15
『どうした? 撫でないのか?』
きゅるん、と首をかしげる白銀の子狼が、小さなテーブルにちょこんと座り、大の男達を見上げている。
大の男達。ディック、ヘクター、ノーマン、フィルは小さなテーブルを囲うように立ちながら、体を寄せ合いへし合い、おいお前が行けよ、いやお前が行けとと無言の攻防を繰り返していた。
「何あれ、面白」
「静様、紅茶のおかわりはいかがしますか」
「うん、頂戴」
少し離れた席で、静はさくさくと少量のクッキーを食べつつ眺めていた。
落ち着くまでまだ時間がかかりそうだ、と思いながら静はルイスが入れてくれた紅茶へと手を伸ばした。
昨日、あれから静が戻った後、ヴィンセントが彼らに何か話をしたらしい。が、詳しい内容は聞いてはいない。ルイスがうまいことはぐらかしたからだ。だから聞かない方が良い、と静も判断し、それ以上の事を問うことはしなかった。
彼らはその話し合いが終わった後、この大神殿のいくつもある部屋の内、空き部屋を使う事になったらしいがそこで少々ゴタゴタがあったことを静は聞いている。
与えられた部屋は二人一部屋。であるわけだが、まずそこで四人で一部屋ではなく、この広い部屋を二人で使っていいのかと驚かれた。そして着ていた衣服はあまりにも年月を感じさせ、これから銀の聖女付きとなるにしては言葉を選ばなければ、だいぶみすぼらしいということで衣服その他諸々を支給したところ、こんな立派な服をいいのかとさらに驚かれたらしい。
ルイス達含むこの大神殿に仕える者達は専用の食堂で食事をとることがほとんどらしいが、そこでよく出てくる食事があまりにも美味しいと騒ぎ、身綺麗にするための場所に行けばお湯が使えることに感動され、部屋に戻った後も一般的によく使われるようなベッドがあまりにも柔らかいと夜遅くまで何かと元気に過ごしていたらしい。
彼らを一通り案内をしていたエドヴィン他、念のためと付いていた神殿の騎士達や、警戒していた神官達はあまりのその純朴な反応にだいぶ絆されたらしい。一夜明けた今日に至っては、中でも世話好きの神官や騎士が彼らに困っていないかと話しかけてはその反応に心打たれ、さらに絆されていたとかないとか。
確かに彼らが行ったことは許されることではない。しかし静が下した罰はもちろん、拳骨を落とされたことも併せて周知されていたおかげか、彼らに対しては幾分か忌避するような目を向けられることは少なく済んだらしい。むしろその罰があるのだからと、この生をなんとかより良いものへとさせようと必死だったりしているので、だいぶお人よしな性格が多いのがうかがえた。
最後の一枚を食べ終え、静はようやくネーヴェを撫でている大の大人四人に声をかけた。
「ね、話しても大丈夫?」
「は、はい……!」
『む、もうか?』
「ネーヴェはそのまま撫でてもらいなよ」
『そうだな。さぁ、撫でろ』
今はフィルが撫でているが、撫でられ待ちのネーヴェと静との間に視線をさまよわせながら、恐る恐るネーヴェを撫でる手を再開させた。
「にしても呼び出しといて、食べながらとかごめんね」
「いえ、そんなことは……」
今はまだ昼にもなっていない時間帯だ。ディック達は気にしていないようだが、彼らを呼んでおいて呑気にお茶をしているような無作法なことをする静ではない。だがこれには避けられない理由があった。
「これが食べろってうるさくって」
「朝食をほとんど食べておられなかったので」
「そういう時もあるよねぇ」
元より微熱はまだ続いているとはいえ、昨日は比較的には量は抑えてあったが朝食はほとんど食べることが出来た。何だったら夕食も量はやはり少な目にしてもらったが、全て平らげた。
それで今日、何故か一切手を付けることが出来なかった。せいぜい手をつけることができたのは付け合わせに添えられている生野菜ぐらいで、それ以外は何も手を付けることが出来ないほどだった。
