第28話


「はあっ、はあっ……やったか?」


「バルクさん、それってフラグってやつでは……」


 息も絶え絶えな様子の三人。

 周囲にいるオーク達を蹴散らしながらのオークエンペラーとの戦闘。

 そして立て続けに放った大技による魔力と体力の消費。

 まだまだ戦えはするが、三人にも疲労は溜まっている。


 煙が晴れる。

 そこに居たのは――全身に火傷を負いながらも尚も耐えているオークエンペラーの姿。 

 攻撃は直撃したはずだが、未だ余裕がありそうだ。


「はっ、流石にこれだけじゃあ仕留められないか」


 バルクは不敵に笑う。

 彼の言葉が通じたわけではないだろうが、オークエンペラーもバルクを見てにやりと笑った。


「行くぞ二人とも、オークが散ったここからが正念場だ!」


 彼の言葉の通り、現在オークエンペラーの周囲からは魔物の姿が消えていた。


 先ほどバルクが放った、彼が放つことのできる最大威力の攻撃技である裁きの雷槌。

 この技には他者の放った一撃を己の雷として使うことができるという点以外にも、いくつもの利点が存在している。


 そのうちの一つが、ソエルが放つ水魔法との親和性だ。


 衝撃全てを変換された濁流は勢いを失い静止した放水となり、全ての衝撃を変換して発生した稲光は、周囲の水を伝播する形で周囲にいるオーク達へ届く。


 二人が協力して放った一撃は、森の入り口に彼らとオークエンペラー以外のいない空白地帯を生み出していた。


 荒れ狂う水流で流す形でオークの上位種達も戦場を移動しており、残って遠巻きに様子を窺っていたオーク達は電流を食らったことで、個体がほぼ全て黒焦げになっている。


 あらかじめソエルが雷耐性をつけるサンダートレランスを使っていたおかげで冒険者達に死者は出ていないはずだ。

 確認をしている余裕はないが、せいぜい感電している者が数人出た程度だろう。


 今この場に残っているのは、オークエンペラーと『裁きの雷槌』の三人だけ。

 けれどそれは彼らにとって、どうでもいいことだ。

 

