第9話

 この世界の魔物と冒険者は、E~Sのランクによって管理がなされている。

 まず魔物のランクがあり、それを討伐できるか否かでランクが決まるシステムだ。


 ゴルブル兄弟は、Cランクまでの魔物であれば難なく倒すことができる。

 合同の依頼であれば、Bランク下位の魔物を倒すこともできた。

 けれど彼らにできたのはそこまでだった。


 何せそれより上、Bランク中位以上の魔物は……文字通り強さの桁が違う。

 Aランクの魔物は、それが下位であろうが一体現れれば街が崩壊するレベルの怪物だ。

 それがAランク上位ともなれば、それは正しく災厄に等しい。


 Aランク上位魔物、インフィニットスライム。

 無限の名を冠する魔物、その強さの所以は――


「悪徳勇者なら……やり過ぎても、構わないですよね?」


 ミゲルが切り飛ばしガルが吹き飛ばしたファスティアの断片達が、命を帯びたかのように激しく動き始める。

 ただの千切れた欠片であるそれらには、仮初めのものではない、本物の命が宿り始めていた。


 ファスティアの破片達は周囲の魔力を吸い上げ、どんどんと大きくなっていく。

 欠片ほどの大きさだったスライム達の身体は瞬く間に盛り上がっていき、そして途中からそれぞれが別の形態へと変化をし始める。


 合わせて五体になるスライム達は、一体一体がまったく違う見た目のものへと変異している。


 目を凝らさなければわからぬほどに周囲に溶け込んでいる漆黒のスライム、ミゲル達が見上げるほどの巨体である緑色のスライム、そして全身から炎を迸らせているスライム……そのどれもが、ただのスライムではありえぬ強さを感じさせる。


「おいおい、冗談キツいぜ……エリアヒールスライムにデビルスライム、見たことないのもいるが、他のは全部Cランク以上の魔物だ……」


 呆然としている様子のガル。だが彼がこうなってしまうのも、無理なからぬことだ。


 彼らはBランクに近いと目されているCランク冒険者。

 Cランクの魔物も、問題なく狩ることができる。

 だがそれはあくまでも事前に準備を行い、環境を整えた上でのこと。


 周囲をCランクの魔物に包囲され、後ろに更に凶悪な魔物が控えている状況では、ギルドからの評価などなんの役にも立たない。


「インフィニットスライムの強みはその圧倒的な再生能力と、己の肉片を全てのスライムに変異させることのできる特殊能力――時間さえあれば無限にあらゆるスライムを生み出し続けるが故の、Aランク上位だ。かつてインフィニットスライムの成長を放置していた馬鹿な国のせいで、十を超える国家が飲み込まれたって話だ……」


 ミゲルは説明をしながらも、活路はないかとしきりに周囲に視線を飛ばす。

 だが既に彼らはスライムに包囲されていた。


 インフィニットスライムの触手は既に再生しており、いつでも自分達を狙って放てるよううねうねと動き回っていた。


 防御をしなければやられる。

 だが防ぐためにあれを斬れば、また別のスライムとなって自分達の前に立ちはだかることになる。


 正しく八方塞がり。戦うことすら許されぬ圧倒的な理不尽。

 それを押しつけてくるからこその、Aランク上位。

 

「わかるかガル! そんな化け物が……五年もここで力を蓄えてるんだ! 俺達で勝てるわけがねぇっ!」


「お……おおおおおおおおっっ!!」


 兄の説明を聞いたガルは、不安を吹き飛ばすべく咆哮を上げながら、周囲に居る五体のスライムに立ち向かっていく。

 拳闘士が発動可能な技であるスキルを使い、時にスライム達を潰し、その核を砕くべく重たい一撃を放っていく。


 だがスライム種は元々物理耐性の高い種族だ。

 更に彼らの中には、全体回復に特化したエリアヒールスライムがいる。


 どれだけ殴って潰しても倒れず、疲れの色も見せずに再び襲いかかってくる。

 物理特化のガルにとって、それは正しく悪夢であった。


「ちくしょう……俺達は勇者なんだぞ! それが……こんな、ところでっ!!」


 退路を断たれたミゲルも必死になってスライムの包囲網を抜けようとするが、しっかりと連携を取ってスライム達を前にして完全に攻めあぐねることになる。


「しまっ――」


 そして意識の間隙を縫う形で、触手にその足を絡め取られた。

 ずりずりと引き出されればそこには、先ほどまでと変わらぬ微笑を称えているインフィニットスライムのファスティアの姿があった。


 完璧な美貌も、浮かんでいる笑顔も、遭遇した時と何一つ変わらない。

 けれどミゲルにとっては、それが何よりも恐ろしいものに思えた。


 どれだけ必死にあがいたところで、Aランク上位の魔物からしてみればそれは顔色を変えるまでもないことなのだと。

 現実を見せつけられ、自分の今までを否定されるような気分になり、そしてミゲルの心は……ポキリと折れた。


「大丈夫ですよ。あなたは皆の栄養になって、これからも生き続けるんですから」


 ファスティアが両手を広げると、既に抵抗の意志を折られていたミゲルは回避軌道を取ることなく、そのまま彼女の胸へと飛び込んでいく。


 ファスティアは擬態によって服を着ているように見せているだけで、その修道着もまた彼女の肉体の一部に過ぎない。


 ミゲルはそのまま修道着に触れたかと思うと、ズブズブとファスティアの身体の中へ埋もれてゆき……そしてそのまま、影も形も見えなくなった。


「あ、兄貴……」


 そして時を同じくして、魔力と体力が底を尽いたガルもまた、スライム達に飲み込まれていく。

 エリアヒールスライムの体内に取り込まれたガルはそのまま意識を失い……そして内側の巡回する酸性の溶解液によって、凄まじい勢いでその肉と骨を溶かしていった。


「これが勇者、ですか……マスターから聞いていたほどではないような……?」


 勇者をペロリと平らげたファスティアは、こてんと首を傾げる。

 たしかに一般的な魔物や食料と比べれば上質だった気はするが、所詮はその程度のものでしかない。

 Aランク上位の魔物である彼女からしてみれば、彼らは数ある餌の一つ程度でしかなかった。


 ――Cランク冒険者パーティーにしてフルトン子爵の認定勇者であるゴルブル兄弟、死亡。

 このニュースは彼らが行方不明になってからすぐにマサラダの街中を駆け巡ることになり、ダンジョンの探索が本腰を入れて行われるきっかけになるのだが……その張本人であるダンジョンマスターであるミツルは、それどころではなかった。

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