第25話
夜営を問題なく終え、次の日。
討伐組は早速オーク達の殲滅に向かうことになった。
ラーゲ大森林の中を、土地勘のあるノニムの街にいる斥候達の案内を受けながら歩いて行く。
フレディは斥候達の後に続きながら、脳内にラーゲ大森林のマップを思い浮かべていた。
オークエンペラーが群れを率いている場所については、既に把握されている。
森の奥地で森にいるオーク達を招集し、準備を整えているということだった。
故に討伐組がまず最初に行っていくのは、未だオークエンペラーの下へ向かっていないオーク達に対して行う削りであった。
ここで頑張ればその分だけオークエンペラー戦の際に戦うオーク達が減る。
フレディを含め、気を抜いている人はほとんどいなかった。
「ふわあぁ~」
「おいベル、お前しっかり寝たのか?」
「寝たけど……なんだかあんまりやる気が起きなくてね」
大きなあくびをするベルを見てフレディは本当に大丈夫なのだろうかと少し不安になってきた。
聞けば彼女はドルジの街で登録をしてすぐにCランクになったらしい。
冒険者として持っておくべき当たり前の考え方すら、今の彼女にはないのかもしれない。
「俺達がしっかり気張らないと街が大変なことになるんだぞ」
「私達がどれだけ気張ってもあまり変わらなくない? だって最終的には彼らが倒してくれるんでしょう?」
「ぐっ、まぁ、それはそうかもしれないが……本番前には彼らが疲れないようなるべく休ませる必要がある。その分俺達が頑張らなくちゃいけないのさ。こういうのは持ちつ持たれつなんだよ」
「ふぁ~、なるほどね。ま、大丈夫よ。私――言われた仕事はきっちりこなすタイプだから」
彼女はそう言うと前を向く。
すると人が住むにしては大きな粗末なあばら屋が立ち並んでいる様子が見えてくる。
木々の間から見えるのは、大きく伸びた牙と身体についた贅肉を揺らしながら歩いているオークの姿だった。
見えているだけでもその数は優に三十を超えている。
小屋の数から考えれば、その数は確実に百はくだらないだろう。
こんなものを何個もつぶさなければならないのかと思うと、その途方もなさにため息が出そうだった。
手信号で合図をしながら討伐組がそれぞれの持ち場についていく。
『裁きの雷槌』の三人は自分達の役目を理解しているからか、他のメンバー達よりも後方で待機していた。
ただ戦えないのが不満だからか、三人とも少し憮然とした様子だ。
高ランク冒険者には戦闘狂の気がある者が多い。自分の力を振るいたくて仕方がないのだろう。
まあわからんでもない、そんな風に考えながらフレディも他の面子と共に前に出る。
するとそれに合わせる形でベルも前に出た。
彼女の立ち振る舞いには、相変わらず隙が一つもない。
「さっさと終わらせましょ。メインディッシュが待ってるもの」
瞬間、ベルの姿がブレた。
Cランク冒険者であるフレディをして捉えぬことができぬほどの高速移動。
残像を残すほどの超速で移動した彼女は、次の瞬間には油断しきっているオーク達の目の前に立っていた。
そのまま流れるような動作で腰に提げていた長刀を鞘走らせる。
居合い一閃。
木の幹ほどもあるオークの首が勢いよく吹き飛び、遅れて泣き別れになった胴体から鮮血が迸った。
「たわいないわね」
目にも止まらぬ早さで放たれる連閃。
しかしその一閃一閃に、必殺の威力が込められている。
積み上げられていく死骸の山。
死の舞踏(ワルツ)を踊るベルには、しかし返り血の一滴としてついてはいなかった。
(おいおい……マジかよ)
腕に自信があることを察してはいたが、精々が自分と同程度のものだとばかり思っていた。 だがこれほど鮮やかにオーク達を殲滅できるのなら、その実力はCランクに留まるものではない。
かつて目にしたことのあるBランクの冒険者であすら、これほどの手並みで魔物を屠ることができていたか……。
ベルの戦う姿に完全に見とれていたフレディは、オークの咆哮で慌てて現実に引き戻される。
彼はやってくるオークの放つ攻撃を避けながら、己の得物である直剣を振るう。
フレディのジョブは剣士。
レベルキャップの問題で上位ジョブである剣豪に届いていないが、既に剣士としての経験値は完全にカンストしている。
彼にはオークの攻撃の軌道と自信が放つ一撃の到達予測地点が、光点となって見えている。 光の点と点を結び最適解を選び続ければ、オーク程度に負ける道理はなかった。
その戦いに派手さはない。
けれど彼は決してミスをしない。
最善手を打ち続けるフレディの前にオークが一体、二体と倒れていく。
そして倒したオークの数が片手で数え切れなくなった頃、戦いは無事終了した。
勢いそのまま集落を潰していくと、その数が六を超えたところでめぼしい集落を周り終えた。
時刻はまだ十三時を回ったところだった。
小休止を取り、しっかりと飯を腹に入れてから、彼らはオークエンペラーが軍を従えている森の奥へと分け入っていく――。
「おぉ……こりゃすげぇな」
圧巻。
もし今目の前にある光景を端的に表現するのなら、その二文字が相応しいようにフレディには思えた。