 なぜなら彼らは戦い始めたその時から、お互いのことしか目に入ってはいなかったからだ。

 Aランクという頂きに辿り着いた存在にとって、Bランク以下の生物達など、いくらでも倒すことのできない、取るに足りない存在に過ぎないのである。


「ブモオオオオオオオッッ!!」


 オークエンペラーが振るう大剣の連撃。


 斬り上げ、斬り下ろし、袈裟、逆袈裟、突き、フェイント、薙ぎ。

 Aランクモンスターの膂力で振るわれる大剣は大気を裂き、一振りごとに音と衝撃のワルツを奏でていく。


 圧倒的な速度で放たれるオークエンペラーの攻撃は、荒れ狂う暴風そのもの。

 大気が悲鳴を上げ、放たれる斬撃の余波だけで周囲に散らばる木々とオークの亡骸達が吹き飛んでゆく。


 剣を持つその姿は羅刹よりもなお悪魔じみている。

 歩く災害、災獣の面目躍如たる攻撃の連続が繰り返されていく。


 唸り声を上げる大剣が敷く、剣の結界。

 常人であればわずかたりともほころびを見いだすことのできぬ風の中を、一人の少年は果敢にもくぐり抜けていく。


「おおおおおおおおおおっっ!!」


 相手の放つ斬撃を時に槌を巨大化させ受け止め、受け流し、そして相手の打ち手を減らすために敢えて手傷を負いながらも相手へ痛打を与えていく。

 彼は自身の動きによって相手の動きを誘導し、より優位な状況を作り出していた。


 オークエンペラーの攻撃を一つ一つが強力な単発の強撃とするのなら、バルクのそれは正しく点と点を線で結んだ、一つの流れ。

 その威力や防御力自体はオークエンペラーには及ばないが、戦況を支配しているのは間違いなくバルクだ。


「シイイィィッ!!」


 そしてこの場には、バルクの作り出す流れを汲み取ることのできる存在が二人いる。

 リサが放つメイスの一撃は、バルクに意識を傾けているオークエンペラーの背中を強かに打ち付ける。


 真っ白く光り輝くそのメイスに付与された神聖属性が、オークエンペラーの身体に消えることのない焼き印をつける。

 その身体につけられた聖痕は既に十を超えているが、未だオークエンペラーの動きは彼らよりもはるかに速かった。


 当然ながらオークエンペラーの意識は彼女の方を向き、そしてその意識の空白をつきバルクはがら空きになった胴を攻める。


 そして前衛の二人の呼吸一つ分の間の小休止を作り出すのは、後ろに控えている後衛のソエルの役割だ。


 彼女の放つ魔法には、バルクやリサの一撃のような豪快さはない。

 けれど気付けばバルク達にできている傷は消え、補助魔法はかけ直され、そして呼吸を整えるだけのゆとりを持つことができている。

 派手な動きこそないものの、ソエルもまた間違いなくこのパーティーの一員だ。


 後衛である彼女を狙おうとするオークエンペラーの動きをしっかりと牽制しつつ、バルクは再び駆け出した。


 ソエルを除いた三人の動きが、その激しさを増していく。

 最初は目で追えるほどだった動きは既にいくつもの残像という形でしか捉えることができなくなっており、彼らが何をしているのかを理解できる人間は、その速度に慣れているソエル以外にはいなかった。


「があああああああっっ!!」


 バルクは歯を食いしばり、目を血走らせながら哮る。

 その全身からは雷が迸り、その動きは速度を増していた。


 上級雷魔法、ライトニングスピード。

 己の身体に紫電を纏わせることで肉体に電磁加速を行わせる魔法である。


 雷魔導師と魔法槌士、それに賢人。

 バルクは魔法に関するステータス補正をかける上位ジョブを合わせて五つ取得している。


 魔法職としては頂点に近い彼が、失われた古代文明によって作られた魔法の武器を触媒にして発動させる雷魔法は、ただのそれとは一線を画している。


 バルクの速度は既にリサが把握できる人間の領域を超越していた。

 彼は一方的にオークエンペラーを殴って殴って殴り続けている。


 だが使用者に圧倒的な速度をもたらすこの魔法は諸刃の剣。

 使用後に雷によるスタン効果を受け自身の身体が動かなくなるというデメリットがある。

 彼は完全にこの攻防で勝負を決めるつもりだった。


 この戦況で、一対三という状況をもう一度再現するのは困難を極める。

 故にこの一撃でオークエンペラーを仕留めきれなければ、自分達に勝ち筋は残されていないということが、直感的にわかっていたのだ。


「変換!」


 彼が纏っていた雷が、衝撃に変換される。

 バルクは自身が生み出した押し出される形で、全身がボコボコになっているオークエンペラーの頭より遙か上へと跳躍した。


「これで――最後だっ!」


 バルクが飛び上がると、オークエンペラーがその迎撃をすべく上を向く。

 けれどリサによるメイスの一撃がその足先を力強く叩き、その視界をソエルが霧を生み出すことによって遮った。

 仲間によるアシストを受けたバルクが、大きく槌を振りかぶる。


「戻れ、エッケルト!」


 大きく飛び上がった彼の手にある雷槌エッケルトは、どんどんと巨大になっていく。

 巨人の英雄が使っていたとされる巨槌は、その本来の大きさを取り戻し……そしてバルクは宙でくるりと回転し、遠心力を高めていく。


 同時に複数のスキルと魔法を発動させる。

 己が強いた電磁のレールの上に槌の軌道を合わせ、更に槌全体に雷を纏わせる。

 そしてそこに更に打撃スキルを組み合わせ――


「ライジング――インパクト!」


 音速を超えて二回転した巨槌が、本来の威力に遠心力を加えた形でオークエンペラーの頭部を強かに打ち付ける。

 めこっと頭の骨が陥没する音が聞こえてくるが、まだこれで終わりではない。


「裁きの雷槌!」


 更に自身が放った最大の一撃の衝撃を、伝播と同時に雷に変換する。

 これによってオークエンペラーの内部に雷が伝導し、その強固な肉体を内側から破壊していった。


 全力の一撃を放ったために上手く着地のできなかったバルクは、ゴロゴロと地面に転がった。

 顔面にハンマーの柄頭のめり込んだオークエンペラーはそのまま地響きを立てながら、地面へと倒れ伏し……二度と起き上がることはなかった。


「大丈夫ですか、バルクさん!?」


「ああ、なんとかな……」


 全身にしびれが残り槌を握っていた手が震えているバルクだったが、その顔は明るい。

 彼を支えるソエルとリサの顔も同様に晴れ晴れとしていた。


 けれど戦いはまだ終わりではない。

 今もなお、彼らから少し離れたところではオーク達の姿が見えている。

 その様子を見て最初に違和感を覚えたのは、バルクだった。


「オーク達が……散っていかない……?」


 通常統率個体がやられた場合、下位の魔物達はちりぢりになって逃げる習性がある。

 なのでオークエンペラーを倒した今、本来であれば掃討戦に映る段階のはずなのだが……オーク達は未だ好戦的な光を宿したまま、その手に武器を持っていた。


「これは一体、どういう……」


 ドクンッ!


