第12話


 今、俺は最も上座のいわゆる誕生日席に座っている。

 ぐるりと円卓を囲みながらこちらを見つめているのは、この混沌迷宮に十存在している軍団を治める軍団長達――俺が何よりも信を置いている腹心達だ。




第一軍団(竜種)軍団長 『竜王』タマキ


第二軍団(獣種)軍団長 『唯我』アルフレッド


第三軍団(亜人種)軍団長 『始原』ベルナデット


第四軍団(有翼種)軍団長 『断罪者』ガブリエル 


第五軍団(異形種)軍団長 『魔公』ティアマト


第六軍団(虫種)軍団長 『一騎当千』アカツキ


第七軍団(水棲種)軍団長 『覇軍』セイラム


第八軍団(巨人種)軍団長 『巨人』アッズワース


第九軍団(アンデッド種)軍団長 『究極』ズモゴロフ


第十軍団(スライム種)軍団長 『無尽』ファスティア



 これに非常時の際に出動する特務軍団を入れた十一からなる軍団が、俺がこの世界にやってきてから育て上げてきた戦力である。


 一応軽く軍団の説明もしておくか。


 基本的に最強の個体である軍団長が治めている各軍団は、それぞれ十階層ずつに散って存在している。


 勇者がやってきた時になるべく有機的に運用ができるよう、おおよその種族ごとに分けているが、これもあくまでも便宜的なもの。

 大分融通は利くようになっている。


 鳥の魔物は第二軍団でも第四軍団でも好きな方を選ぶことができるし、場合によっては航空偵察戦力がほしい他の軍団に所属することもある。


 その辺りの裁量はほとんど全て軍団長達に与えており、俺は基本的な魔物達の育成や統率は軍団長達に一任している。


 なぜそんなことができるのかと言えば……俺が彼らのことを心から信頼しているからだ。


 よく自分が鍛え上げたゲーム世界に部下ごと放り込まれて、彼らの忠誠度を保つために頑張らなくては……みたいなパターンの小説があるが、俺の場合はそれらとは根本的に話が違う。


 何せ彼らは全て、俺がこの世界にやってきてから手ずから作り上げた最高傑作達だ。

 

 終盤に出てくる勇者すら相手取ることのできる、文字通りの特級戦力である彼らも、最初から最強だったわけではない。


 中には最初からある程度の戦闘能力を持っている奴らもいるが、軍団長は俺が初期の段階から呼び出していた古株達ばかりだ。


 俺は召喚した時、まだただのミニドラゴンだった頃のタマキのことを覚えているし、ラビリスと一緒に初めてのドラゴンを召喚したことを一緒に喜んだことだってばっちりと記憶している。


 こうして振り返るとあっという間に思えるが、五年という月日の間に築いた絆は、俺達の間に確かに息づいている。


 彼らはそれぞれ形は違えど、俺のことを慕ってくれている。

 だからダンジョンマスターである俺には、それに応えてやる義務があるのだ。

 俺は彼らの主であり――そして王なのだから。


「ではまずは俺がこの世界の現地人から聞いてきた情報を伝えよう」


 ベルナデットと共に行った事情聴取では、色々なことがわかった。


 あ、ちなみにシンディの処遇に関しては皆と話し合いの末で決めようと思っているので、現在彼女はラビリスと共に応接室で待機してもらっている。


 魔法で記憶を消して街に戻ってもらうか、それともメッセンジャーとして利用するか、まだ決めかねている。


「だがその前に一つやらなければならないことがある。俺は――お前達に謝らなくてはいけない。どうやらここは……俺が想定していた場所とは異なる世界らしい。皆……すまなかった」


 俺が立ち上がり、腰を折って直角に曲げると、周囲から絶叫にも似た悲鳴が上がる。


 考えてみればそれも当然かもしれない。

 何せこの五年で俺がこんな風に頭を下げたのは、これが初めてだからな。


 当然、ダンジョンマスターとしての威厳は減じただろう。

 ひょっとすると中には幻滅してしまった軍団長もいるかもしれない。


 けどそうなることを理解した上で、俺には頭を下げなければいけない理由があった。


 シンディから情報収集をして、俺はようやく理解したのだ――この世界は『ダンジョン&モンスターズ』のどのナンバリングタイトルとも違う場所なのだ、ということに。


 もちろん共通しているところはある。

 たとえば、ジョブシステムやスキルシステムなんかは『ダンジョン&モンスターズ』と同じだったりするし。

 勇者もしっかりと存在しているらしいしな。


 ただ馬鹿強い勇者の数は、想定よりずっと少なそうな感じではあった。

 何せBランク上位の魔物を騎士団と冒険者、勇者が総力を挙げて討伐するらしいからな……。


 とにかく現在の状況は、俺が想定していたものとは大分違っている。

 そもそも倒した勇者の名前は俺の知らないものだったし、シンディが暮らしている国もまったく俺の知らないところだった。


 こうなると、ダンジョン外のことに関して原作知識は使えないと考えた方がいいだろう。


 俺は五年という歳月を費やし、想定できる最悪のパターン――勇者を旗印にして国家が連帯し共闘する、vs世界連合戦が即座に始まっても勝てるようダンジョンとモンスターを育ててきたが……ひょっとするともっと他に手を打っておくべきだったのではないかと思えてしまった。


 リスクを承知の上で外と関わりを持っていれば、また違った展開になったのではないか。


 そうすれば彼らにもっと早く活躍の場を与えることができたのではないか、そのせいで取り返しのつかないことになってはしまわないかと考えると、謝らずにはいられなかったのだ。


