第3話

 何をするにしても、DPさえあればなんとかなる。

 それが『ダンジョン&モンスターズ』における常識だ。


 DPは勇者のダンジョン攻略中に使うこともできるため、予備のDPがあれば勇者の目の前に魔物を出現させて戦わせることもできるし、自分が逃げるためにダンジョンを拡張させることもできる。


 『ダンジョン&モンスターズ』において、DPを得る方法は三つある。


 一つ目は、一日経過するごとに得られるエリアボーナス。

 これはダンジョンを広く拡げれば拡げるだけもらえるようになる。

 だが逆を言うとほとんどダンジョンを拡げられない序盤では、もらえるDPも微々たるものである。


 二つ目はダンジョン内で人間を倒すことで得ることができる討伐ボーナスだ。

 これはどれほど短い時間で倒せたかというタイムアタックボーナスと、死亡時点で人間が持つ魔力――MP(マジックポイント)をDPへ変換するMPボーナスに分かれている。


 勇者がやってくる前なので討伐ボーナスがもらえるわけはないのだが……後者のMPボーナスに注目してほしい。

 これは非常に重要だ。

 つまり――ダンモン世界では、魔力をDPに変換することができる。


 三つ目はこの法則を利用したものだ。

 ダンモンにおいては一定以上に濃縮した魔力は、直接DPに変換することができるようになる。

 今回俺が作るのは、この三つ目に当たる。

 魔力を最も効率よくDPに変換することのできるギミック――それこそがDP炉と呼ばれるダンジョン構築法である。


 炉とはついているが、実際に火を燃やしたりするわけじゃない。

 DP炉に必要なものはたった二つ。

 一定の地形と、大量のスライム――この二つがあればいい。


 故に俺がダンジョンマスターとして打った初手は、今後の勇者襲来を見越し、とにかく早い段階でDP炉の作成に適した地形を作り、残る800ほどのDPのうち600ほどをスライムの召喚にぶち込むことだった。







「う、うわぁ……ちょっと気持ち悪いです」


 眉をしかめながら首を振るラビリスと一緒に、俺は目の前で動き回っているスライムの群れをじっと見つめていた。


 スライム1体を生み出すために必要なDPは2。

 今回は600ほど使ったので、生み出したスライムの数は300体ほどになる。


(たしかにリアルで見ると、ちょっとキモいな……)


 300体の這いずる粘液が至る所で動き回っているのだから、視覚的なインパクトがすごい。


 スライム同士があまり広くないエリアをぐるぐると行き来しているため、個体同士で押し合ったり、天井や壁にひっつきながら移動をしているのだ。


 ちなみにこれはゲームにはなかった機能だが、俺は自分が召喚した魔物と視覚を共有できることがわかった。


 これでいざという時には魔物視点で勇者達を見ることができる。

 将来的には、魔物にダンジョン外に出てもらって外の様子を偵察してもらうといったこともできるかもしれない。


 あ、ちなみにダンモンにおいて魔物は自由に配置ができるが、通常の魔物は召喚してから先は魔物に好きなように動いてもらうことしかできない。


 進化させて知能を上げた魔物ならもっと高度な命令を聞かせることもできるようになるので、一体くらいは用意しておきたいが……果たしてコタロー襲来までにそこまでいけるだろうか。


