第40話
マサラダの街は現在、市井で色々な呼ばれ方をされている。
魔王に支配された魔窟だという者もいるが、混沌迷宮の恩恵にあずかっている地域では冒険者の街という呼び方が一般的だ。
迷宮が生み出す財宝と、それに引かれてくる者達を対象に商いをする者達。
欲望渦巻くマサラダの街は、その源となっているダンジョンの名を表すかのように混沌としている。
けれど混沌とは、無秩序という意味ではない。
秩序の対義語は、無秩序ではないのである……。
「ふうぅ……」
しっかりと足取りで街へ入りマサラダの冒険者ギルドへと向かう、一人の男がいる。
齢三十を超えた、少し落ち着きのある、けれどどこか疲れたような顔つき。
身体能力が下り坂に入り冒険者としては今後の進退を考える年齢にもかかわらず、彼は全身から自信をあふれさせていた。
ゆっくりと息を吐きながらもその足取りは軽く、そして前を向いている。
彼の名前はフレディ。
かつてノニムの街を拠点にしていた、Cランク冒険者である。
「あ、フレディさん。お疲れ様です!」
「おう、お互い頑張ろうな」
「おい、あれがフレディさんだぜ」
「俺らみたいな新人にもきっちり挨拶してくれるだなんて……夢みたいだ」
彼を見た冒険者達の反応は一様に憧憬に満ちていた。
かつて自分が他者へ向けていたそれが、今は他者から自分へと向けられているというのが気恥ずかしいというのが正直な感想だった。
けれど彼は現在、他の冒険者達から羨まれるに足る実力を持っているのも事実だった。
彼が身に纏っている武具は全てが混沌迷宮産の素材で作られている、いわゆるモンスター防具。
刀剣に勝るほどの切れ味を持つ角を持つサーベルユニコーンの角を削り出して作った直剣に、雷の息を吐き出すサンダーリザードの鱗を使って作ったスケイルメイル。
この全てが中階層、混沌迷宮の第十階層以降のエリアに出現する魔物の素材でできている武具である。
ちなみに素材は全て自前で揃えている。
(思えば変わったもんだなぁ……)
フレディは以前のことを懐古しながら、買い取りカウンターへと並ぶ。
それほど時間が経ったわけでもないのだが、わずかな間で、彼の人生は一変していた。
「あ、フレディさん! 今日もお疲れ様です!」
買い取りカウンターで冒険者達を捌いている受付嬢の、フレディに対する態度は非常に丁寧だ。
それもそのはず。
現在フレディは混沌迷宮の第十五階層へ潜ることに成功している、最前線の冒険者のうちの一人なのだから。
フレディは背負っている背嚢から今回の戦利品を出してゆく。
エメラルドタートルの甲羅原石にショッククラブの大鋏、ラフラフレシアの毒花粉……それらをまとめると、金貨十枚以上の収入になった。
混沌迷宮のアイテムと魔物素材は、この世界では未確認のものも多く、非常に高値で売れる。
そして中層の素材となるとそもそも持ってくる人物も少ないため、その傾向はより顕著だった。
ずっしりとした金貨の感触を覚えながら、フレディは冒険者ギルドのマサラダ支部を見渡す。
やってくる冒険者に対してギルドが小さすぎたため増築を繰り返しており、いびつながらもギルドの中はかなり広い。
外へ出れば臨時の買い取り所もあって、あまり価値のない素材を売る新人達はあちらの列に並ぶことになっている。
他と比べると見劣りのするような小さな支部だったにもかかわらず、現在のマサラダ支部は経営も絶好調で、とにかく全体的に活気づいている。
あちこちから聞こえてくる喧噪に悲壮さがないのが、その証拠だ。
この活気の原因は、年齢層の若さにもあった。
矛盾するようだが、冒険者という職種は年を取て経験を積んでいけばいくほど、冒険をしなくなっていく。
ホームができた冒険者はそこから出ることがないし、実力のある冒険者の目標である認定勇者になれば自分の都合で動き回ることはできなくなるのだ。
結果として新たに生まれた狩り場である混沌迷宮を目指してやってくることができる人間達は、まだどこにも唾をつけられていない者に限られる。
そのため混沌迷宮にベテランがやってくることはない。
勇気を出してやってきたフレディがこのダンジョンでは実力者の一人という扱いを受けているのには、そういった理由もあった。
マサラダ支部にいる冒険者の中にどこかしらから粉がかけられるBランクの数は未だゼロで、最高はフレディのCランクなのである。
「フレディさん、聞いてください、俺ようやく剣士のジョブに就けたんですよ!」
「おお、そうか。それなら次は剣豪だな。この混沌迷宮でしっかりと地力をつければ誰でも俺みたいになれるからな、ケンも頑張るんだぞ」
「フレディさん、俺の名前を……うっす、頑張ります!」
人生の酸いも甘いも経験してきたフレディは、今の自分の立場が純粋な実力によるものではなく、運良く得られたものだということをしっかりと理解していた。
故に彼は驕ることもなく、どんな人に対しても分け隔てなく丁寧に接するよう心がけるようにしていた。
更にこれには純粋な保身としての意味もある。
というのもこのマサラダの街では、不可思議なことに横暴な態度を取り続けたり、犯罪行為をしている者は気付けばその姿を消してしまうからだ。
その原因を皆なんとなく理解はしているが、その理由を――ミツルの名を口に出す者はいない
治安が良くなっているのだから、細かいことは気にしないのが吉なのだ。
「一杯引っかける前に、転職屋に行ってみるか」
考えても詮無いことと、フレディは頭を振る。
混沌迷宮でその地力をめきめきと伸ばしている彼のレベルは既に50を超え、かつてのブラッドの60に届こうとしていた。
既に上位ジョブである剣豪にも就いており、そちらのレベルもそろそろカンストする頃合いだ。
そろそろ剣豪以外のジョブに就けるようになっているかもしれない。
無駄にする経験値など一つもないと、彼は軽い足取りのまま転職屋へと向かうことにした。
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