第26話


 彼らが襲撃をかけるべきタイミングは、すぐにやってきた。

 待機をすること半日ほど、夜が明けて視界が開けたタイミングで砦にこもっていたオーク軍達が動き出したのだ。


 防衛を考えていないからか砦に残るオーク達はほとんどいないようで、鬱蒼と茂る森の中をオーク達。

 数千の軍勢を成す巨漢のオーク達の行軍は地響きを起こし、彼らが歩を進める度に木々に留まっていた小鳥達が飛び立っていく。


 森の手前で木々に身を潜めているフレディ達からは、ずらっと大名行列のように並んでいるオーク達の姿が見えていた。


 序列順になっているのか、およそ体躯が大きい順に並んでいるように見える。

 その先頭を行くのが、今回彼らの討伐対象となっているオークエンペラーである。


(おいおい、ありゃあヤバいだろ……)


 息を飲みながらじっと見つめているフレディの視線の先には、無数のオーク達を従えて悠然と歩くオークエンペラーの姿がある。


 その体躯は優に三メートルを超えている。

 巨躯と表現していいのかもわからぬほどに大きい。

 あれではオークではなく巨人だ。

 見上げるほどの巨体に、フレディは思わず言葉を失ってしまっていた。


「フシュウゥ……」


 魔物が吐き出した息は大きく、そして白かい。

 既に季節は夏に入っており夏であり、呼気が結露しているわけではない。


 オークエンペラーがその身のうちに宿す圧倒的な魔力。

 呼気から漏れ出す形で現出したそれが、大気中にある魔力と結びつき世界の有り様を変えているのだ。


 魔力によって世界を改変すること、それ即ち魔法と呼ぶ。

 オークエンペラーほどの魔物になれば、その吐き出す吐息すらも原始的な魔法となってしまう。


 見上げるほどのオークエンペラーは、見る者全てに恐怖をもたらしてみせた。

 その後ろに控えているオークキングやオークリーダー達。


 戦の舞によるバフ効果を受けている彼らも、本来であれば恐怖の対象になるはずだ。

 けれど目の前にいる魔物の存在感があまりにも強すぎるせいで、彼らのことなど気にとめるだけの余裕もない。


 フレディの全身に震えが走る。

 勝てるのか……こいつらに。

 心中の不安は、聞こえてくる地響きの音により大きくなっていく。

 同じ懸念を覚えているのは、彼だけではなかった。

 周りを見てみれば、討伐組の者達は皆この光景に飲まれかけているのがわかる。


「皆、安心してくれ」


 けれどただ一組、『裁きの雷槌』だけはオークエンペラーをしっかりと見据えていた。

 バルクの言葉に、討伐組の全員が、リーダーである彼の方を向いた。

 彼の声はさほど大きいわけではなかった。

 けれど皆の耳に、その声は届いていた。


 バルクとそのパーティーメンバーは萎縮するでもなく、諦めるでもなく、ただ前だけを見据えている。


「オークエンペラーは俺達が倒す。Aランク中位の魔物を倒すのは、なにもこれが初めてじゃない」


 フレディ達は思い出した。

 自分達が恐れを抱くほどの存在であるオークエンペラー。

 それに匹敵する存在が、自分達の味方であるということを。


 Aランクの魔物を狩ることができるが故に名乗ることを許される称号。

 Aランクハンターの肩書きは、伊達や酔狂で得られるようなものではない。


「だから皆は俺達があいつを倒すまで、他のオーク達を抑えておいてくれ」


 不思議とよく通るその声は、皆の胸の中へストンと落ちていった。

 自分達があの化け物と戦う必要はない。

 怪物は英雄によって倒されると、相場が決まっている。


 緊張が消えることはないが、彼の言葉は、誰もが自分達に課される役目を思い出すには十分だった。


「よし、行くぞ――オーク達を、殲滅する!」


「「「おおおおおおおおおおっっ!!」」」


 バルクの号令の下、全員は駆け出した。

 そして英雄に率いられた冒険者達と皇帝に率いられるオーク達が、激突する――。








 雄叫びを上げながら失踪する討伐組。

 当然ながらオーク達もその存在に気付く。


 先頭で立ち止まるオークエンペラーを守るように、すぐ後ろに控えていた二体のオークが前に出る。

 Bランク中位の魔物であるオークキング。

 本来であればオークの群れを統率する彼らも、オークエンペラーが率いるオーク軍の中では一体の将に過ぎない。


 けれど前に出ようとする二体のキングを、オークエンペラーは二本の腕で押しとどめた。

 オークエンペラーは何も言わずに、背中に下げていた剣を構える。

 そしてわずかに下がったオークキング達っも、自分達目がけてやってくる冒険者達を迎撃するために警戒態勢に移った。


 瞬間、オークエンペラーを中心として爆風と雷撃が吹きすさぶ。

 そして聞こえてくる怒号と咆哮。

 オークエンペラーと『裁きの雷槌』の戦いが始まったのだ。


(あれがBランク超えの化け物達か……味方でいてくれてこれほど心強いと思ったことはないぜ)