「ミツル様……」


 俺がゆっくりと顔を上げると、俺の目の前には目をうるうると潤ませているタマキの姿があった。


「なんだかよくわからないけど、ミツル様は何も悪くないです!」


 気付けば接近していた彼女は、ぐいっと俺を手を握っていた。

 吐息が炎になる彼女の体温は、人と比べるとずいぶんと高い。


 それがわかっているからか、彼女はすぐに手を放してから元の位置に戻り、椅子に座り直した。


「その通りです、マスター。マスターがこのダンジョンを生み出してから全力でダンジョン拡張をされていたことは、私達もよく存じております。最悪に備えておくという意味合いでも、決して悪くはない選択だったかと」


 ティアマトはそう言って、ソーサーに載っているカップを傾ける。

 俺なんかよりよほど頭が回るこいつがそう言ってくれると、少し肩の荷が下りた気持ちになる。


 俺はそのままぐるりと他の軍団長達の顔を見渡し……自分が思い違いをしていることに気付いた。


 彼らは俺に失望してはいない。

 いや、それどころか。

 我ながら情けなく思える俺の謝罪を聞いた上で、頬を紅潮させていたのである。


「ミツル様はぁ、ここが想定していた世界じゃないからってぇ……私達が負けるとお思いですかぁ?」


 ガブリエルはあざとくこてんと首を傾げながら、こちらを挑戦的な目で見つめていた。


 ――彼女達は期待しているのだ。

 ようやく自分達がダンジョンマスターの役に立つことができる場がやってくるのではないか……と。


 たとえここが俺が想定していたものとは違う異世界だったとしても、彼女達がすべきことは何も変わらない。


 ――ダンジョンマスターの俺に従い、敵を蹂躙すること。


 それが彼らにとっての存在意義であり、何よりの喜びなのだから。


「ミツル様の号令をいただければ世界全てを敵に回したとしても、勝ってみせましょう。ダンジョンを出て大陸に覇を唱えるというのも、一興でございますなぁ」


 巌のような肉体をした、獅子の毛をなびかせる獣人――第二軍団軍団長『唯我』のアルフレッドは、そういって犬歯をむき出しにして笑う。

 俺に二心のない忠誠を抱いている彼が率いる獣種のモンスター達は高い機動力と索敵能力を持ち、その個体数が最も多い。


 もしダンジョンの外に打って出ることになるとした場合、もっとも素早く敵の喉元を噛みちぎるのは彼らになるだろう。


「某は一振りの剣――剣は主の命にて、ただ剣を振るうのみ」


 自身の緑色の甲殻を外殻甲冑として着込んでいる第六軍団軍団長『一騎当千』のアカツキは、そういって剣の柄に手をかけた。


 最初はただの巨大なカミキリ虫であった彼は戦闘経験を積み強くなっていくうち、気付けば虫種の中では珍しく人型の魔物となっていた。


 アカツキは現状の混沌迷宮において、一対一の近接戦闘であれば最強を誇る男だ。

 彼が護衛としてついてきてくれるのなら、俺はたとえ数多の勇者が待ち受けている会合の場にでもステップを踏みながら向かうことができるだろう。


 彼らだけではない。

 第四軍団軍団長であるガブリエルが、第九軍団軍団長であるズモゴロフが、戦闘意欲をむき出しにしながら興奮している。


 彼らはその力を振るうための場所を求めている。

 鍛え上げた己が力とその軍勢を披露する場を設けてくれと、その力強い視線が訴えかけている。


(――ああ、いいだろう)


 想定は外れていた。

 ゲーム知識が通用するのはここまでで、後はアドリブだらけの一発勝負だ。


 けれどモンスターである彼らの目的が変わらぬように、俺が彼らの主であることもまた、何一つ変わってはいない。


 果たして最終的にダンジョンに大量の挑戦者や勇者達がやってくるのかはわからない。

 共に手を取り合う国もあれば、敵対する国もあるだろう。


 このような多種多様な魔物が暮らし多数の資源が存在しているダンジョンを指をくわえてみていられるほど、人間という生き物は賢くない。


 だからどのような形になるにせよ、彼らには活躍の場を与えてやることができるはずだ。

 それにもしないのだとしたら、俺が手ずから作ってやればいい。


 臣下が求める者を提供し、心から心酔させるが故の王。


「全員傾聴。よし――それじゃあこれからの話をしようか」


 俺の言葉に全員が頷く。

 ここ最近では人間としてよりも、ダンジョンマスターとしての方が自然に振る舞えているような気がする。


 転生して俺の人間性に変化があったんだろうか。

 まあ、だからどうということもないんだがな。

 俺は俺にできることをやるだけだ。





 話し合いの結果、今回俺達は積極的に外と交渉を持つことにした。

 どのような結果になるにせよ、このチャンスを不意にするべきではない。


 シンディと共にマサラダの街へ向かうのは俺とベルナデット、そしてティアマトに決定する。不服そうな奴らもいたが、見た目があまり人間から離れすぎてるといらない嫌悪感を抱かれるかもしれないからな。


「では、よろしく頼むぞ」


 軍団長を含めた全ての魔物達にダンジョンマスターの権能である『作戦指令』を使ってとある通達を行い、俺は混沌迷宮を後にした。


『開戦の準備を整えよ。俺が再度の号令を行った時は、総力を上げて敵を蹂躙せよ』


 俺の号令に対するモンスター達の反応は……わざわざ口にするまでもないだろう。

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