第35話


 ラテラント王国は比較的ゆるやかな王権を持つ国家である。

 その所以は、かつて世界を救った世界連合を主導したのが王家ではなく勇者であったことにある。


 君臨すれども統治せず。

 王国にとって王は大義名分を作る上で必要な存在ではあったが、実際的な力は経済力を除けばほとんど持っていない。


 では王国で最も力を持っている貴族家はどこか。

 純粋な権力と兵力で言うのなら、王国内に三つある公爵家になるだろう。

 ただ純粋な個人としての戦闘能力となると話は大きく変わる。


 凶悪な魔物を己の力で倒すことができる貴族となると、話題に上がるのは恐らく一家だけになるだろう。

 その功績のあまりの大きさによって例外的に認められた、ただ一つの爵位。

 ――魔王を討伐した勇者コタローが打ち立てた勇爵家である。



 勇者が政治的な力を持つことを嫌った当時の王家により、勇爵家にセガタの家名と共に与えられた土地は、王国の中でも最辺境と呼べる南に広がる未開拓の土地であった。


 そこを開拓し人が住めるいっぱしの都市を築き上げてからというもの、勇爵家は王国の政治情勢から一歩離れた姿勢を貫き続けていた。

 魔王まで倒したのにこんな土地を押しつけてきた王家に、ほとほと愛想が尽きたからだ。


 故に勇者の血を引くその先祖達は皆、高い戦闘能力を持っていても、王都への戦力の供出はその全てを断り続けていた。

 頑張っても何も与えられないというのは、もうこりごりなのである。


 セガタ勇爵家、領都タミヤ。

 その最北に鎮座し、領民達を見守っているタミヤ城。

 領民の暮らしを眺められる天守閣から顔を覗かせている女性は、その顔を下ではなく上へと向けていた。


 空に浮かび上がった映像を目を見開きながら見つめているのは、着流しを着た二十代後半の女であった。

 着物自体のサイズが大きいために胸元がはだけてしまっており、サラシを巻いてもなおその大きさがわかる胸が自己主張していた。

 口にパイプをくわえながら紫煙をくゆらせるその様子は、どこか厭世的な雰囲気を漂わせている。


 腰に提げているのは、金の金属粉のちりばめられている鞘に収められた刀剣だ。

 反りのある刀身は、コタローがこの世界で再現させた刀と呼ばれる武器である。

 鞘と柄の隙間からわずかに残る刀身は、闇夜を思わせる黒。


 妖刀『レイブンクロー』――異界の技術とこの世界の魔力含有金属という本来であれば交わらない両者が化学反応を起こすことで、魔剣としてこの世に生を受けた逸品である。


『世界中にいる、全人類に告げる! 我らは人類の敵ではない! 弱き者、虐げられている者、そして理不尽に苦しむ者達全ての味方だ! 混沌迷宮はダンジョンマスターミツルの名の下、理不尽にもその全てを奪われようとするリンドバーグ子爵を助けるために参戦する!』


「……こりゃすごいねぇ」


 映像に映っているのは、滑らかに口を回している一人の男の姿だ。

 貴族令嬢であっても及びもつかないほどにつややかな黒の髪、全てを飲み込んでしまいそうなオニキスの瞳。

 つるつるとした光沢のあるマントに、金のボタンが映える漆黒の軍服。

 その全てが黒一色に統一されている。


 本人の身のこなしは素人じみているが、その後ろに控えているエルフは間違いなくただ者ではない。

 戦ったとして、果たして勝てるかどうか……。


(……って、まだ戦うって決まったわけでもないのにね)


 自然と思考が敵対の方向に向かっていってしまっている自分に彼女――勇爵家当主代行を務めているハヅキは笑みをこぼす。


 いにしえにその伝承が残るのみとなっていた、ダンジョンマスター。

 それが新たに現れ、子爵家と手を組んだ。


 魔物を操る力を持つ彼は、かつての魔王と同じ存在なのか。

 彼は王国の味方なのか。

 というかそもそもの話、ダンジョンマスターは人類の味方たり得るのか。


 わからないことだらけだ。

 現地から遠く離れた勇爵領では、得られる情報があまりにも少なすぎる。


 モンスター達がキルゴア伯爵軍を一蹴している様子を見つめながら、ハヅキはここから先の展開を想像する。

 間違いなくこちらにもなんらかの話は来るだろう。

 まあそれを素直に受けるつもりもないのだが。


 王国の情勢は複雑怪奇、考えるだけ時間の無駄である。

 出たとこ勝負でやるしかないか、と彼女は考えるのをすぐにやめることにした。


「この光って、一体どんな仕組みなのかねぇ……」


 興味は上空に映し出されている映像の方に移り、彼女は食い入るように流れる動画を見つめていた。

 見ていてわかったのだが、あまりグロくならないように配慮までされており、衝撃映像となる箇所は突如として模様が描かれて見なくて済んだり、別の角度からの映像に差し替えられたりしている。


