第19話


「ふぅん……ここがマサラダの街か」


 Bランク冒険者『鮮血』のブラッドは手勢を引き連れ、マサラダの街へとやってきていた。

 後ろに控えているのは、彼が引き連れてきた冒険者達だ。

 その身なりや言動は、マサラダで生計を立てている冒険者達とは大きく異なっていた。


「きひひっ、早く戦いてぇなぁっ!」


「なんもないところですねぇ、兄貴」


 禿頭の偉丈夫に、髪を刈り上げてモヒカンにしているガリガリの男達……その目つきの剣呑さは、冒険者というより半グレという言葉の方が相応しいかもしれない。


 けれどよく見れば着ている装備はかなり上等で、身につけている武具にもしっかりと手入れが行き届いている。


 表面的な見た目だけで判断をすれば痛い目を見そうな彼らの数は優に三十人を超えており、それぞれが好き勝手に騒ぎながら街を見回している。


 ――そもそもの話をすると、ブラッドは冒険者ではなく元は傭兵であった。


 ひとたび戦場で暴れれば全身を敵の返り血で染める彼のことを見初めたドルジを治める上級貴族、キルゴア伯爵によって冒険者としてスカウトを受け、そこでも結果を出したことで勇者として認定を受けた。


 故にブラッドが連れてきた面子の中には、かつての部下や同じ戦場を駆けた同胞達が数多く存在している。


(雑魚を引き連れて歩くのは面倒も多いが……流石に俺一人で封鎖は無理だからな)


 今回ブラッドが伯爵から出された指令は二つ。


 一つはダンジョン内の狩り場を独占する体勢を整えることだ。

 金のなる木である優秀な狩り場を冒険者達が徒党を組んで独占するというのは、ままあることだ。


 流石に貴族がそれを主導することはめったにないが、今回の場合対象である混沌迷宮からは戦略物資であるポーションが産出する。


 半ば経済的に従属させている隣領から出たとなれば、伯爵としてもなりふり構っていられないということなのだろう。


(まあどうでもいいがな、俺は上の人間の政治的なあれこれに興味はない)


 ブラッドが今回の指令を受けたのは、もう一つの指令――浅層で高価なアイテムが出る混沌迷宮を攻略し、更なる財宝を探し出してくること。

 こちらが非常に気になったからである。


 王国にもいくつも迷宮はあるが、その規模は基本的に小さい者ばかりで、ブラッドが満足できるほどのものは一つも存在していなかった。


(これなら久しぶりに全力を出せるかもしれねぇからな……)


