第43話


 混沌迷宮では基本的に、五階層ごとに転移魔法陣を設置している。

 そのため冒険者はいちいち第一階層から潜り直すことなく、自分達の力量にあったスタート地点から迷宮探索ができるようになっている。

 ちなみにダンジョンマスターの権能を使えば、以前ブラッドに対してしたように本来と違う階層同士を繋げることもできる。


 転移魔法陣自体は人間側に利する仕組みなので、入ってきた人間を皆殺しにするつもりなら廃してもいいんだが……それだと冒険者が入ってこなくなるし、下の方で待ってる魔物達からも不満が出るからな。そこらへんの塩梅はなかなかに難しいところではある。


 当然ながら、俺は自由に階層を転移することができるようになっている。

 権能で階層移動ができるのは俺だけだが、魔法やスキルで転移できるやつは結構な数いるし、緊急用に転移のスクロールなんかも持たせているので、移動自体は問題なくできる。


 あ、スクロールっていうのはDPで生み出すことができる、使い切りの魔法が込められた巻物のことだ。


 このスクロールは誰にでも使うことができる。

 なので『ダンジョン&モンスターズ』の世界では勇者達に発見するとただ捕まることしかできなかった俺も、こいつと魔道具を組み合わせればある程度自衛ができたり……って、それは今はいいか。


「あ、マスター! おはようございます!」


「おうラビリス、朝から精が出るな」


 権能を使って俺が視察にやってきたのは第二十二階層。

 アンデッド種の魔物達が配置されている墓地エリアだ。


 洋風の墓が立ち並ぶ中に家紋の入った墓石が入っていたり、あちこちで卒塔婆が立っていたりと、宗教観どうなってるんだよという感じのなかなかにカオスなエリアとなっている。


 入って早々感じる、完熟した果実のような甘い匂い。

 歩いていくと腐った生ゴミのような臭いも混ざり始め、前世の俺であれば卒倒していたレベルの強烈な匂いがあたりに漂い出す。


「なかなかに匂うな」


「あはは、アンデッドですので、それは仕方がないかと……」


 苦笑するラビリス。

 匂いを嗅がないようにするためか、なんだか少し鼻声になっているような気がした。


 ちなみに俺はいつも通りに呼吸をしている。

 ダンジョンマスターになってからというもの、アンデッドの腐臭もまったく気にならなくなったんだよな。


「第二十二階層の魔物は……リッチ主体か」


「ウボォ……」


 俺がやってきたことに気付いたからか、近くにいた魔物がこちらにやってくる。

 ふよふよと空を飛びながらやってきたのは、きらびやかなローブに身を包むアンデッドのリッチだ。


 複数の属性を使いこなしながら他のアンデッドの指揮もできるリッチのランクはB。

 知能もかなり高く、しっかりと俺やズモゴロフの命令に従うことができるくらいの知性がある。


「オォ……」


 俺に出会えたことが嬉しいからか、リッチは全身から黒い毒気――瘴気を噴き出していた。

 アンデッド達はその存在自体が穢れをはらんでいる。

 彼らは呼吸をしない代わりに、魔力を吸い瘴気を吐き出す性質があるのだ。


 瘴気というのはまあざっくり言うと、アンデッド以外に対して悪い影響を及ぼす毒気だな。


 生者は瘴気を吸い込めば体調が悪くなったりして、本来の力が発揮できなくなる。


 その性質もあり、アンデッド達は伯爵との戦いでもほとんど出さなかった。

 もしかするとそのせいでストレスが溜まっていたのかもしれない。


「オォ……」


 流石に言葉をしゃべれるほどの知性はないが、かなり喜んでいるらしいことは見ていればすぐにわかった。

 こんなに喜ばれるのなら、もう少し積極的に顔出しをしていくことにしようかな。


 リッチの声に誘われてか、階層にいる魔物達が続々と俺の方へやってくる。

 アンデッドを運用する時は、基本的にアンデッドだけで隊伍を組ませるのがセオリーだ。

 当然この第二十二階層も、生息しているモンスターは全てアンデッドになっている。


 一番最初にやってきたのは空中浮遊の使えるリッチ達で、それに遅れる形で剣豪レベルの剣技を使えるボーンソードマン達がやってきた。

 その後に続くのは、この階層の匂いの発生源であるゾンビ達だ。


 人型のゾンビから空を飛ぶワイバーンゾンビ、果てには青白いだけで人と区別がつかない上位個体のレブナントなんかもいてバリエーションが豊かだ。


「そう遠くないうちに、ここに多数の人間が押し寄せて来るだろう。その時は容赦せずに皆殺しにせよ」


「「「オオオオオオォォォッッ!!」」」


 亡者達の大合唱が、階層の中に響き渡る。

 言葉を解する者もそうでない者も、俺に頭を垂れながら全身で自己を表現していた。


 第九軍団を構成するアンデッド種はとにかく数の多さと、不死性がその特徴だ。

 アンデッドは身体の中にある核を砕かれない限り、かなりのダメージを食らっても死ぬことはない。


 瘴気で相手を不調にしながら、持ち前のタフネスで敵を削っていく。

 大量にやってくる人間達のキルスコアを一番稼げるのは彼ら第九軍団に違いない。


「そういえばズモゴロフはどこにいる?」


「えっと……今は第五十六階層にいるかと」


 現状の混沌迷宮内の階層の分担は、彼らの好きなようにさせている。


 以前、それこそ混沌迷宮を解放する前は第一階層から第十階層までを第十軍団に、第十一階層から第二十階層までを第九軍団に……といった具合でそのままシンプルにしてたんだが、それだとやってくる冒険者達の数があまりにも違いすぎるからな。


 なので階層の分担は、彼ら同士で話し合いをさせ好きなようにさせている。


「となると……転職か。今あそこにいるのはドラゴンゾンビとレブナントエルフ達だったか?」


 『モンスター召喚』と『強制進化』を使えば、促成で強力な魔物を生み出すことができる。 けれどただ強力な能力を持っているということと強いことはまったくの別物だ。


 オークエンペラーから生まれた鬼子がベルウェイム相手に手も足も出なかったように、いくら強くとも足を掬われることは存在している。


 量だけではなく質を高める必要があるのだ。

 そのために現在俺達が最も力を入れているのは、転職システムだ。


 『ダンジョン&モンスターズ』の世界では勇者達しか使うことができなかったはずのこのシステムを、俺達は既に解析し、魔物に適用させることに成功していた。


 そのため現在魔物達は魔物が持っている能力と固有スキルに、更にジョブによる補正を乗算できるようになっている。

 まったく伯爵が連れてきた人間の中に、転職が可能な司教クラスの聖職者がいたことは望外の幸運だったよ。


 この恩恵を受けている者は混沌迷宮の中で弱い魔物達だけではない。

 ズモゴロフのような軍団長クラスのモンスターも、この転職システムを使いその実力を大きく伸ばすことに成功している。結果として混沌迷宮全体の戦力は、大きく底上げされたと言っていい。


(そういえば……ズモゴロフから聞いたことがないジョブに就いたと報告があったな)


 最近あまり顔も合わせてなかったし、一度会いに行ってみるか。

 ジョブ周りの報告を聞きがてら、第九軍団の現状についても聞いてみることにしよう。

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