 フレディはその爆心地から少し離れたところにいた。

 閃光と爆発の連続のせいで、戦いがどうなっているかは彼のところからではまったく見えない。


 ただわかるのは、あの攻撃の一発一発が致死のものであるという事実のみ。

 攻撃の余波で爆散するオーク達を見て頬を引きつらせながら、彼もまた意識を集中させる。


 フレディが襲いかかったのは、群れの中でもオークキング達の更に後ろにいるオーク達だ。

 剣を振りかぶりながら得物を選定し、未だ襲撃に気付いていない様子のオークソルジャーに斬りかかる。


「プギイイッッ!?」


 いかに全体バフを施されているとはいえ、奇襲気味に首筋に一撃を見舞えば問題なく倒すことができた。

 ただフレディの浮かべる表情は決して明るくない。


(いつもより刃の通りが悪いな……)


 本来であればCランク下位程度の力があるオークソルジャーとCランク中位程度の力があるオークリーダー。それが全体バフによって一段階程度強さを引き上げられている。


 Cランク冒険者である彼は、Cランク上位までの魔物なら問題なく倒すことができる。

 けれどそれはあくまでも一対一で戦えればの話。

 ここまで乱戦になってしまえば、厳しい戦いになるのは間違いない。


 顔を上げればそこには、うんざりしそうなほど大量のオークの群れの姿が見える。

 オークリーダーにオークソルジャー、そしてとにかく大量のオーク。

 鼻息荒くこちらに向かってくるオークソルジャー達を相手を見ながら、フレディはゆっくりと深呼吸をした。


 今まで聞いたことがないほどの爆音の連続に、既に鼓膜は馬鹿になり始めている。

 けれど不思議なことに、彼の集中力はかつてないほどに高まっていた。


「――シッ!」


 自分を半包囲しながら襲いかかろうとするオークソルジャー達。

 その攻撃を心眼のスキルを使いながら捌き、反撃を加えていく。


 オークやオークソルジャー達が束になってかかってきたところで、今のフレディの敵ではない。


 心眼スキルは剣士のジョブ経験値をカンストさせることで発現するようになる補助スキルだ。

 これは剣士が覚えられるスキルにもかかわらず、純粋な攻撃技ではない。

 心眼の能力は魔力を使用することで周囲の者の動きを察知できるというものだ。

 彼は攻撃を見切り、そしてそこにスキルを使って攻撃を重ねていく。


 斬撃の威力を上げるスラッシュ。

 一度の斬撃に二度の当たり判定を加える二重斬り。

 斬撃を飛ばす遠距離攻撃を放つ飛斬。


 彼の放つ攻撃はオーク達に着実にダメージを与え、その命を刈り取っていく。

 周囲にはオーク達の死体の山が築かれていき、そして飛んでくる攻撃の余波でそれが爆算していく。


 血と臓物が乱れ散る凄惨な戦場の中でも動揺することなく、フレディは剣を振り続けていた。

 けれどいくら彼がベテランのCランク冒険者だからといっても、無限に戦い続けることができるわけではない。

 まず最初にやって来たのは、魔力や体力の限界ではなく、集中力の低下であった。


「ぐおっ!?」


 来た一撃を避けようとしたところ相手の斧が服にかすってしまい、動きがわずかに遅くなる。

 そしてその隙を突かれ、聞き手である右手を斬られてしまったのだ。


「ちっ、万事休すか……」


 なんとかオークの上位種達から距離を取り、木々の中に身を隠す。

 思わず舌打ちをしてしまうほど、今の彼は追い込まれていた。

 周囲に回復魔法が使えるほど余裕がありそうな人間はいない。

 となると今の自分にはもう打つ手が……


「いや、そういえばこれがあったか」


 ベルからもらったポーション。

 混沌迷宮産のポーションがよく聞く、という話は風の噂で聞いたことがある。

 常に品薄のため使う機会がないので、実際の効果のほどを知っているわけではないのだが……。


 彼はわらにもすがる思いでポーションを患部へと振りかけた。

 するとわずかに発光したかと思うと、患部の傷が塞がりはじめる。


「おいおい、マジかよ……」


 光魔導師の回復魔法に匹敵する治りの早さに、乾いた笑いが出てくる。

 なるほど、こりゃあ冒険者にまでポーションが回ってこないわけだ。


 ついでに魔力を回復させるマナポーションの方も飲んでみると、こちらの回復量もなかなかに凄まじかった。

 それほど多くはないとはいえ、フレディの魔力が一瞬にして全快してしまったのだ。


「これなら……まだやれる」


 ぐっと拳を握りながら、こちらに近づいてくるオークを相手に戦意を高ぶらせるフレディ。

 だが次はない。

 ペースを落としながらでも着実に生き残れる戦いをする必要がありそうだ。


 後でベルに礼を言わなくちゃな……とそこまで考えたところで、ふとフレディは疑問に思った。

 そういえばベルは今、どこにいるんだろう……と。


 彼はその問いの答えを、全てが終わった後に知ることになる。

 彼女がオークエンペラーと『裁きの雷槌』の戦いを、戦闘の余波がその身にふりかかるのも気にせず、最前列で眺めていた……ということを。

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