 くっくっくっと声を潜めて笑うブラッド。

 彼はじゃらりと手に持っている鎖をもて遊ぶ。

 戯れに引っ張ってみると後ろから苦しそうなうめき声が聞こえてきたが、上機嫌な彼はそちらを見向きもしない。


「「「……」」」


 マサラダにこれだけの武装勢力がいきなりやってくることはない。

 どんちゃん騒ぎをしながら鳴り物入りで入ってきたブラッド達を、住民達はしかめつらをしながら見つめていた。

 誰もが迷惑そうな顔をしているが、やってきたドルジの冒険者達にそれを気にした様子はない。

 冒険者のうちの一人、まだ若そうなツーブロックの青年はその視線に気付くと、ゆっくりと立ち上がる。


「あぁ、何見てんだてめぇ……殺すぞ?」


「ひ、ひいいっ!?」


 軽くにらんでドスの利いた声ですごんでやるだけで、情けない声を上げながら逃げていく。 それを見たブラッドの手勢達がゲラゲラと笑っている。


「よし、今日は宿で寝て、明日からダンジョンに挑むぞ」


「「「了解です、アニキ!」」」


 ダンジョン攻略だけなら一人でもできるが、流石にダンジョンの独占は一人では不可能だ。


 ブラッドからすると数合わせに過ぎない雑魚でしかないが、かつての部下達を上手く使う必要がある。


 こいつらにもおいしい目を見せてやらねぇといけねぇか。

 マサラダの街へ目を配りながら、ブラッドはそう内心で独りごちた。


 ちなみに、この程度の狼藉では、監督責任のあるブラッドにお咎めが来ることはない。

 この世界におけるBランク冒険者というのは、それが許されるだけの実力を持っているのだ。

 ブラッドは数多くの悪名を持ち、そしてそれに勝るほどの武勇を持ち合わせている男でもあった。


 Bランクの下位までであればまだなんとかすることはできる。

 けれどBランク中位は、領軍が総力を挙げて戦わなければらないような魔物である。

 ましてやBランク上位ともなれば、大貴族が軍隊を招集し、総力を挙げてようやく倒せるかどうかといった化け物しかいない。


 ブラッドはそんなBランクの魔物を、単独で複数討伐することができる。

 要するに純粋な彼の戦闘能力は、一つの軍隊にも匹敵するのだ。


「しっかし……たしかに、つまらんところだな」


 ブラッドは憮然とした顔をすると、手元にある鎖をもてあそんだ。

 その先に繋げられているのは、連れてきたブラッドの愛玩奴隷達だ。

 エルフ、ドワーフ、そしてハーフリング……合わせて五人になる彼女達は、その全員がいわゆる亜人と呼ばれている者達だった。


 未だ奴隷が合法であるこの世界では、命の価値はあまりにも軽い。

 軍隊に匹敵する戦力である彼の口座には、戦いを終える度にとんでもない額の大金が振り込まれる。

 その金を使って亜人達の奴隷を購入し、戯れに遊んでは壊す。

 それが彼の、戦い以外の唯一と言っていい趣味だった。


 一騎当千を地で行くことのできるこの世界の勇者は、にやりと笑う。

 彼は鎖を引っ張りながら、あらかじめ手配のされている宿屋へと向かう。

 五人の奴隷達は死んだ目をしながら、じっとその背中を見つめていた――。







 ダンジョンを占拠するにあたって必要な準備は、しっかりと行ってきている。

 そのため翌日から、ブラッド達は早速動き出すことにした。


 まず最初に行うのは、今マサラダにいる冒険者達の締め出しだ。

 狩り場の独占をするのは、何もこれが初めてではない。


 あまり露骨にやりすぎるとギルドからの干渉を受けることもあるが、そのあたりの加減には慣れている。

 かつてはそうではなかったのかもしれないが、現在の認定勇者制度においては、勇者は綺麗な仕事だけをする存在ではないのだから。


 まずブラッドの配下の冒険者達は、現在踏破が行われている第十階層までの道を進みながら、道中でそれとなく恐喝をしていった。

 

 Bランク冒険者兼伯爵認定勇者という肩書きは絶大で、誰もがブラッドに対して頭が上がらない。

 あまり言うことを聞かないようなら見せしめに何組かを行方不明にすることを考えていたが、その必要もないほどにあっさりとしていて、拍子抜けしてしまったほどだ。


「はっ、腰抜けばかりでやりがいがないですぜ」


「たしかに、楽勝過ぎるのも考え物だな」


 ここにいる連中はふぬけばかり。

 対して出てくるアイテム達は、事前に教えられていた通りに一級品ばかりだった。


 彼らは一番の雑魚でもDランクの冒険者であり、中にはゴルブル兄弟と同様のCランクもごろごろいる。

 ダンジョン探索についても経験値がしっかりとあるため、現在踏破が確認されている第十階層までの探索はあっという間に終了した。


 本来であれば第十階層から第一階層まで戻ってくるのにも時間がかかるが、この混沌迷宮には守護者の間に転移魔法陣が設置されているため、往復の手間もほとんどかからない。

 一度攻略したことのある階層ならすぐに戻ってくることができるため、彼らの探索は想定していた半分以下の時間で終わったのだ。


「これなら第一階層に居座るのが一番いいでしょうな」


「ああ、それがいいな」


 第二階層以後に出てくる各種装備や錬金術の素材・魔道具類も決して悪いものではないが、やはり一番価値が高いのがポーションなのは間違いない。


 混沌迷宮から出てくるポーションの効用は、話に聞いていた通りにすさまじいものだった。 奴隷を使って人体実験をしてみたところ、打撲や擦り傷だけではなく骨折まで数秒の内に治してしまうことがわかったのだ。

 この効果を一目見てしまえば、今まで使ってきたポーションなど泥水も同然だった。


 ポーションは各階層でも出現するが、他のアイテムも出現する兼ね合い上、一番多く産出するのはやはり第一階層になる。

 この時点でブラッド達は第一階層に拠点を置き、他の冒険者達に第二階層以降で狩りをするよう優しく・・・アドバイスをすることを決める。


 完全にポーションの供給が絶たれると後々ギルド側で問題になりかねないので、第二階層以降で得られるポーションに関してはノータッチでいくことにした。


(伯爵は完全に供給されるアイテム全てを手中に収めるつもりだったみたいが、このダンジョンの構造上それは不可能だ。もしやりたいってんなら、ここの領地を攻め落としてダンジョンを所有でもしないと無理だな)