 まず最初に聞こえてきたのは、大地すら揺れたかと錯覚するほどに大きな鼓動の音だった。

 脈動の音は回を重ねるごとに大きくなっていき、バルク達がよろけて転びかけてしまうほどに揺れも大きくなっていく。


 しかし脈動はすぐに収まった。

 次いでやってきたのは、くぐもったノックのような音だった。


 ドンドン、ドンドンと何かを必死に叩いている音は、なぜか彼らの不安を猛烈に煽る。

 その音の出所を見つけたバルク達は、言葉を失っていた。

 音がやってきていたのは――オークエンペラーの腹の中だったのだ。


「あのオークエンペラー……雌だったのか」


 通常統率個体は男からしか生まれることはない。

 けれど魔物の突然変異は、どのような種類のものにも存在している。


 あの個体が偶然にもオークエンペラーの雌だったのだとしたら……バルク達の思考を止めたのは、腹から突き出るように飛び出した真っ黒な拳だった。


 ぐちゃり、ぐちゃりと濡れた何かを噛んでいるかのような咀嚼音が聞こえてくる。

 その音の原因を察したソエルが、思わず口元に手をやった。


「た、食べているんですか……自分の母親の肉体を」


 オークエンペラーの肉体が、内側から食い破られていく。

 バツンッと張っていた腹を突き破って飛び出してきたのは――真っ黒な、小柄なオークだった。


 あのオークエンペラーの腹から出ていなければ、そしてその身に莫大な魔力を宿していなければ、間違いなくオークの子供だとは思わなかっただろう。


 そう思ってしまうほど、そのオークは人によく似た見た目をしていた。

 牙もなくくりくりとした黒目をしていて、粘膜に濡れている両の手足にはきちんと五本の指がついている。


「ほう……これが外の世界か」


 人の言葉を解するほどに知能が高い個体。

 そしてその全身から発されているプレッシャーは――間違いなく先ほど戦っていたオークエンペラーを凌駕している。


「これを殺してくれて助かった、おかげで早く外に出ることができたぞ」


 オークがそう言って指さすのは、死んだまま腹を食い破られた無残なオークエンペラーの姿。

 Aランク中位であるオークエンペラーから生まれた鬼子。


 恐らくその実力はAランク中位でも上から数えた方が早いかもしれない。

 あるいは……この世界における最強種であるAランク上位の可能性すら――。


 その異様さに身構えながら戦闘態勢を取る三人だったが……瞬間、鬼子の姿が消える。


「礼だ、三人とも殺さずにおいてやろう。まあ雌には俺の子を孕んでもらうがな」


 刹那、三人の身体が吹き飛んでいく。

 何をされたのかもわからないほど、一瞬の出来事だった。


 喉の奥からせりあがってくる鉄の味と、口から飛び出す血の塊だけが、オークの攻撃を受けたということを示してくれている。


「リサ……ソエル……」


 槌を握ったまま意識を失いかけていたバルク。

 彼は半ば無意識のうちに何もない空を掴もうと顔を上げ、その手を伸ばし……


「Aランク冒険者パーティーのデータ収集は完了、これよりAランクモンスターのデータ収集に移行致します」


 そして目の前に突如として現れた何かの後ろ姿を見たまま、バルクは意識を失った。

 彼が意識を失う寸前、遠くから声が聞こえた気がした。


「お望み通りイレギュラーは排除してあげるわ、ついでだけどね」


「き、君は……」


 言葉を続けることはできず、バルクはそのまま地面に倒れ伏し、気を失った。

 突如現れた闖入者を前にした黒いオークは、その人物――ベルを見据えて眉をしかめる。


「――誰、お前?」


「ごめんなさいね、雑魚に教える名前はないの」

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