退屈な日々で食べ物も美味しくなかったら、もういよいよ絶望だ。


「……」 

 それにしても会話が無い。


 マリクはにこにことシチューを頬張っている。ミシェルはというと府き、もそもそとパンを食べている。静かだが、どんよりとしている。


「父上、今回の領主会議はいかがでしたか?」

 マリクがエドアルドに尋ねる。


 メリッサが住むのはユービールという国のナグラート領だ。

 ユービール国内はいくつかの領地に分かれていて、それぞれを各領主が管理している。会議は国内の各領主が集まり、領内に問題がないか、各領地の状況などの情報の共有などをするらしい。


「ああ、特に変わったことは無いようだ。だが、隣国で盗賊が出たらしい。国境を越えてはいないようだが、気をつけるように」

「はい!」

「マリクの魔法の訓練は順調らしいな」

「はい。今日は中級水魔法を習いました! 少し難しいですね」

「ああ、それなら……」

 魔法の解説が始まった。


 メリッサは魔法を学んでこなかったので何を言っているかさっぱりわからない。


 ミシェルに目を向けると居心地が悪そうにしている。

 エドアルドはミシェルに声をかけた。


「ミシェルは……中々振るわないようだな」

「はい……」

「剣術もあまり……上達していないらしいな」

「申し訳ありません。お父様……」


 マリクは魔法と剣の成績が良く、ミシェルはマリクと比較されがちのようだった。

 転生前のメリッサはこのことを気にしていて病んでしまったのだ。


「父上、ミシェルは努力しています。その辺にしてはどうでしょうか? ねっ、ミシェル!」

 マリクがミシェルに話しかけるが、ミシェルは答えない。


「マリクを見習うように」

「はい……」

 ミシェルの眉は下がり、目に涙が溜まり始めている。

 それ以降エドアルドは話をすることはなかった。


 あんまりじゃないかしら?


 ミシェルの落ち込む姿にメリッサの心がざわつく。いつの間にか手を強く握っていた。


 メリッサには人と比べられる辛さも、努力が報われない事の辛さにも覚えがあった。

 受験勉強でどれだけ問題を解いても上がらない模試の成績、人と比べて自分は劣っている、と負のループにはまっていく。


 高校生でも辛くてしんどいのに、こんなに小さい子どもが? 兄と比べられて自信を無くしていくの?


 メリッサの心に火がついた。


 異世界でやることが無いだって?

 辛そうな子供を放っておくなんてできない。自分は大学生になりたてで立派な大人とはいえない。それでも、この子よりは大人なのだ。子供には笑っていて欲しい。


 この世界の事情があるとはいえ、ミシェルが悲しそうな顔をするなら、どうにかしたい。

 メリッサの記憶の中のミシェルは笑っていた。


 剣と魔法の才能がないのなら他の才能を伸ばせばいいじゃない!

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