第17話


 混沌迷宮の情報がギルド経由で公開されてから、早いもので一週間の月日が経過していた。


 俺はここ最近はずっと、第百階層にあるモニタールームに滞在していることが多い。


 本来であればやってくる勇者達の能力を確認するために使うこの場所は、今やその用途を変え、やってくる冒険者達を見物するための遊戯場として使われていた。


 ゲーミングチェアに腰掛けながらモニターを眺めていた俺がふと顔を上げると、そこには最初に公開した時よりも多い魔物達の姿がある。


 DPを使い食べ物や飲み物をしっかり用意しているので、お菓子をつまんだり肉を食ったり酒を飲んだりと、めいめいが好きなように楽しんでいた。


「お、第二階層に人が入っていきますな」


 そう言ってわくわくしているのは、第二軍団軍団長のアルフレッドだ。

 彼の担当は第二階層なので、必然的に一番多くの冒険者達がやってくることになる。


 基本的に几帳面なアルフレッドは、当然ながらダンジョン内に出現する魔物から出てくる宝箱まで、しっかりと全てを自分で決めている。

 そして冒険者達の戦いっぷりを見た上でしっかりとデータを取り、ある程度まとまった段階で俺に変更してほしい旨の要望書を出してくる。

 そんなに堅苦しくしなくていいと思うんだが、これもこいつの性分なので否定することはない。真面目なのは基本的にはいいことだ。


 ちなみにこいつはかなりの堅物なので、一番モニタールームにいる時間は長いくせに、置かれているものを何一つ口にしていない。

 まあでも、ニコニコしているし楽しんでくれているのは間違いないはずだ。


「無理したからかかなりボロボロそうだな……これじゃあすぐ引き返すことになりそうだぞ」


 モニターに映る三人組の冒険者達の装備はお世辞にもあまり良いものとは言えなかった。

 使っている剣は刃筋がギザギザしていて錆びているし、使っている防具も誰かのお古なのかサイズがまったく合っていない。

 これでよく第一階層の守護者を倒せたな……。


 あ、ちなみに第一階層の現在の守護者は、ゴルブル兄弟(故)の言葉を参考にしてビッグスライムにしている。

 Dランクの魔物をいきなり出して大丈夫なのかよと思うかもしれないが、実は案外なんとかなっている。


 というのも、第一階層は結構な頻度でポーション類が出現する設定になっている。

 なので事前にポーションを溜めてからそれを使いながら戦えば、Eランク冒険者くらいでも倒せるくらいの難易度設定にしてあるのだ。


 第二階層は獣種の出現する草原エリアだ。

 じめっとしていてスライムまみれの洞穴と比べるとかなり開放感がある。


 ただしそれは視界を遮るものがないということでもある。

 人間よりはるかに優れた五感を持っている獣種の魔物達は、やってきた侵入者の存在をあっという間に嗅ぎつけてみせた。


「お、気付いたか。近づいてくな」


 やってきた人の匂いに敏感に反応したモンスターが、足音を消しながらゆっくりと冒険者達の方へ近づいていく。


 第二階層に出現するモンスターは、グラスウルフ。

 緑と茶色の迷彩柄の体色をしている巨大な狼だ。


 一応初心者向けということもあり獣種の中ではそれほど戦闘能力が高くないものにしたんだが……この第二階層の突破率は実はあまり高くない。

 というのも……


「ああ、よく見たら足怪我してるじゃないか。なんで治してから来ないのかね」


「ポーションを節約しようとした結果でしょう。まったく理解に苦しみますな……しっかりと使えばなんとかできる難易度に調整してあるのに」


 ここに来る冒険者達が、第一階層で得られるポーションを使うのを渋るのである。


 俺が出せる中では一番低品質なやつにしたんだが、それでもこの世界のポーションとしては効果が高いらしく、混沌迷宮産のポーションはとにかく高値で売れているらしい。


 そのせいで命を散らすのは、流石に馬鹿げてると思うがな。


 案の定ポーションをケチって血の匂いでバレた冒険者達は、周囲からやってきたグラスウルフ達にやられてしまっていた。


 獣というのは血の匂いに非常に敏感だ。

 わざわざ怪我をしたままやってくるなんて、鴨が葱をしょってくるようなものである。


「お、こっちの冒険者はしっかり準備をしてなかなか……っと、よく見ると『白翼の天剣』ですな」


 一週間も観察していれば、中でも有力な人間達にはある程度目星もついてくる。

 現在俺達の注目を色々な意味で一番集めているのは、この『白翼の天剣』の四人だったりする。


 切り替わったモニターに映し出されているのは、たしかに『白翼の天剣』の四人の姿だった。

 ただ今の四人は、全身に土と草の汁をまぶすことで、得体の知れない化け物のような見た目をしている。


 この第二階層の目的は、冒険者としてやっていくのに必要な隠密能力を養うこと。

 そして当然ながら攻略法もしっかり存在している。


 グラスウルフは優れた嗅覚を持っているが、視覚や聴覚の方はそこまで鋭敏なわけではない。


 なのでそのなんとかして匂いを誤魔化すことができれば、ちょっと強い狼くらいの感覚で対処ができるのだ。


 その方法というのが、この四人がやっているやり方――つまりはこの草原エリアの土と草の汁を身体に染みこませて、体臭を消すやり方である。


 土の化身のような見た目をしている四人は実に安定感のある動きでグラスウルフを蹴散らしながら、先を進んでいた。


 彼らはとにかく探索に安定感がある。

 決して無理をしようとしないし、リーダーのダグと呼ばれている男の直感はなかなか素晴らしい。

