第13話
俺達はシンディに案内を頼みながら、最寄りの街であるマサラダへと向かうことにした。
この街は近くにドルジという大規模な交易都市があり、その中継地点として使われることの多い場所のようだ。
繁華街から少しずらすような形で、このあたりに支店を構えている商店もそこそこあるらしい。
混沌迷宮からマサラダへ向かう道には、障害物はほとんどない。
道中現れる魔物達もせいぜいがゴブリンやスライム程度。
俺のダンジョンに入れば一秒と保たないような雑魚ばかりだった。
「まさかマスターと一緒にダンジョンの外に出る日がやってくるとは……このティアマト、感無量にございます」
「ガ……ゴ……」
こちらに向かってこようとしていたゴブリンの身体が止まったかと思うと、おぞましさを感じさせる黒い線が肩から脇下にかけて走ってゆく。
次の瞬間にはそこが傷口として開き、胴体はそのままずるりと斜めに割れていった。
悪魔(デーモン)種固有スキル、ファントムペイン。
精神的な痛みを実際の痛覚として誤認させることで、精神体への攻撃をそのまま肉体へのダメージへ返還させるスキルである。
悪魔という種族は基本的に、物理攻撃の手段をほとんど持たない。
霊体と呼ばれる魔力によって構成された肉体を持つ彼らは、寿命や老化といった概念のない、人間とは根本からして異なる存在だ。
だが物理攻撃ができずとも悪魔の戦闘能力は高い。
高い適性によって放たれる魔法と、種として持っている固有スキルに強力なものが多いからだ。
使える魔法やスキルは精神に対して行うものと、デバフ類が多い。
陰キャ戦法が得意で、敵に回したくないタイプである。
まあティアマトの場合、霊体を肉体に変えられるスキルがあるから、一通り近接戦闘もこなせるんだがな。
ちなみに素体も男性と女性のものがそれぞれあり、タイミングによって使い分けているらしい。
本人曰く、悪魔に性別はあってないようなものらしいからな。
「ティアマト……やりすぎだ、シンディがおびえてるじゃないか」
「おっと、これは失礼」
ティアマトはいつも落ち着いている彼にしては珍しく、明らかに上機嫌だった。
軽く威圧すれば逃げていくゴブリン相手にわざわざスキルを使っているのも、胸が弾んでいるという証拠だろう。
「そ、そそそそんなことはっ!?」
最初の頃は助けてもらって喜んでいたはずのシンディだが、俺達をマサラダへ連れて行ってくれと頼んでからというもの、彼女の顔色が明らかに悪くなっている。
どうやらこの世界ではダンジョンマスターという存在はあまりメジャーなものではないらしいからな。
ただ、ダンジョンという存在は普通に存在しているらしい。
もっとも、あのゴルブル兄弟でも踏破できるようなものばかりで、さほど強力な魔物はいないらしいが……。
余所のダンジョンの話を聞いた時は俺みたいな存在が他にもいるのだろうかとも考えたが、それなら人間と没交渉というのはおかしい感じもする。
お偉いさん相手に話を聞いてみなくちゃわからないな。
今回俺がわざわざ足を運んだ目的は、とりあえず交渉の窓口を作ることだ。
ちなみに同行者にベルナデットとティアマトを選んだ理由も、もちろんある。
ベルナデットは見た目が極めて美しいエルフで、シンディも気を許しているから。
そしてティアマトには、肉体を持たないためどこにでも潜入ができるので、色々と街の情報を収集もらうつもりだからだ。
街に近づいてからは彼とは別行動を取り、別方面から情報を集めてもらう。
色々と視野の広いやつだから、俺じゃ気付かないことにも気付いてくれるはずだ。
悪魔は精神感応(テレパシー)で通話が可能だから、情報収集は部下にやらせて報告を聞くものだとばかり思ってたので、まさか本人が来るとは思ってなかったが……。
「どうやら今の私は、舞い上がっているようです。ここからマスターの覇道が始まるのかと思うと、このティアマト、感服せずにはいられません」
「大げさなやつだな……まだ戦うと決まったわけでもなし」
(ひ、ひいいいっ!? なんだかめちゃくちゃ物騒な話をしていらっしゃる!?)
