第27話
オークと人間達の戦いはその勢いを増し続けている。
魔法が飛び交い、血しぶきが舞い、打ち上げられた死体がまた地面に新たな染みを作る。
冒険者達が森の入り口を襲撃ポイントに選んだのは、オーク達の隊列を伸ばすことで混戦を避け、強力なオークの上位種達を各個撃破していくためだ。
その狙いは概ね上手くいっている。
一つ予想外の点を挙げるとするのならそれは……『裁きの雷槌』とオークエンペラーの戦いがあまりに激しすぎるせいで、森の木々が焦げ、吹っ飛び、地形が変わり始めているところだろうか。
存在自体が災いを成す災獣と、存在自体が灯火となる英雄。
同列の強さを持つ彼らは、その実力を遺憾なく発揮させ、周囲にまでその暴威を振りまいていた。
「ブモオオオオオオオッッ!!」
Aランク中位モンスター、オークエンペラー。
その圧倒的な怪力と防御性能は、決して一撃をもらうことを許さない。
オークエンペラーが手にしている得物は、二メートル級の大剣だ。
発掘された化石を思い起こさせるその剣は白く、そして無骨だった。
骨を削り出して作られたのであろう大剣は人であれば扱うことすら一苦労するほどの大きさだが、巨躯のオークエンペラーからすれば大した重さではないのだろう。
その剣速は視認ができぬほどに速い。
オークエンペラーが放つ超高速の斬り上げに対するは、『裁きの雷槌』のバルクだ。
「おおおおおおっっ!!」
オークエンペラーの一撃を、『裁きの雷槌』のリーダーであるバルクは真っ向から迎え撃つ。
彼が手にしているのは、小ぶりな槌だ。
そのサイズは日用品用のハンマーほどで、迫り来る大剣と比べるとおもちゃのようにしか見えない。
彼は槌を振り下ろす。
その速度はオークエンペラーよりも速いが、身長と得物差から大人と子供が遊んでいるようにしか見えない。
この瞬間を切り取って誰かに見せれば、次の瞬間に凄惨な光景が拡がるに違いないと予測する人間は多いだろう。
けれど……
「戻れ、エッケルト!」
大剣と槌がぶつかり合うその瞬間、小さな槌はその頭部の金属部分が膨張した。
その大きさは大剣に勝り、オークエンペラーの巨躯にも迫るほど。
激突、衝撃、そして閃光。
戦場を覆い尽くすほどの閃光が上がったかと思うと、続いてバヂッと激しい雷撃の音が鳴る。
その発生源はバルクが手に持つ槌、彼のパーティーの由来にもなっている
その能力は縮小・拡大、そして衝撃と雷を双方向に返還することのできる力。
かつて巨人族が持っていたと言われているこの魔法の武器は、本来であれば十メートル級の巨人が使うほどの大きさがある。
ただ個人のサイズに合わせて伸縮と軽量化を可能としており、その性能を少し弄る形で人間であるバルクにも使えるように調整がなされている。
本来の重量を円筒部分とは言え取り戻した雷槌の重さは圧倒的だ。
膂力ではオークエンペラーに分があるが、得物の重量ではバルクに分があった。
結果としてオークエンペラーが押し負ける形になり、そうなれば当然バルクは追撃に移ろうとする。
再び伸縮と軽量化を発動させ、振り回しの良いサイズに調整。
そのまま振り上げた槌を下ろそうとして……彼はそのまま横に振り抜いた。
「「「ブモオオッ!?」」」
オークエンペラーが若干体勢を崩したタイミングで、オークリーダーと彼らに付き従うオーク達がバルク目がけて殺到してきたからだ。
オークキング達は他の冒険者達が抑えてくれているが、それ以外のオーク達の中には野放しにされている者も多い。
彼らは当然ながら大量のオーク達に対応しながら、オークエンペラーに対峙する必要がある。
「サンダークリエイト!」
バルクは一度足を止め、再び小ぶりな形に戻っている槌を持ったまま手首のスナップを使い軽く振ってみせた。
すると円筒から雷撃が飛び出し、周囲にいるオーク達を一瞬で黒焦げにしてみせた。
雷槌エッケルトは、雷魔法と強い親和性を持つ魔法発動の触媒としても優秀な性能を持っている。
けれど持つ武器が優秀だからといって、これほどあっさりと火力を出すことができるわけではない。
上位ジョブ雷魔導師。
相手のスタンと麻痺、そして攻撃速度に特化した雷魔法を使うためのジョブだ。
バルクはこれに更に上位ジョブである魔法槌師を重ね合わせることで、攻撃そのものに対して雷を付与することを可能にしている。
故にバルクが放つ攻撃は彼が意識をした瞬間、その全てが雷を伴う。
彼が横に伸びる形で一撃を放てばそれは雷の全体攻撃となり、単体に対して攻撃を加えればそこには強力なスタン性能が付与される。
一対一だけではなく一対多もこなすことができなければ、Aランク冒険者を名乗ることなどできはしない。
バルクがオーク達を一蹴し向かおうとした時には、既にオークエンペラーは体勢を立て直していた。
彼の方へ向かってくるオークエンペラー。
その振るう剣には術理があり、戦闘経験の豊富さを窺わせる。
得物の重量を自在に変えられるとはいえ、領差の純粋な身体能力には大きな開きがある。
