第24話
Cランク冒険者フレディは、討伐組の一員となってノニムの街を後にする。
面子の数は合わせて三十五人ほど、その全員がCランク以上の冒険者だ。
ベテラン達が揃っているだけのことはあり、行軍は非常に進んでいた。
彼らが向かうのは、北進していった先にあるラーゲ大森林。
森の中で点在しているオーク達の集落を焼きながら、軍勢を減らしつつ、更に先へと進んでいくことになっている。
ノニムの街からラーゲ大森林へ向かうまでには、本来であれば二日以上の時間がかかる。
けれど粒ぞろいの冒険者達であれば、その時間を大きく短縮することが可能だ。
昼過ぎに街を出た討伐組は、夜明けを前にして既にラーゲ大森林の前までやってくることができていた。
今日はここで夜を明かすということなので、フレディは早速野営の準備に入る。
飯は配給されるが、テント類は全て自弁だ。
野営をすること自体は珍しくないため、フレディの手つきもずいぶんと慣れている。
彼が使うテントは特注品で、伸縮性のある電気ナマコという魔物の素材を使っている。
電気による形状記憶を持つこのテントは、軽く骨組みを作れば後はテントが勝手に拡がり、その形を維持してくれるという優れものだ。
「ふぅ……」
フィジカルブーストをかけてもらったこともあり、身体に疲労は溜まっていない。
だがほとんど休憩もなくぶっ続けて走ってきたせいで、精神的な疲労は着実に溜まっていた。
本当ならたばこを吸いたいが、鼻の利くオークの近くであまり匂いのするものを使うなと事前に言い含められている。
彼は眠気覚まし用の香草を食みながら、入り口の開いているテントにゆっくりと腰を下ろすことにした。
「すごいわね、このテント。他の人達はまだ準備をしている最中みたいよ」
「ああ、自慢の逸品だよ。とにかく壊れやすいのと、強度に難があるところが玉に瑕だけどな」
休憩していると、ベルがやってきた。
どうやら何かが琴線に触れたらしく、彼女はこうして休憩の度にフレディのところへとやってくるようになっていた。
最初は緊張していたが、何度も話をしているうちにフレディの方も慣れてくる。
今では大して意識をすることもなく、普通に話すことくらいはできるようになっていた。
「お前さんはテントはないのか?」
「エルフは木の上で寝れるし、いらないのよ」
「はぁ~、そりゃすごい」
エルフとまともに話をしたことはなかったが、彼らは野営をする必要もないのか。
素直に感嘆していると、ベルはじっと何かを見ていることに気付く。
彼女の視線の先にいるのは、わちゃわちゃとテントの準備をしている三人の冒険者達――Aランク冒険者パーティー、『裁きの雷槌』だった。
「ちょっとバルク、こっちを手伝ってよ! 私一人じゃテントが張れないの!」
きぃきぃと甲高い声を上げているのは、青色の髪とそれより深い藍色の瞳をした少女だ。
彼女の名はソエル。
水魔導師という上位ジョブについており、攻撃や補助、回復といった複数の役目を同時にこなすことができる万能型の魔導師だ。
女性というには少々幼さを残している容姿から鑑みるに、年齢は恐らく二十歳にはなっていないだろう。
今から森の中に入るとは思えないほどに美しい青のドレスを着用しており、そのたわわな胸を男に押しつけている。
街を出てからここにやってくるまで、全員にフィジカルブーストをかけ続けていたにもかかわらず、その顔に疲れた様子は一切見られない。
「ああ、今からそっちに……」
彼女が腕を取っている金髪の男は、パーティーのリーダーをしているバルクだ。
背中に小ぶりな木槌を背負っている彼もまた、ソエルと同様あどけなさの残る顔立ちをしている。
けれどどこか幼い顔つきとは裏腹に、その肉体は完全にできあがっている。
身長がさほど高くないため威厳はあまり感じないのだが、冒険者の中には彼のことを侮っている者は一人としていなかった。
「ちょっと待ってくださいバルクさん、私と一緒に料理をしてくれる約束だったじゃないですか」
そう言ってバルクの逆の手を取るのは、二人と比べると少し大人びている女性だった。
目の下にある泣きぼくろは庇護欲をそそるが、背中に背負っている巨大なメイスを見れば彼女が守られる側ではなく守る側であることに誰もが気付くだろう。