 対策を一発で当てられることも多いので、そこはちょっと悔しかったりもするけどな。


 ちなみに第十階層までの他のエリアも大体似たような感じで、しっかりと準備と対策をすればそこまでの戦闘能力がなくとも探索を進めることができるようになっている。


 まったく攻略ができないダンジョンはダンジョンにあらず。

 適度に人が来てくれるような場所を作るのもなかなか楽なことではない。


「あ、ダグが来たの……ミツル様、また大当たりが出たよ!? やっぱり絶対おかしいって!」


 そう言ってダグのことを指さしているタマキ。彼女に釣られて、他のモンスター達の視線も『白翼の天剣』の四人に集中する。


 実は彼らの名がここにいる面子の間でよく知られているのには、直感力や安定感以外にも理由がある。


 ――こいつらが開けたランダム宝箱、なぜかほぼ100%の確率で大当たりが出るんだよ!


 一体どうなってるんだよこれ……確率ぶっ壊れてるってレベルじゃねぇぞ。


 こいつらが色々と持ち帰ってくれるおかげで混沌迷宮の名前が売れるのは嬉しいんだが……こうも当たりばかり持っていかれると、なんか損した気分になるんだよ!


「うーん……やっぱり確率を操作できるスキルみたいなものがあるのか……」


 俺が知っている限り『ダンジョン&モンスターズ』にそういった能力を持つキャラはいなかった。

 基本がダンジョン防衛戦だったから、戦闘と直接関わりのない能力の表示自体がなかったしな。


 けどここまで当たりを引き続けるとなると、流石に幸運で片付けるのには無理がある。

 まず間違いなく何かの能力なのは間違いない。


 となるとやはりこの世界には、俺が知らないスキルがあると見た方がいいだろう。


 その中に致命的なものがあったりすると詰むから、今後も注視する必要がある。

 危険度が上がり過ぎたら内々に処理する必要もあるかもしれない。


 なんにせよ、これは今のうちに知ることができて良かった情報だ。

 やはりダンモンプレイ時みたく中にこもり続けるんじゃなくて、外にアンテナを伸ばしたのは正解だったな。



 自分達が作った階層がどんな風に攻略されていくのか、今後伸びてきそうなやつらはどいつか。


 プロ野球の強化合宿を見ているような感じと言えばわかるだろうか。

 ここにいるモンスター達の中には、ああでもないこうでもないと話し込んでいるやつらも多い。


 だが中には我関せずを貫き、好き放題しているやつもいる。

 第四軍団軍団長ガブリエルなんかがまさにそれだ。


「ミツル様、このポテチってやつおかわりくださぁい」


「いいぞ、何味がいい?」


「このたまり醤油味でお願いしまぁす」


「案外渋いチョイスだな……」


 DPを使いポテチを出してやると、手慣れた手つきでパーティー開けして食べ始めた。


 左手に持っているのはコーラ、そしてテーブルの上には最後までチョコたっぷりな某チョコ菓子も置かれている。


 ガブリエルはまったくモニターを見ることなく、ただおかしが食べ放題で俺と話せるからという理由だけでここに居座っている。


 彼女は第四軍団担当の第三階層にはまったく興味がない。

 というのもこいつ、階層作りを副官に全任せして自分で何一つ携わっていないのだ。


 あまりこういった細かい作業が得意ではない第六軍団軍団長のアカツキですら、副官にアドバイスをしながら階層作りに参画していた。


 好きにしろとは言ったが、ここまで好き放題にしているのはこいつただ一人である。


「勇者が来たらきっちり殺しますのでぇ、ガブちゃんはそれ以外は何一つやりませぇん」


 あっという間にポテチを食べ終えたガブリエルは、指先についているパウダーをペロリとなめると、こちらに流し目をよこした。

 妙にエロいその仕草と意味ありげな視線を軽く流す。


 こいつはこうやって俺をからかう癖があるので、まともに相手をするだけ損なのだ。


 実際俺はガブリエルに求めているのは、純粋な戦闘能力だけだ。それ以外はどれだけ不真面目だろうが、結果を出してくれれば文句は言わない。


 こいつがやると言っているんだ、ダンジョンマスターの俺にできるのはそれを信じることだけである。


「いざという時には頼りにしてるぞ、ガブリエル」


 ぐりぐりと乱暴に頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めるガブリエル。

 翼に軽く触れると、ふわふわとしていて非常に気持ちが良かった。


「ミツル様のいけずぅ……あ、そこ、そこもうちょっと強めに撫でて!」


 俺はガブリエルの機嫌を取るために翼を撫でていると、気付けば周囲に影が出来ていた。


 見れば右隣にタマキが、そして左隣にはアルフレッドの姿がある。

 二人とも何も言わずにじっとこっちを見つめてくる。

 ……って、アルフレッドも撫でてほしいのか!?


 俺は聞こえないくらいの小さなため息を吐きながら、タマキ達を気の済むまで撫でてやることにした。

 今日も混沌迷宮は平和だった。






 ――けれどそんな平和も、長くは続かない。

 所詮平和というものは、戦争の準備期間に過ぎないのだから。


 混沌迷宮解放から半月後。

 ドルジの街からぞろぞろと手勢を引き連れた勇者がやってきた。

 どうやら混沌迷宮を非合法に自分たちの縄張りにしてしまうつもりのようだ。


 勇者――ましてや悪人相手ならば容赦の必要はない。


 さあ、ここからが本番。

 楽しい楽しいダンジョン防衛を始めよう――。

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