スピードだけなら若干バルクの方が上だが、それ以外のスペックはオークエンペラーの方が圧倒的に上だ。
「ブモオオオッッ!」
オークエンペラーは自身の一撃を防いだせいで足が地面にめり込んだバルク目がけ、二段突きを放つための溜めを作る。
そして腕を伸ばす形で突きを放ち……その一撃がバルクへ届くよりも先に、腹部に強い衝撃を受けた。
突如としてやってきた攻撃に腹に力を込めることで耐えるが、その身体は衝撃によって横へと吹き飛んでいく。
バルク一人なら、オークエンペラー相手に勝つことはできないかもしれない。
けれど彼には仲間がいる。
これまで数多戦ってきたAランクモンスターの戦闘で生き延びることができたのは、彼が一人ではないからに他ならない。
地面に足を接したまま、強引に引きずられるような形で右に飛んでいく。
オークエンペラーの脇腹には、焼き印のような黒い焦げ痕が残っていた。
「むぅ……やっぱり硬いですね」
そう言ってぺろりと唇を舐めるのは、その手に真っ白なメイスを持っているリサだった。
彼女は神聖魔法と呼ばれる魔法の使い手である。
神聖魔法とは簡単に言えば、光魔法をより強力にしたものと考えるのがわかりやすい。
光魔法を使える人間が長い時間修練を続けることによって使用が可能となるパターンが多く、聖教の中でも大司教クラス以上の限られた人間にしか使うことができない。
神聖魔法にも光魔法と同様回復魔法や結界魔法、補助魔法といくつもの種類があるが、彼女が使うことができるのは魔物退治に特化した神聖魔法のみ。
魔物を殺すことこそが己を信仰とする戦闘狂である彼女もまた、バルク同様複数の上位ジョブに就いている。
バサークと呼ばれる状態異常にかかる代わりに己の身体能力を引き上げるバーサーカー。
カルマ値と呼ばれる隠しパラメーターを参照し、この世界で生きてきて犯してきた罪の数だけダメージを上げるパニッシャー。
そして己の信仰に仇成す相手へ特攻をつけるクルセイダー。
彼女は異端者と魔物と相対する時、その戦闘能力を大幅に引き上げることができる。
自分との相性の悪さを本能のうちに理解したのか、オークエンペラーは己の腹部を軽くさすった。
「クルセイダー固有スキル聖痕(スティグマータ)……私が神の敵だと認めた者に対し、一定時間固定ダメージを与えるスキルです。これを打ち込まれた相手はステータスが減少し、本来の力を発揮することができません」
向かってくるリサに対応しようとするオークエンペラー。
その動きは先ほどまでとは異なり、明らかに精細を欠いていた。
オークエンペラーの一撃をリサはしっかりと避けてみせる。
大ぶりなメイスの一撃を食らわせることはできないが、オークエンペラーの一撃をもらうこともない。
そしてオークエンペラーの注意が完全にリサに向いた時点で、今度は後ろから魔法が飛んでくる。
「ソニックタイフーン!」
放たれた魔法は、上級風魔法であるソニックタイフーン。
鎌鼬を伴った巨大な台風がオークエンペラーへと襲いかかる。
全身に浅い傷ができていく。
高い自己治癒能力を持つオークエンペラーからすればかすり傷ですらないのだが、それでもうっとうしいものには間違いない。
戦いに参戦しにやってきたオーク達ごと襲いかかる巨大な竜巻の中で、オークエンペラーはリサの向こう側に見える少女――水魔導師のソエルへと視線を向けた。
「タイダルウェイブ!」
水魔導師であるソエルが続いて放ったのは、巨大な津波を起こす水魔法であるタイダルウェイブ。
上空に突如として現れた巨大な質量を伴う洪水が、滝のように森の中へと降り注いだ。
オークエンペラーも当然攻撃の範囲内に入っているために水を受けてはいるが、大したダメージは受けていない。だが周囲にいるオーク達は洪水によって押し流されていた。
このタイダルウェイブは威力ではなく、制圧力に特化した魔法だからだ。
オークエンペラーが上空に気を取られた瞬間の隙を見逃さず、リサは再びオークエンペラーへそのメイスを振るう。
「セイクリッド――インパクト!」
魔物特攻のついている神聖魔法の乗った一撃。
神聖魔法の使い手であれば放つことのできる、相手に衝撃を与えることに特化した攻撃スキルだ。
与える衝撃は大きいが、攻撃力自体はさほど高い一撃ではない。
なぜ二人がこのような魔法を使ったのか。
その理由は全てのお膳立てを整えるためだ。
リサの背後から飛び上がってやってきたバルク。
彼が握る槌を振るえば――彼女達のアシストが必殺の一撃と化すからである。
雷槌エッケルトの能力は伸縮・軽量化以外にもう一つある。
それが――衝撃と雷の双方向変換。
ソエルが放った水魔法の質量、そしてリサによる渾身の一撃。
その全ての衝撃が雷へと変換される。
「食らいやがれ――裁きの雷槌!」
瞬間、戦場が雷鳴に包まれる。
そして全ての衝撃を変換して放たれた必殺の一撃が、オークエンペラーへと襲いかかり――。
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