第5話
マサラダの街は、これといった産業のない小規模な街だ。
隣にある交易都市ドルジのおこぼれを預かっているから成り立っているだけの、特筆すべきところのない街である。
そんな街にも魔物の被害は当然存在する。
故にマサラダにも魔物の討伐を主な生業とする荒くれ者達をとりまとめる冒険者ギルドは設置されていた。
そんな冒険者ギルドのマサラダ支部に緊急の連絡が入ったのは、ギルドマスターであるバリスが文字通りの重役出勤をし、たばこをくゆらせようと胸に手を入れたタイミングだった。
「ギルマス、大変です!」
「どうしたマリー、そんなに慌ててばかりいるとまた婚期が逃げるぞ」
「冗談言ってる場合じゃありません! マサラダの近くに正体不明の新種の魔物が出現したんです!」
「……なんだと?」
魔物の存在が確認されること自体は、そうおかしなことではない。
だがマサラダの周囲に出現する魔物の種類は、ドルジに所属する冒険者達が定期的に間引きを行うため、完全に固定化されていた。
バリスがギルドマスターになってから十五年以上経っているが、正体不明の魔物が現れるようなことは一度もなかったはずだ。
「ゴブリンの変異種あたりか?」
「いえ、それが……まったくの新種であると。ギルドの情報水晶を使って調べてもらいましたが、該当する魔物は存在しませんでした」
「……なんてことだ」
冒険者ギルドの支部には情報を統括して管理するギルド本部と連絡を取るための魔道具、情報水晶が用意されている。
それを使ってなお情報が出てこないということは、文字通り新種の魔物なのだろう。
「特徴と強さは?」
「はい、どうやらその魔物は頭部から触手を生やした空飛ぶ眼球らしく……見られると同時に逃走したらしく、強さはわかっておりません」
「触手を生やした……空飛ぶ眼球?」
なんと奇天烈な見た目だろうか。
バリスも元は冒険者なため魔物との付き合いは長いが、そんな魔物は見たことも聞いたこともない。
だが飛行能力がある鳥種以外の魔物というだけで、ある程度の戦闘能力はあるはずだ。
風魔法を使って浮遊しているのであれば、その強さは最低でもDランク……今居るマサラダの冒険者だけで対処ができるかどうか……。
「しかし一体どこから……ひょっとするとマサラダの近くにダンジョンができたのか?」
「その可能性も考慮すべきかと」
いきなり強力な魔物が現れた場合、考えられる可能性はいくつかある。
だがまったく新種の魔物が突然現れたとなると、最も可能性が高いのはダンジョンができたという線だろう。
ダンジョンとは富や産業を産む宝の山であることもあれば、人間に牙を剥く魔物達の牙城でもある。
どちらに転ぶにせよ、マサラダは今までのような交易都市のおこぼれをもらうだけの街ではいられなくなる。
バリスは自分の肩に乗るものの重さに、つい胸ポケットからたばこを取り出す。
彼が手に持つたばこをくゆらせると、煙を嫌う受付嬢のマリーが露骨に眉をしかめる。
どんな場所でも、愛煙家の形見は狭くなるものだ。
「ふぅ……たしかドルジから来ていた勇者パーティーがいたな?」
「はい、ゴルブル兄弟ですね」
たばこを吸って気持ちを落ち着けたバリスが、執務机の中から一枚の書類を取り出す。
そこに魔道具を使って転写されているのは、狡猾な笑みを浮かべている細身の男と、あばた面の大男だった。
「まったく、フルトン子爵もなぜこんな奴らを勇者にしたのか……」
かつて魔王と呼ばれるダンジョンマスターを討伐した勇者コタロー。
王家が全面的にバックアップしたことで、彼は魔王の討伐に全力を傾けることができた。
そして結果として魔王が溜め込んでいたダンジョンの遺産を使うことで、現在バリス達の暮らすラテラント王国の原型が築き上げられている。
その名残として王国に残っているのが、勇者システム。
各貴族家がこれと見込んだ者達を勇者として申請し、その後見人となる制度である。
「あの二人なら戦力的にも問題ないだろう。ダンジョンマスターを倒せば貴族にだってなれるとでも焚きつけてやれば良い」
「ギルマスは悪い人ですね……」
「ただの善人では、ギルドマスターは続けられない。それに何一つ嘘は言っていないさ」
バリスの言葉を聞いたマリーは頭を下げると執務室を後にした。
一人机に肘をかけるバリスは、灰皿の縁をたばこで叩きながら、紫煙をくゆらせる。
「何事もなければいいんだが……そうはならんのだろうな」
無論ゴルブル兄弟の実力を疑っているわけではない。
素行不良のせいでCランクに留まっているものの、純粋な戦闘能力だけで言えば人外の領域に片足を突っ込んでいるBランクにも届きうるだけのものがある。
だがバリスは彼らを派遣すればことが解決すると思うほど、楽天家ではなかった。
悪いことというのは、いつだって重なるものだ。
そして大抵の場合、自分達の想像する最悪には更に下がある。
バリスは大きく煙を吸い込むと、ぷかりとドルフィンリングを浮かべる。
今後のことを考え思案に耽る彼の顔には、深いしわが刻まれていた――。
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