着用しているのは真っ赤なローブだが、そこには周囲に後光の差す金の十字架が彫り込まれている。
それは彼女が司教級の僧侶であることを示している。
けれど彼女が着ているのが法衣ではなく赤いローブであることは、彼女の立場が普通ではないことを同時に示してもいた。
パニッシャーという上位ジョブに就いているリサの前職は異端審問官。
聖教の異端派を己の力で潰してきた彼女は、僧侶であるにもかかわらずまったく回復魔法を使うことのできない、生粋の前衛特化型のメイス使いである。
何を思ってか前職を辞した彼女は、現在バルクとソエルと共に冒険者をして日々を過ごしているらしい。
「ちょっとリサ、昨日はあんたと一緒に居たんだから、今日は私の番でしょう?」
「神は言いました、『汝欲するを存分になせ』と。ですので今日もバルクは私が独占します」
「聖教の教句を恣意的に使うんじゃないわよ! あんたよくそんなんで異端審問できてたわね!?」
ギャーギャー騒いでいる三人を、フレディは少し離れたところから見つめている。
光源として使っている魔導ランプを反射する彼の瞳には、玄妙な色が見え隠れしていた。
ベルは隣に腰掛けると、彼と目線を合わせる。
そして同じように、騒いでいる三人をじっと見つめた。
「彼らって英雄なのよね? よくわからないけど、勇者とは違うの?」
「なんで今更そんなことを……って、エルフの里から出てきたんじゃ知らないのも無理はないか。このラテラント王国ではな、勇者って存在の意味合いが他の国とはちょっと違うんだよ」
勇者と聞くと普通なら、物語に出てくるような強くて勇気に満ちていて、ドラゴンや悪い魔法使いを懲らしめる存在を想像することが多い。
けれど王国における勇者とはもっと世俗的で、権力に寄り添ったものだ。
「認定勇者制度は知ってるだろ? あれのせいで各貴族ごとに勇者を立てることができるようになった。だから勇者は誰かから呼ばれるようになった他称じゃなくて、自称できる称号に変わったわけだな」
王室からの支援を受けて魔王を討伐した勇者コタロー。
彼らの関係性を目指して作られるようになった認定勇者制度。
その制度によって各貴族家が、目をつけた強者に勇者を名乗ることを許すようになった。
勇者は貴族が持っている私兵であり、番犬であり、頼みの綱だ。
もちろん中にはAランクやSランクに匹敵するほど強力な存在もいるが、それでも彼らは以前のような勇者ではない。
かくして世には勇者は乱立し、紡がれるような物語が生まれることはなくなった。
けれどその代わりに台頭してきた存在がいる。
それこそが英雄。
彼らは貴族の番犬となることを良しとせず、かつての勇者達のように世界を股にかけた大立ち回りをする存在だ。
今目の前にいる『裁きの雷槌』は正しく、そんな英雄だった。
小さな辺境の村に現れた言葉を解する猿の魔物を倒し、瘴気を振りまくアンデッドとなったワイバーンを狩り……そして今は街を飲み込まんとするオークエンペラーを倒そうとしている。
自分もこの物語の登場人物ではあるのかもしれないが、もし出たとしてもそれはわずかに言の葉にも上らないほどの端役。
自分と彼らとでは、文字通り役者が違った。
「彼らって、あなた達基準だとそんなに強いの?」
「ああ、Aランクパーティーは伊達じゃない。冒険者としては世界で十本の指に入ってるわけだからな」
「ふぅん…………」
ベルが一瞥すると、もごもごと口を動かした。
何かを言っているようだったが、フレディには上手く聞き取ることができなかった。
いや、正確に言えば一応聞こえはしたのだが、恐らくは空耳の類だろうと思い直したのだ。
冒険者をしているなら、そんなことを口にするはずがない。
――『裁きの雷槌』を見て、『あの程度で?』などと言うはずが。
どうやらベルはあまり『裁きの雷槌』に興味がないらしく、彼女はすぐに視線を動かした。
絶対におかしいと思うのだが、ベルは『裁きの雷槌』よりも自分の方に興味があるらしい。
少し話をしたが、相変わらず彼女はミステリアスな女性だった。
冒険者登録をしてすぐにCランクまで上がったこと、そして種族がエルフであること。
