第33話
マサラダの街とドルジの街の間に広がっているシナマ街道。
その街道を四つに区切った時、最もマサラダ側にある部分を更に東へ進んだところに、カントゥ平野という平地がある。
乾燥がひどいために草が育っておらず放牧地にも適していないため、長いこと放置され続けている土地には、現在恐らく有史以来もっとも多くの人間がやってきているだろう。
西側に布陣しているのは、マサラダを治めるリンドバーグ子爵軍とその常備軍三十、それとかき集めてきた冒険者達八十人弱ほど。
対する東陣営はその数が三百に届くキルゴア伯爵軍と、招集されたのだろう冒険者達が数百人ほど。
こうして見ると、人数比の差は圧倒的だ。
「……(ごくり)」
俺の隣でリンドバーグ子爵が、緊張から唾を飲み込んでいた。
身体を小刻みに震わせながらも、その視線はキルゴア伯爵軍に釘付けになっている。
そんなに緊張する必要はないけどな。
空飛ぶ魔物を使った航空偵察と、透明化が使用可能な魔物による浸透偵察により、既にキルゴア伯爵陣営の情報は集め終えている。
前にやってきて今はティアマトのおもちゃになっているブラッドクラスの勇者が数人と、伯爵家お抱えの騎士が数人ほど。
彼らはBランクくらいの力はあるだろうが、残る人間はそう大した強さは持っていない。
こうして見ると壮観に感じるが、相手にしているのはハリボテのようなものだ。
「緊張する必要はありません、すぐ終わります」
「そ、そうですか……」
なぜかものすごい量の汗を掻いている子爵が、強張った笑みを浮かべている。
子爵領では長らく戦争とは縁がなかったと聞いている。
緊張するのも当然か。
え、俺はどうなのかって?
俺は……まったく緊張してないな。
一応カウントとしては初陣になるはずなんだが。
まあ、その理由もわかってる。
俺は自分が育て上げたモンスター達に、自信を持っている。
あいつらが目の前にいる雑魚どもに負けるはずがない。
それがわかっているから、普段と変わらぬ態度で臨むことができているのだ。
ちなみに現在俺と子爵は軍の後方にいる。
DPを使って用意した椅子に腰掛け、ダンジョンの中で作った果実を搾ったジュースを飲んでゆったりとくつろがせてもらっている。
子爵はさっきから一口も手につけてない。
なかなかにおいしいと思うんだが、それどころではないみたいだ。
リラックスしながら準備が終わるのを待っていると、向こうの軍勢が割れる。
どうやら戦の前の演説が始まるようだ。
俺も立ち上がると、側に控えていたベルナデットが服にできた小じわを魔法を使って伸ばしてくれる。
そういう細かいところに気が利くのが、本当に心強い。
ちなみに今回、俺には彼女が率いているエルフ魔術師部隊の三十人も同行してくれている。
彼女達は俺を警護するような形で、リンドバーグ子爵軍から少し後方に横に広がって布陣している。
子爵によると人並みを割ってやってきた三十代後半くらいのおっさんは、キルゴア伯爵本人らしい。
第一印象は若作りをしているおっさんって感じ。
なんとなくネズミとかを想像させる、ちょっと小ずるそうな顔つきをした男だ。
混沌迷宮で得られる利益に目がくらんで勇者を使って実効支配とかしようとする馬鹿だからな。
実際この印象は間違ってないんだろう。
「リンドバーグ子爵、貴殿は再三の要求を無視し、我らに混沌迷宮の管理を委ねることを拒んだ! ダンジョンは魔物の跋扈する危険地帯である! ダンジョンを管理するためには、有事の際に対応するための武力が必要だ! それは我らにあり、そしてリンドバーグ子爵家にないものである! 故に私――キルゴア伯爵ベルクの名の下、混沌迷宮は我ら伯爵家の支配下に置くのが物の道理である!」
その言葉を聞いて、キルゴア軍がおおおおおっっと気勢を上げる。
サクラも入ってるんだろうが、何せ数が多い。何百人もの声が合わさってすごいことになっている。
言っていることはお前のものは俺のものというなんともジャイアニズムにあふれた言葉だが、こういうのは勢いが大事だからな。
自分達が正義だと思わせた方が兵士の士気が上がるなんてのは、古今東西良く聞く話だ。
伯爵が言葉を発し終えると、子爵側の人の波が割れていく。
その間を歩いていくのは子爵――ではなく、俺とベルナデット、そして彼女が率いるエルフ魔術師部隊だ。
向こうの陣営から聞こえてくるざわめきを無視して、俺は『収納』にしまってあった、拡声の魔術水晶を手に取る。
ダンジョンの魔物達にならこんなことをわざわざしなくてもいいんだがな……。
伯爵は自軍の指揮を上げるために演説をぶった。
けれどそもそも子爵側の戦力に戦わせるつもりもない俺に、そんなものは必要ない。
ではなぜ、わざわざ俺が抗弁をするのか。
その理由は二つ。
まず第一に、俺がこの世界の敵ではないことを示すため。
俺は世界全てを敵にしたいわけではない。
ただ敵と味方をはっきりと区別し、敵を倒したいと思っているだけなのだ。
俺は子爵領を守る子爵の良き隣人であり、そして悪を成そうとする伯爵を成敗する正義の味方。そういう筋書きが望ましい。
そして第二の理由、それは――
「子爵に代わって話をさせてもらおう。俺の名前はミツル――混沌迷宮のダンジョンマスターだ」
