言葉と私の軋轢を

  別にその日も私は何時ものように漕いでいただけだった。ただ少しばかり暑くて注意力散漫になっていただけで。


 キィイッ


  あっさりと、私は消えるんだ。あきらめの気持ちとともにそんなことを思ってたのにさ。






  ガゴッ


  そう。そうやって、思ってたのにさ。


 「大丈夫。…で、あってよね。」

  あんなことがあってからそう簡単に返事を返せると思わないでよ。私はその手を思わず振り払う。勿論ありがたいと思う。でも、でもさ。

 「なん…で?」

 「うん?」

  私の腕なんか引っ張って。そんなの、巻き込まれたら共倒れじゃないか。そんな

 視線を感じ取ったのか、その人はあきれたように、何もわかっていないね、と顔を

 フルフルと横に振った。

 「私がやってみたかっただけど?何か悪い?」


  いや、違う。そうじゃ、ない。

 「悪くは…ない、です。」

 「…ちょっと?」


  私が言いたいのは、



 ー私は正直困っていた。適当に帰ってたら向こうからって自転車がぴゅーってきたからさ、ちょっと交差点覗いたらトラックが来てて。

 え?轢かれるよって思ったけど、到底間に合いそうもなかったから腕を引っ張って助けただけだし、別に間違っ

 たことをしたとは思ってないんだけどさ。

  あのねぇ、急に泣き出されても困るじゃん。

  勝手に死ぬのは自由だけどさ、私の前で死なれちゃ後味悪いでしょ?だから私は

 助けただけなのに。私、別に崇高な人間じゃないし、そんな人間になろうともしてない。ちょっとさ、やめてよね。

  私は思わず口を開いてた。



  あぁ、ボケ、クソ、ゴミ、カス。だなんてさ、いくらでも人の心は深く抉り取れるのに、何で、ありがとう、みたいな薄っぺらな感謝の言葉しかないんだろう。

  何が正しい?ここで何を言うのが最適解?感謝します。それとも助かりました?

 違う、そんなんじゃない。そんな分析するみたいに返したいんじゃない。

  なんだかものすごく悔しかった。ただのこの気持ちを伝えればいいだけなのに、それができない私が。借り物の感謝なんて言いたくない。結局、私が言いたいのは何なんだろう。

  そんな時、話しかけられた。



 「ねぇ。貴方は?感謝もないのは若干気になるけど?別に私だってそんな崇高な人間じゃないんだし、気安くしてくれたほうが助かるんだけど。因みに私は想花。花、だなんてさ似合わないでしょ?私はそういう人間。貴方は?ね、泣き止んでさ。」


 ー驚いた。まさかここまでするすると出てくるとは。でも、全部本当。ほら、泣き止んでって。



  はっとした。感謝すら言えてない私なのに。この、想花さんは私に話しかけようとしてくれている。無性にうれしかった。

  そうだよ、私は言葉という大きな狭間を渡ろうとしていたけれど。でも、違うんだ。


 「私は、心菜です。」


 ーふと、その顔がまぶしく見えた。あぁ、そうだよ。私は無性にこそばゆかった。

 へっ、いい顔をするじゃないか。ってさ。


 「へぇ。」


 考える前に動け。


 ー無駄なことでも少しばかりの助言を伝えようとする。


  彼女の身体からはそんなことが感じられた。

  きっと言葉は溝じゃない。それは心を相手に届ける柔らかな風。そこには運なんてものは介入してこない。そう、私たちだけの空間。考えすぎるな。動け。私は雑念を振り払うように右手を振り上げた。


 少しばかり火照った顔を逸らして、

 僅かに痛む肩関節とともに、

 私達は互いの手をとる。


 「助けてもらって、ありがとう、ございます。」

 

 「…おうよ。」


  うざったい位に輝いていた太陽が、今はとても快いものに感じられた。

 

  そう、こうなったのはお前のせいで。そしてお前のおかげだ。

 

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