 もしかするとダンジョンマスターは、そういった配慮のできる男なのかもしれない。

 よく考えてみれば、そうでなければわざわざ子爵を助けるなんてまどろっこしいことはしないはずだ。


(ご先祖様が倒した人類にとっての絶対悪だった前の魔王とは、ずいぶん毛色が違う感じだねぇ)


 王国の最強戦力のうちの一人である彼女は、そんな風にのほほんと考えたまま、キルゴア伯爵軍がやられていく映像をぼーっと見つめていた。


 この魔道具があれば、戦場は一変するだろう。

 それだけ有用なものを惜しげもなく使うダンジョンマスターのミツルに興味が湧かないと言えば、もちろん嘘になる。

 一度くらい顔を見せに言ってもいいかもねぇ、などと考えていると、勢いよくこちらに近づいてくる足音に気付いた。


「ハ、ハヅキ様ああああぁぁぁぁっ!! 大変ですぞおおおおっ!」


 うぐいす張りの廊下をはしたない速度で駆けてきたのは、セガタ家の老中であるケーマだ。 戦うこと以外に能がない勇爵家の財政をほとんど一人で切り盛りしている、やり手の財務官である。


「何が大変だってんだ、爺や」


「ツヴァイト公爵家が軍を興すことを決定したそうです! そして聖教会が聖戦を宣言致しました! セガタ家も参陣せねばマズいことになりますぞ!」


「はぁ……まあ、なんとなくそうなる気はしてたけどね」


 混沌迷宮の存在は、遠く離れたセガタ家の耳にも届いている。

 映像を通して確認ができた強力な魔物、それを映し出す見たことのないマジックアイテム……それがどれほどの価値を生むかを理解している者が、それをせしめようとするのは当然のこと。


 それに魔物を悪と断定する聖教は、ダンジョンマスターの存在を決して許そうとはしないだろう。

 両者が結びつけばこうなるのは当然の流れとも言える。


 ちなみに聖戦とは、神によって定められた戦のことを差す。

 ハヅキはまったく信心深くはないが、こういった時はしっかりと信じてますアピールをしておかないと、後々面倒なことになりかねない。

 民衆の心と密接に関わり合っている宗教というのは、なかなかどうして厄介なものなのだ。


「私としては仲良くした方が思うけどねぇ。そっぽ向かれて帝国に行かれでもしたらどうするつもりなのさ」


 以前魔王によって人類が滅亡する寸前まで減らされたとはいっても、それは既に何百年の前のこと。


 帝国という目の前の脅威のことを考えれば、多少なりとも腹芸をしてダンジョンから利益を享受するのが政治というものだと思うのだが……。


(うーん……王国ももう長くないかもねぇ)


 王の勅命や各地から救援要請で何度も災獣を倒したことのあるハヅキは、暴れていた魔物達の一体一体がAランクの強さを持っていることをしっかりと理解していた。

 おまけにあのエルフのような人外の存在もある。

 Aランク上位の個体が彼女一人しかいないなどという希望的観測はするべきではないだろう。


「よし決めた、うちはダンジョンマスターのミツルと組もう」


「しょ……正気ですかハヅキ様!?」


「もちろんさ。リンドバーグ子爵みたく、あいつの味方になる貴族がいたっていいわけだろう?」


 ハヅキは己の直感に従い、混沌迷宮とミツルとは敵対すべきではないという結論を出した。

 こうして彼女は周囲からの猛烈な反対を全て封殺し、言い訳のために自家の兵士達を最低限だけ王都へ向かわせた後、単身で混沌迷宮へと向かうことになる。


 かつて魔王を討ち滅ぼした勇者コタローの末裔、ハヅキ。

 勇者の固有スキル・・・・・を持つ彼女もまた――この世界における特級戦力の一人である。





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