それを除けばフレディは、彼女のことをまるで知らない。
だが彼女の身のこなしは、長いこと冒険者をやってきた彼をしてゾッとするほどに隙がない。
恐らくは元いた故郷では、かなり名うての戦士だったに違いないとフレディは見ていた。
「彼らが羨ましいの?」
「どう……なんだろうな」
ベルの質問に、思わず答えに詰まってしまう。
フレディの顔には憧憬が浮かんでいた。
けれどそれよりも大きな諦念が、その目には宿っている。
若い頃は英雄を見て羨む気持ちもあったが、今はもうそういう段階は通り過ぎている。
けれど何も思わないかと思えば、そういうわけでもない。
人間というのは多面的な生き物だからだ。
「俺にあいつらみたいな才能があれば……とは、思わなくもない」
「強くなればいいじゃない。この世界にはレベルがあってジョブがある。上位ジョブを複数掛け持ちすれば、誰だって強くなれるわ」
「たしかに口にするだけなら簡単かもしれない。だが実際問題そんなことは不可能なんだよ」
「え、どうしてよ?」
この世界にはレベルとジョブという、強くなるための手段が存在している。
けれど高ランクの冒険者を見ればわかるように、強者の数は少ない。
そんな当たり前のことも知らない目の前のエルフの世間知らずっぷりに、フレディは思わず笑ってしまった。
すまんなと軽く謝ってから、急いで真面目な顔を取り繕う。
「そんな簡単にレベルを上げられないからだよ」
この世界で強くなるためにはレベル上げは必須だ。
レベルを上げればステータスも上がるし、特定のジョブに就くためにもレベルを上げて条件を満たす必要がある。
けれどレベルというのはそんな簡単には上がらない。
レベルアップのために必要な経験値というのは、自分と同じくらいか格上を相手に戦わない限りなかなか溜まるものではないからだ。
それなら自分と同じ実力の魔物と戦い続けてコツコツレベルを上げればいいじゃないかと思うかもしれないが、それもなかなか難しい。
そもそもそんな魔物をレベルが上がるごとに新たに探すというのは非常に手間だ。
更に言えば自分と同じような実力の相手と戦えば、当然ながら重傷を負うこともある。
この世界では大けがを負えば、そのまま人生も詰んでしまう可能性が非常に高い。
ポーションでは重傷は治すことができないし、重い怪我を治せるほどの僧侶に回復魔法を頼んだ際の謝礼は莫大な額になる。それをポンと払えるような人間はそうはいない。
そのため冒険者達が怪我をしないように立ち回ろうとするのは自然な成り行きであり、結果として自分達より弱い魔物を相手取るためなかなかレベルが上がらないようになってしまうのだ。
実際問題フレディのレベルも、40を超えたあたりで完全に頭打ちになってしまっている。
レベルを上げられるのは高位の僧侶と懇意にしている者や、元々高いステータスや特殊なジョブへの適正を持って積極的に魔物を狩りにいける者、金銭的な余裕がある者などに限られる。
つまり凡人がどれだけ頑張っても、そこまで辿り着くことができないのだ。
懇切丁寧に教えてあげたフレディの話を、ベルはふむふむと真剣に聞いていた。
「なるほど……つまり条件さえ整えてあげれば、レベルを上げること自体はそんなに難しいことじゃないと。これは有用な情報ね……」
その後もベルは矢継ぎ早に質問をしてきたが、人生経験が豊富なフレディはその全てに応えてやることができた。
フレディが話しすぎて喉の渇きを覚え始めた頃、ようやく夜飯の配給の時間になった。
じゃあねと別れようとするベル。
彼女は立ち上がって歩き出そうとすると、ふと何かを思い出したようにくるりと振り返った。
そしてそのまま何か透明な瓶のようなものを投げてくる。
パシッと掴んで確認すると、そこに入っていたのはポーションか何かのようだ。
見たことがない容器に入っているそれをちゃぷちゃぷと揺らしていると、ベルは挑戦的な笑みを浮かべながらこう告げた。
「色々教えてくれたお礼に、それあげる。最近巷で話題の混沌迷宮産のポーション。それともう一つだけ……諦める必要なんか、ないんじゃないかしら?」
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