目の前に拡がっているのは、木々が切り倒されぽっかりと空いた空間と、それを囲うようにぐるりとできあがっている土の壁だ。
土壁を作った際に掘ったのであろう場所は堀になっており、簡易的ではあるものの目の前にあるのは正しく砦であった。
壁は何段にもなっており、上にオーク達が乗れるだけの厚さがあるようだ。
等間隔に穴が空いているのは、槍を投げ入れたり魔法を飛ばしたりするためのスペースを確保するためだろう。
基本的に魔物という生き物は、ランクに比例してその知能も高くなる傾向がある。
オークエンペラーはその中でも特に知性が高いことで有名であり、戦下手な人間と比べれば勝るほどの戦術眼を持っていることで知られている。
「攻城戦よろしく、このまま攻めるのかしら?」
「いや、それは無理だろう。相手が出てきたところを叩く形になるだろうさ」
オークエンペラーのような複数の魔物の上位種である高ランク魔物は、統率個体という別名を持つ。
その名の通り下位の魔物達を統率し、その戦闘能力を引き上げるスキルを持っているからだ。
オークエンペラー固有スキル、戦の舞。
配下のオーク達のステータスを大きく上昇させる強力なこのスキルが、オークエンペラーが率いているオーク達全てに対して適用される。
そのバフの効果はかなり絶大で、本来であればDランクであるオークの力をCランク下位程度まで引き上げることができるとされている。
オークエンペラーが率いるオーク軍は、ただのオークの群れではない。
それぞれの個体が確固たる戦闘能力を持っており、それらが高い知能を持つオークエンペラーによって統率されるのだ。
その凶悪さは伝承の中にはオークエンペラーによって国が滅ぼされオークの一大帝国が築き上げられたなどという話が残っているほど。
なんとしてでもオークエンペラーを倒さなければ、物量の差でこちら側が間違いなく負けることになる。
「よし、オークエンペラーが出陣すると同時に叩く。森だとあちらが有利だから、平野に出てきたところで奇襲をかけよう」
『裁きの雷槌』のリーダーであるバルクの言葉に従い、討伐組はオークエンペラーがいる本陣を森を抜けると同時に奇襲する作戦を採ることにした。
オークにとって王の中の王であるオークエンペラーは、戦列を敷く際には必ず自分が一番前に出る。
強さこそが絶対の指標である魔物という生き物であるが故に、常に自分の絶対的な強さを示そうとするからだ。
作戦の概要は既にギルドの会議室で詰めている。
だが当然ながら修正をしていくことになる。
バルクの視線の先には――小声で話そうとしてフレディに叱られている、ベルの姿があった。
「事前に言っていた通り、今回の群れの規模から考えるに、オークエンペラーに屈服することになったオークキングも複数体いるはずだ。本来ならBランク中位の彼らの力は、固有スキルの力でBランク上位くらいにはなっていると考えておいた方がいい。そいつらの相手をしてもらうのは事前の通りに『女神の矛』と『大剣同盟』にお願いしたいんだけど……追加で、何かイレギュラーが起きた時の対応を、ベルさんにお願いしてもいいかな?」
「はぁ、別にいいですけど」
そう言って気のない返事をするベル。
隣にいるフレディは、当然だなとこくりと頷いた。
集落の襲撃の際のベルの戦果は明らかに他のパーティーと比べても隔絶しており、彼女の戦う姿は見る者に鮮烈な印象を焼き付けるだけの力強さと躍動感に満ちていた。
オークだけでなくその上位種であるオークソルジャーやオークリーダーですら一撃で屠るその剣閃の鋭さと、連撃の威力の高さ。
にもかかわらずあまりにもなめらかな、流水のような動き。
本気を出していないように見える余裕さすら窺えるほどだ。
(本人がやる気がなさそうなのが玉に瑕だが……)
どうして普段と戦っている時とのギャップがこんなにもあるのだろうと不思議に思うフレディ。
彼は他のCランクの冒険者達と同様にオーク達雑兵の相手をすることに決まる。
オークエンペラーと戦うことに比べればなんでもないかもしれないが、なにせオーク達の数はとにかく多い。
上位種がうようよしていることを考えれば、気を抜けばすぐに死ぬような場所であることは間違いない。
オークエンペラー達が砦を出るまでの間、フレディは緊張の面持ちで身体が強張らないようマッサージをしていた。
ベルの方はというと、木の上で何かをぶつぶつと呟いていた。
「今から交戦に入ります、私としては……ええはい、もちろんです。創造主様の考えは理解しているつもりです」
精神集中の方法は人それぞれだからな、と放置することにしたフレディ。
彼女の声は風にそよぐ葉の音にかき消され、彼の耳に届くことはなかった。
「はい、この目でAランクの力を確認致します――ベルナデット様」
戦を前に高ぶっている彼らは気付くことはなかった。
ベルが魔術的に高度な隠蔽のされた結界を張り、ここではないどこかと交信をしていることに。
彼女がなぜわざわざこの場にやってきているのか……その真の理由に。
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