第37話
聖教が持つ最高戦力である聖女。
初代聖女は教皇も兼任した聖女メグラントとなっているが、彼女以後は教皇が世俗権力化したため、教皇は枢機卿会議によって男性が選ばれるようになった。
それでは聖女はどのように選ばれるか。
意外なことに、聖女は信仰心の篤さによって選定されるわけではない。
勇者コタローがメグラントに渡したとされるとあるアイテム――現代では聖遺物とされているある魔道具を使って選定されるのだ。
その魔道具の現在の名は、
天上の世界から下りてきた天使の残滓を見つけ出すと言い伝えられている魔道具だ。
今代聖女であるアリアもまた、これによって聖女と
「……」
王都の北の外れに存在している、聖パルシオ聖堂。
扉の開かれぬ早朝、一般人は立ち入り禁止となっている壇上に祈りを捧げている、一人の女性がいた。
片膝を折りながらその顔を俯かせる聖教式の祈りを熱心に捧げているように見える女性は、たおやかで、今にも壊れそうで、けれど圧倒的な存在感を放っていた。
髪は目の冴えるような青色、けれどそれより目を引くのは、その目にかかっている真っ黒な帯だった。
後頭部から連なる形になっているその眼帯は、彼女の両目をしっかりと塞いでいる。
両手を組んでいる彼女の頭上からは、赤と青のステンドグラスが織りなす光が降り注ぎ、後光のような輝きを宿らせていた。
頭部にかかっている面紗(ベール)が彼女の神聖で冒しがたい雰囲気を一層高めており、この聖堂に人が誰一人いないこともあって、切り取られた絵画の一ページのように見える。
「アリア様、ここでしたか」
「はい、ルベール。食前の祈りを捧げていたのです」
彼女――五十八代目聖女アリアは供仕えもなしにすっくと立ち上がると、そのままゆっくりと歩き始める。
両目を覆いで隠しているにもかかわらず、その所作はよどみない。
やってきた全身鎧の男の下まで歩いていくと、その男へと顔を向けている。
まるで全てが見えているかのようだった。
否、ようではない。彼女には全てが見えている。
魔封じの眼帯を使い、己の目に宿す力を封じてもなお、世界の全てがあまりにも克明に。
「私は祈らずにはいられないのです」
「はい、はい……存じております」
何度も頷いて首肯する鎧の男――ルベールは、ゆっくりと彼女の手を握る。
金の髪を刈り上げた、見事な体躯の男だ。
立派な体格に反してその顔つきは童顔だが、その実力は折り紙付き。
聖教が持つ武力である聖堂騎士団において十星聖騎士の座の一画を務めている、若手のホープだった。
「教皇がお呼びとのことです。大遠征に関する打ち合わせがしたいと……」
「私は軍のことはわかりませんが……」
「アリア様は我らの旗印ですから。作戦会議の場にあなたがいなければ場が締まらないのでしょう」
「なるほど、そういうものですか」
アリアはルベールに手を取られたまま、ゆっくりと歩き出す。
ゆっくりだがふらつく様子のない確かな足取りだ。
彼女は歩き出すと同時、握っているルベールの手がかすかに震えていることに気付いた。
不思議に思った彼女は、その目を使って――視た。
するとルベールは眉間にしわを寄せながら唇を引き結んでいる。
身体を強張らせている彼が呟いた言葉を、彼女は読唇術を使って読み取った。
『僕が必ず、君を守る』
アリアはきゅっと、握った手の力を強める。
するとルベールもそれに合わせるかのように、力強く彼女の白く美しい手を握った。
決して二人が離れてしまわないように、強く……強く。
聖女アリアと聖騎士ルベール。
聖教会という組織には逆らえぬ彼女達もまた、混沌迷宮へ向かうことになる。
聖教会そのものに決して無視できぬ影響力を持つ聖女アリアは、けれど自分の意志で何かをなそうとする人間ではない。
誰かの言うことを聞くことに慣れすぎた彼女は、自分の意見を通すという行為がもたらす影響を失念してしまっていたのだ。
けれど彼女が、自分の本当の気持ちに気付くことがあれば。
そしてそれを行動に移す勇気があれば。
彼女の見ることのできる世界は、一変するに違いない。
アリアはルベールに先導されながら、教皇の待つ教会へと向かう。
彼女が世界の美しさをその目で見ることができる瞬間は、きっとそう遠くはないに違いない――。
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