 収集に使うのはブラッドが持っている『収納袋』と呼ばれる魔道具だ。

 これは本来よりも大量のものを収納することができるという優れもので、ブラッドはここに配下達の分の大量の食料をしまっていた。


 食料を消費し、それと入れ替えるように収集したポーションを収納していく。

 みるみるうちに、とんでもない量のポーションが集まっていった。


 これだけの頻度でポーションが収集できるのなら、王国のポーション界には革命が起きるだろう。


 何しろ宝箱の出現率が高いため、このペースなら行きは食料でパンパンになっていた『収納袋』は、帰りにはポーションではちきれんばかりになっていそうであった。


 ただ基本的には順調に行っている探索にも、例外はあった。

 それが現在第十階層を攻略中の、マサラダにおいて混沌迷宮の最前線に居る冒険者パーティー『白翼の天剣』だった。


 ブラッドは彼らも他の冒険者達と同様に自分達の邪魔をしないよう脅したのだが、彼らの態度が妙におかしかったのだ。

 ブラッドとの実力差を知っていても、それでもなお柳に風という感じでひょうひょうとしていたのである。


「一つ忠告しておくんだが、俺はそういうことはしない方がいいと思う」


「ほう、どうしてだ?」


 犬歯をむき出しにするブラッドを見ても、『白翼の天剣』のリーダーであるダグは態度を変えなかった。

 彼はどこか泰然とした様子で、こう続けてくる。


「ここのダンジョンはきっと、そういうズルを許さない。ブラッドさんは高い実力があるんだから、まっとうにダンジョンを攻略した方がいいと思う」


「はっ、これだから社会を知らないガキは困る」


 大量のポーションを手に入れ上機嫌のブラッドは、そう言って笑う。

 そしてまだ社会の汚さを知らないであろうダグをじっと見ると、そのまま視線を外す。

 彼はここではないどこか遠くを見つめているようだった。


「お前も今にわかるさ。世界は綺麗事だけで回ってくれるほど、綺麗な仕組みでできちゃいないってことが」


 そのまま『白翼の天剣』と別れてから、更に数日が経過した。

 効率の良い宝箱の見つけ方にもある程度慣れ、そろそろ食料も少なくなってきたというタイミングで、ブラッドは手勢を二つに分けることにした。


 交代で第一階層の探索に当たらせれば、長期間第一階層を独占することは余裕そうだったというのが彼の見立てだ。


「あいつらが帰ってきたあたりで、俺は第十一階層へでも……」


「ア、アニキ、大変です!」


 補給をしに向かったはずの配下達が、取って返して来たかのように戻ってきた。

 焦っている様子の彼らを見れば、何か異変が起きたのは明らかだった。

 一体どうしたと聞いたブラッドに対し、冒険者達は半狂乱になって叫ぶ。


「ダンジョンの入り口が……なくなってるんです!」


 何を馬鹿なことを……と彼らについていったブラッドは絶句した。

 自分達が入ってきたはずのダンジョンの入り口が、たしかになくなっていたからだ。

 だがそれでもさすがはBランク冒険者、想定外の事態があっても、ブラッドはすぐに自分を立て直してみせる。


 彼はこのままじゃ閉じ込められちまうんじゃ……と不安そうにしている配下の頬の一人の方へと歩いていき――思いっきりぶん殴った。


 首が曲がってはいけない方にぐるりと曲げながら、モヒカンの男は吹っ飛んでいく。

 仲間が急いで混沌迷宮産のポーションをかけなければ、死んでしまっていたことだろう。


「てめぇら、ビビってんじゃねぇ! 入り口がなくなろうが、転移魔法陣はあるはずだ! ビッグスライムを倒してから魔法陣を使って戻りゃあいいだけの話だろうが!」


 なぜ入り口がなくなったのか、その理由はわからない。


 けれど今もスライムや宝箱は変わらず出現しており、突如としてダンジョンが活動を停止したというわけでもなさそうだ。


 それならば、ダンジョン本来の機能である転移魔法陣に関しては未だ動いている公算が高い。


 彼らは一丸となって第一階層の最奥へ向かい、目を血走らせながらビッグスライムを倒す。


 するとそこには彼らが想定していた通りに、転移魔法陣が現れた。


 これに入れば、ダンジョンの外へ戻れるはず……そう思ったブラッドの脳裏に、数日前に話をした少年の言葉がよぎる。


『ここのダンジョンはきっと、そういうズルを許さない』


 わずかによぎった不安を己の強さに対する自信でかき消しながら、ブラッドは魔法陣へ一歩を踏み出した。


 淡く緑色に輝いていた、魔法陣の光が強くなる。

 目を開けていられないほどの輝きが収まると、そこには……


「ようやく来てくれましたねぇ……待つの大ッ嫌いなのに頑張ったガブちゃん、超偉い!」


 パタパタと翼を動かしながら飛び上がっている六枚羽の天使の姿があった――。

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