シンディの小声は聞き取れたが、反応するのはやめておいた。
これ以上怖がられるのも面倒だしな。
しかし彼女、思ってたよりタフだよな。
精神的な苦痛を和らげるアイテムは処方したから、心の傷が癒えてるっていうのもあるんだろうけど……全体的に小物臭が漂ってはいるものの、受け答えもきちんとしてくれるし。
もしかすると良い拾いものだったかもしれない。
これから友好的な話をしに行くんだからと、記憶を消さなくてよかったな。
「血しぶきが飛び散るのは、たしかに婦女子の方々への配慮が足りませんでしたね、それでは……」
ティアマトはスキルを切り替えて、視線が合った格下の魔物を殺す固有スキル、
「ひ、ひいいっっ!?」
それを見て驚くシンディを見て、ティアマトは更に上機嫌になっていた。
基本的に悪魔は、誰かから恐れられることを好む。
ここまでわざとらしく技を使っているのも、今までにないほど饒舌なのも、生まれてこの方悪魔らしいことができずにいて、鬱憤が溜まっていたからだろう。
多分だがこいつとしては、自分の主である俺が世界から恐れられるようになることを望んでるんだろうな。
ただ何十年も戦い漬けという生活は面倒だし、俺だって外に定期的に出たりはしたい。
人類の敵パターンにならないよう気をつけなければ。
問題なのはダンジョンの存在が既に露見している以上、あまり時間はないことか。
俺自身この世界の人間達がこちらにやってくるようになるまで、さほど時間はかからないと見ている。
なので重要になってくるのは、俺達ダンジョン側のポジショニングだ。
とりあえずは友好的に接しておいて、欲の皮を突っ張った相手は容赦なく皆殺しにしていく感じでちょうどいい塩梅だろうか。
「こらティアマト、はしたないですよ」
俺がはしゃいでいるティアマトを眺めながら物思いに耽っていた間も、ベルナデットは微笑を崩さずに黙って俺の三歩後ろを歩いていた。
その歩き方すら絵になっており、背筋を伸ばしてしゃなりしゃなりと歩いている様子は、某劇団を彷彿とさせるほどに力強く美しい。
彼女は仕事のできる女性なので、しっかりと私語も慎んでいる。
ティアマトのことも軽くたしなめるだけで、それ以上は何も言わない。
これはガブリエルやタマキにはできないことだ。
あいつらなら間違いなく、ティアマトと喧嘩をおっぱじめているだろうからな。
俺がなぜベルナデットを連れることが多いのか……二人にはその理由を、もう少し考えてもらいたいところである。
こうして少しテンションの高いティアマトが周囲の魔物を殺し尽くしていると、あっという間にマサラダの街へ到着した。
ここからはティアマトには別行動を取ってもらう。
「ふふ、安心してください。私は公私はしっかりと分けるタイプですから」
「ああ、任せたぞ」
俺は影に溶け込んで消えていく彼のことを見送ってから、街の通用門へと歩いていった。
さて、話が通じる相手がいてくれると助かるんだが。
いきなり殲滅エンドだと、人類の敵コースまっしぐらだからな。
冒険者ギルドマサラダ支部。
二階にある執務室にて日々の雑務を終わらせたギルドマスターのバリスは、目の前に現れた難題に頭を抱えていた。
「ゴルブル兄弟が戻ってこない……」
新種の魔物に関する調査依頼を出したゴルブル兄弟が、二日ほど経ったにもかかわらず、未だに街へ戻ってきていない。
冒険者は不測の事態に陥ることの多い業界ではある。
だが今回の依頼はあくまでも調査。
弟のガルだけならまだしも、兄のミゲルはそのあたりはしっかりとした線引きをする男だ。
二日も帰ってきていないというのは、流石に何かあったとしか思えない。
新たな調査隊を派遣してもいいが、素行に問題はあれどゴルブル兄弟はCランクでは上位の実力者だった。
彼らでダメとなれば、今のマサラダでは他の冒険者を出したところで焼け石に水だろう。
「第一発見者を連れて行かれたのもマズいな……いくら認定勇者といえど、一般人を街の外へ連れ出すのは流石にやりすぎだ……」
更に今回マズいのは、ゴルブル兄弟が案内人として新種の魔物の第一発見者の少女まで連れて行ってしまったことだ。
一般人をわざわざ危険にさらしたとなれば、冒険者ギルドの立場は失墜しかねない。ましてやその少女が、そのまま行方不明にでもなれば……。
ここまで来ればバリスも、自分が人選を間違えたことを認めざるを得なくなっていた。
「とにかく、何人かで手分けをして探してもらう他は……」
「ギルマス、大変です!」
ストレスから葉巻を取り出そうとしているバリスの下に、慌てた様子で階段を駆け上がったマリーがやってくる。
彼女の顔色を見ただけで、バリスはとんでもない厄介ごとが起きたことを悟ってしまう。
マリーは思っているこそがすぐに顔に出てしまう質だ。
人としては善良なはずのその性質は、今のバリスにとっては不吉を告げる黒猫も同然であった。
「シンディさんが帰ってきました! それも身なりの良さそうな男の人と――とんでもなく美人のエルフを連れて!」
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