「マスター、一体なんのためにこんなに大量のスライムを?」


「簡単に言えば、今後を見越してだな。――ほら、あれを見てみろ」


「あれは……スライムが止まってる?」


 スライム達は俺が作った四角いエリアの中をぐるぐると動き、何度か動き回ると隣の四角いエリアへと移動する……という行動を繰り返している。


 だがよく見れば、スライム達はただ移動しているだけではないということがすぐにわかる。


 彼らは一度止まりプルプルッと震えたかと思うと再び動き出し、また止まってぷるぷるっと震え……ということを繰り返しているのだ。


「スライムには空気中の魔力をため込む性質があるのは知っているだろう?」


「はい、スライム種は食事を必要としないですからね。彼らに必要なのは魔力ですから、空気中の魔力を吸い込んで生命維持を行っているはずです」


 魔物において魔力というのは酸素なんかと同様、生きていく上で必要なものだ。

 故にダンジョンの内部には魔物が生きていけるよう、ある程度魔力が満ちている。

 立ち止まっているスライムは、それを吸い込んでいるわけだ。


 スライムは大気中の魔力を取り込んで自分のMPに変えるのだが……スライムは馬鹿なので、加減というものを知らない。

 そのため彼らは、自分に必要な分以上の魔力を取り込んでしまうのだ。


 だがそんなに魔力があっても、その全てを体内で消化することができない。

 そのためどうするかというと……彼らは排泄という形で魔力を体外に出すのだ。


 この時、大気に微量に存在しているだけの魔力はスライムの体内で圧縮され、その密度がぐっと上がる。

 そして吐き出された高濃度の魔力が、ダンジョン内にまき散らされるのだ。


 そしてスライムが魔力を吐き出す方向には、ある程度の規則性がある。

 それを誘導する方法がこのDP炉だ。

 この構築だとどうなるのかと言えば……答えは三十分ほど待っているとすぐに出た。


「――こんな風に真ん中のブロックに、大量に魔力が集まるわけだ」


 スライムの移動法則を利用して動く場所と魔力を吐き出す場所を誘導してやれば、スライム達の吐き出す魔力を、真ん中に置いたブロックに集中させることが出来る。

 これがダンモンプレイヤーの間でDP炉と呼ばれているダンジョン構築法である。


「きれいですねぇ……」


 大量のスライム達から魔力を吐きかけられた真ん中のブロックは、魔力を溜め込み続けたことで青色に発色を始めていた。

 発光ダイオードを少し神秘的にしたような、見ているとほっと安心する深い青に、ラビリスがうっとりとした表情を見せる。


 このDP炉はスライムの排泄物を集中させたものなので、言ってしまえば肥だめみたいなもんなんだが……せっかく喜んでくれているのだ、水は差すまい。


「ダンジョンには過剰な魔力をDPに変換して溜め込む必要がある。だからこうやって魔力の集中するポイントを作ってやれば……」


 開いていた『ダンジョンステータス』がぴこんと音を鳴らす。

 どうやらさっそく効果を発揮してくれたらしい。



ーーのダンジョン(名称設定可)

DP 205

取得DP 12

消費DP 3



 200まで減っていたDPが205まで増えている。

 それを見て驚いた様子のラビリスにパチリとウィンクをしながら、


「こんな風にDPが増えていくわけだ」


「す……すごいです、こんな簡単にDPを増やせるなんて……一体どんな魔法を使ったんですか!?」


 このDP炉は100DP前後で作れるが、一度作ってしまえば定期的にDPを生産してくれるためすぐに元が取れる。

 現在800DPを使ってDP炉を8個製造している。


 このペースだと1分で1DPくらいは溜まりそうだから、ある程度余裕ができるまでは溜まったDPをDP炉作りに使い、DPの生産体制を整えるべきだろう。


 あ、ちなみに200DPを残しているのは、200DP使って出すことができるウィンドウィッチをDP炉の端に配置すれば、コタローを削り倒すことができるからである。


 物理特化のステージ2勇者イオガンテとは違い、ステージ1のコタローは魔法と物理双方にある程度の耐性がある。


 だがDP炉の周りにうじゃうじゃいるスライムを倒している間に遠距離からウィンドウィッチの風魔法でチクチク削れば、十分倒しきれるHP量でしかない。


 ちなみにこいつはそのままイオガンテにも有効な戦法だ。

 というかなんならイオガンテの方が楽にハメ殺すことができる。


「というわけでこっから先は待ちの時間だ。お前を攫おうとする見習い勇者がやってくる前に、可能な限りDP炉を作って今後に備えるぞ」


 『ダンジョン&モンスターズ』のストーリーモードの序盤は、いかにこのDP炉を作りながら防衛に必要な魔物を配置するかというリソース管理ゲーの側面が強い。


 『ダンジョン&モンスターズ』のバグなしRTAをする場合は、基本的にこのDP炉を作りながらいかに最小限の労力で敵を倒すかが大切になってくるくらいだからな。


 というかDP炉はダンモンプレイヤーならまず最初に覚える基礎中の基礎なんだが……ラビリスの反応を見る限り、この世界においてはあまりメジャーなやり方ではないらしいな。


 そもそもこの世界に、俺以外のダンジョンマスターとかも存在するんだろうか?

 ……まあそのあたりは、まずは勇者達を迎撃してから考えればいいか。


 ここからコタロー襲来、そしてその後のイオガンテの偵察までの時間がわかれば、その後のストーリーの時間経過もある程度把握できるはずだ。


 ダンジョンステータスには時計がないのでおおよそ俺の体内時計でしか計れないが、それでも指標が一つあるだけでずいぶんと楽になる。


 なのでとりあえずコタローがやってくるまでは、DP200以外は全部DP炉にぶっ込んでいこう。

 とにかく今は、DP炉の拡張に精を出す局面だ。

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