この俺、ダンジョンマスターのミツルと俺の配下であるモンスター達、そのお披露目をするためだ。
今回の一件は世界に俺達の存在を焼き付ける、良いデモンストレーションになってくれるだろう。
現在俺達の頭上では、映像水晶を持った有翼種達が空を飛んでいる。
彼らに撮影させた映像は、既にリアルタイムで世界中の都市の上空に映し出されている。
今この瞬間、俺達のことを何十、何百万人という人間が見ていることだろう。
「俺は現在、混沌迷宮の全てを掌握している。故にダンジョンが暴走しスタンピードが起こるような事態は発生しない。であれば子爵にそのまま管理を任せてもなんら問題はないと思うんだが?」
「貴様――ふざけたことをぬかしおって! ダンジョンマスターなどおとぎ話で煙に巻こうとしてもそうはいかんぞ! 気でも狂ったか、子爵よ!」
「私は気など狂っていない! しかしその上で、今回の一件をミツル殿に託すことにしたのだ!」
「ぐっふっふ、こうなっては仕方がない。皆の者、どうやら子爵は心労から錯乱してしまったようだ! 狂ってしまった子爵に代わり、我らキルゴア伯爵家がリンドバーグ領を統治するのだ!」
子爵がまともなのは一目見ればすぐにわかると思うのだが、キルゴア伯爵からすればもうそんなことはどうでもいいようだ。
当初はダンジョンの管理だけという話だったのに、気付けば子爵領を奪うという形に話が飛躍している。
彼はいやらしい笑みを浮かべながら、混沌迷宮から得られるであろう利権を想像し、じゅるりと舌なめずりをしていた……自分の顔が世界中に生中継されているとも知らずに。
全世界にあほ面を晒した哀れなキルゴア伯爵に、俺が引導を渡してやらなくてはいけないな。
俺が合図を出すと、ベルナデットの号令下、エルフ魔術師部隊が横陣を組む。
大魔法発動のための準備を整えている彼女達の後ろで、俺はベルナデットが生み出した土の段に上がる。
そして両腕を大きく広げ、天に掲げた。
空から振り注ぐ光魔法がスポットライトとなって、俺の身体を強く照らし出す。
漆黒の軍服が光を反射し、天鵞絨(ビロード)のマントは風を受けて翻った。
「世界中にいる、全人類に告げる! 我らは人類の敵ではない! 弱き者、虐げられている者、そして理不尽に苦しむ者達全ての味方だ! 混沌迷宮はダンジョンマスターミツルの名の下、理不尽にもその全てを奪われようとするリンドバーグ子爵を助けるために参戦する!」
さあ、これを見た各国の首脳陣は俺達に対してどんな手段を講じることになるのか。
じっくり拝見させてもらうことにしよう。
既に俺の諜報網は世界各地へ広がっている。
情報が手に入るまでに、それほど時間はかからない。
ここまで派手に動くことを決めたのには、無論いくつもの理由がある。
その中で俺が最も重要視しているのは、この世界にいる未だ存在の知られていない強者達のあぶり出しだ。
どうやらこの世界の強者達は、俺が想像していたよりはるかに弱いらしい。
攻略にやってくる勇者達も、巷で幅を利かせている強者達も、正直なところ期待外れな者達ばかりだった。
だがこの世界のどこかには、俺の命を脅かすほどの脅威が存在しているはずだ。
故にそれを可能な限り早い段階で知って、可能であれば備えをしておきたい。
手を取るのか潰し合うのかを決めるのは、それからでも遅くはないはずだ。
「ミツル様、用意ができました」
「ああ」
勇者は脅威ではないかもしれない。
だが俺は決して油断も慢心もしない。
ダンジョンマスターとして生きていくことを決めたあの日から、俺は――。
「「「ディメンジョンゲート!!」」」
エルフ魔術師部隊によって大魔法、ディメンジョンゲートが発動し始めた。
先ほどまで何の異変もなかったはずの虚空が、音を立てながら削り取られていく。
消えていった大気を埋めるような形で突如として発生したのは、真っ黒な渦だ。
全てを呑み込むほどに巨大な顎は空間を削り取ってゆき、渦はどんどんとその数と大きさを増していく。
広がった渦の数は、合わせて十。
そして臨界点に達した時、魔法が完成する。
ディメンジョンゲートは二点間を繋ぐゲートを生み出す、大規模移動魔法である。
この場所と繋がることになるのは当然……俺が築き上げてきた五年の集大成である、混沌迷宮だ。
「「「オオオオオオオオオッッ!」」」
あらゆる魔物達が、渦を通ってやってくる。
天使が飛び立ち、悪魔が降り立ち、竜が火炎を上げ、アンデッドが瘴気をまき散らす。
蜂が飛び回り、グリフォンが空を駆け、獣は地面を疾駆し、巨人は大地を揺らした。
統一性のない、あまりにも混沌とした陣容のモンスター達。
ただこの場にやってきた彼らには共通しているものがあった。
それは――己の本懐を果たせることへの歓喜。
彼らは喜びに震えながらも、現れてからその場に留まり、じっと俺の号令を待っていた。
『開戦の準備を整えよ。俺が再度の号令を行った時は、総力を上げて敵を蹂躙せよ』
かつて俺が彼らへ告げていた言葉だ。
今こそ、あの時の約束を果たす時である。
権能である『作戦指令』を発動させ、彼らへ直接語りかける。
お前らの力を――全世界中に見せつけてやれ!
『総員――蹂躙せよ!!』
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