第42話


 ラインザッツ侯爵バスベルグとの顔合わせはつつがなく終わり、俺はダンジョンの概ね俺達は改めてダンジョン運営に精を出すことができるようになった。


 子爵にとっては頭痛の種だったキルゴア伯爵側の問題も、無事に解決したからな。

 ちなみにバスベルグにはキルゴア伯爵領を切り取ってもいいと言われたが、今回は謹んで辞退させてもらっている。


 配下の魔物達を使えば、土地を支配すること自体は問題なくできるだろう。

 ただそれはあくまでも、魔物達を進駐させれば実効支配ができるというだけ。


 そこに住んでいる領民達が従ってくれるかと言うと、間違いなく否だろう。

 なにせ彼らは自分達の夫や父を俺達魔物に殺されているのだ。

 恨まれている領民達を手懐けるような面倒を負うくらいなら、丸投げしてしまった方がいい。


 そもそも俺に、人間の領地を運営することで得られるメリットはほとんどもないからな。

 領地経営をするなら、人間より魔物の力を使った方が早いし。


 ワーム系の魔物を使って土壌改良を行いドリアードやアルラウネといった妖精種の魔物を使って促成栽培をさせれば、そもそも農民自体が必要ない。


 後々暇になれば領地経営ゲームよろしく魔物達に開拓をさせてみても面白いかもしれないが……とりあえず今は聖戦への対応が最優先だ。


 聖戦をすべく、現在ラテラント王国は国土を挙げてこちらに向ける兵を集めている。

 雑兵がいくらいようがダンジョンで食ってしまえばいいだけだが、参加を表明している者の中には、俺が特級戦力として警戒している者達の姿があった。


 勇者の末裔である勇爵家の人間と、特殊な力を持っていると噂の聖女だ。

 彼らに対応するために、こちらも事前に策を練っておく必要がある。


 更に言うと今回の場合、俺は兵を分ける必要がある。

 主立った兵は混沌迷宮にやってくるだろうが、既に混沌迷宮と友好を結んでいるリンドバーグ子爵家と、聖戦への不参加を表明した侯爵の方へ軍が向かうことも考えなければならないからだ。


 俺は子爵、伯爵、侯爵の三家と同盟を結ぶことになった。

 これは特に拘束力のない友好的なものだ。


 だが俺は彼らを守るつもりでいる。

 魔物を悪とする聖教の盛んなこの国で、魔物の主である俺と組んだ時点で、彼らは俺と運命を共にせざるを得なくなった。

 友好を表明してくれる者達を、見捨てるつもりはない。


 聖戦の対応のため、俺は日夜第百階層にて、ティアマトと協議を重ねていた。

 見る者全てを圧倒する純白の城の作戦会議室にて、俺は今日も混沌迷宮の参謀であるこいつと顔をつきあわせていた。


 ちなみにラビリスには別の役目を与えているため、この場にいるのは俺達二人だけだ。


「というわけで私としては、第二・第三・第四軍団を応援に向かわせるべきだと愚考致します。機動力と人へ与える警戒をなるべく減らした形ですね」


「なるほど、俺と同じ考えだな」


 今回襲撃が予想される点は多岐にわたっている。

 リンドバーグ子爵領、キルゴア伯爵領、そしてラインザッツ侯爵領。

 特に最後のラインザッツ侯爵領に関して言うとその領土はかなり広く、前者二つを合わせた者よりなお広大だ。


 俺らは彼らの救援にいつでも即応できる体制を整えるつもりだ。

 特に子爵と伯爵は飛べば吹くような戦力しかないので、実質俺達だけで防衛を行う必要がある。


 更に言うと、ただ守るだけでもダメなのだ。

 今後のことを考えれば、味方である人間側にもあまり悪印象を持たれぬよう気をつける必要がある。


 そのため生理的嫌悪感を催す個体も多い虫種の第六軍団と、存在そのものが瘴気をまき散らし土地を汚染してしまうアンデッド種の第九軍団は連れて行くわけにはいかない。


 まあ最悪はエルフ達のディメンジョンゲートで召喚するつもりだが、それは本当に最後の手段にするつもりだ。


「ティアマトは軍団はどの程度連れて行くべきだと思う?」


「副軍団長と軍団の半分ほどで十分かと。混沌迷宮へのダンジョンアタックを主攻とすれば、その他の都市への攻撃はあくまで助攻。そこまで本気で攻め込んでくることもないでしょう」


「そうか、俺とは違うな。俺は全軍で対処すべきだと考えている。もちろん軍団長も含めてな」


「ほう……主は一体どのようなお考えをお持ちなのでしょうか」


「簡単だよ――欲の皮の突っ張った人間が、目の前にあるお宝を我慢できるほど賢いわけがない」


 ティアマトは俺という存在を知っているからか、人間を賢い生き物だと思いすぎている節がある。

 けれど俺は今回攻めてくる彼らが、混沌迷宮以外の諸都市をも巻き込んでめちゃくちゃにするという確信があった。


 今回俺達を攻撃するにあたって向こうが立ててきたお題目は、聖戦というやつだ。

 そして俺には前世の記憶で、これと似た形の戦争があったことを知っている。


 ――十字軍。

 かつて教皇の下、ヨーロッパがイスラム圏に対して行った一連の軍事行動である。


 複数の国がまとまる形で行われたその戦争では、通常では考えられぬほどの略奪や強姦が行われたという。


 人は宗教というお題目があれば、どこまでも残酷になることができる。

 人の愚かさが変わらないのであれば、起こることも変わらないと考えた方がいい。


「なるほど……我が主の深慮を前に、己の浅学非才を恥じ入るばかりでございます」


 ぺこりと頭を下げるティアマトをねぎらってから、話を続ける。

 恐らく聖戦が始まれば、俺は混沌迷宮で侵入者達を迎え撃つことに集中することになる。


 その際ティアマトには、同盟側で三個軍団を動かしてもらう予定だ。

 映像水晶を介したやりとりを行い全て俺が指示を出すこともできるが、彼はこの混沌迷宮の参謀総長だ。


 配下の参謀達も活躍の場を求めているという話は聞いているので、今回の防衛に関しては委細を彼らに任せるつもりだ。


「責任は全て俺が負う。最上の結果を出してみせろ」


「はっ、部下共々、身命を賭して臨ませていただきます!」


 賢いティアマトのことだ、これだけ言っておけばまず問題はないだろう。

 話し合いを終えると、ダンジョンステータスを呼び出し魔物の項を確認していく。

 現在俺は権能の一部をラビリスに預ける形で、急ピッチでモンスターの召喚を進めてもらっている。


 三個軍団が抜けるとなると、ダンジョン側の防衛力が少し心配になってくる。

 戦力の増強は急務だった。


 あの宣言をしてからは基本的に空いた時間はほぼ全て戦力の増強に充てているしな。

 ……ここ最近は報告を受けるだけのことも多かったし、一度視察にでも行ってみるか。


 作戦会議を終えた俺は、そのままの足で階層間転移を発動させ、魔物達の下へと向かうことにした。

 魔物達の仕事ぶりを確認するのも、ダンジョンマスターである俺の務めだからな。




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