あまりにも突然な変化にリーリアは慌てふためいていたし、ルイスこれ以上なく顔をしかめていた。
その結果、静は今こうしてクッキーを食べている羽目になっているわけだ。しかもこのクッキー、リーリアが取り急ぎ焼いたもので、まだリーリアが持つ籠の中にたんまりと残っている。食べやすいようにと小さなころころとしているクッキーは、静が好むハーブが練りこまれていたりとしっかりと考えられている。
おかげで数枚であったが難なく食べ終えたわけだが、今日はこれをもそもそと食べ続けそうだなぁと静はそう予感をしていた。
「……そう、ですか」
ディックが何か言葉を飲み込み、深く聞かずにいた。
その様子を見て、彼らがもう静の体調不良の理由についても知っているのだと悟った。
触れないでいてくれるのであれば好都合、と静は考えを切り替えた。
「それでさ。ディック達の事を知りたいのだけど、どこまで聞いていいのかなぁと思って」
「全てお話いたします」
「いや、ちゃんと選んで話してね?」
「はい」
返事だけは素直だが、きっと全てまるっと話をされそうな雰囲気を感じた。
しかし何故だろう、ルイスとリーリアがそろって静を見ているのが不思議でならない。
「……えっと、何?」
「静様も人の事が言えないかと」
ルイスの遠慮のない一言に、少々思い至る何かしらが出てきたので大変耳が痛くなった。
「ともかく! まずは……惰性のまま、生きてきたということだけど」
「ああ、はい。けどそれを説明するには、やはり最初の方から話させてもらえたらと思うんですが」
「……そうなるよねぇ。いや、問題ないなら教えて欲しいとは思うのだけど。その、名前が無いってことも」
何のためでもなく、ただ純粋に静は彼らを知りたいと思っていた。
好奇心かと問われればそれに近いような気がして、やはりどうも気が進まない。しかしある程度知っておけばこの先の関わり方もおのずと決まってくる。とはいえ本当に触りあたりを聞ければよかったが、これはもう全てを聞くことになりそうだった。
「そうですね……。まず俺達の出自ですが、捨て子だったらしいです。本当かどうかは知りませんが、俺達を育てていた奴らからそのように聞いています」
「育てていた奴ら……ってことは、集団か何か?」
「はい。天の神、アルカポルスではなく、別の神を崇めていた奴らです」
静はルイスに目くばせをする。ルイスは承知しているように、すぐさまに防諜の為の結界を張る。
そして先ほどから撫でまわされていたネーヴェも、すぐにその手を止めるように前足で器用にその手を止めて起き上がり、聞く体制に入った。
「……ディック達は、なんでそこにいたの?」
「供物の為です。とはいえ、いろいろと仕込まれましたよ。戦闘術から魔術、薬学等々。時間やら準備やらで時間がずいぶんとかかったらしいようですから、ついでにそれまでの道具としても使いたかったんでしょう」
「最悪だね。それで、ディック達が今、こうしているってことはそいつらはもういなくなったの?」
「いなくなった、というよりも全員死にました」
呆気なくディックは告げた。
「先ほども言った通り、俺達は供物です。全てはその件の神を、召喚するために。しかし召喚の儀式は失敗に終わりました。理由は分かりませんが、供物の為に陣の中にいた俺達は助かり、代わりとして陣の外にいた奴らは全員死にました。当然ですが件の神は召喚されず……というより、その神の怒りに触れてしまった可能性もあるんですが」
「その神というのは?」
「名は知りませんし、姿形等は何も教えられなかったので……その」
「ただ、神とだけ教えてもらったってことかな」
「はい」
不必要に教えることはしなかったのだろう。
もし、何も知らぬ彼らにそれを教えたとして、誰かにうっかり口を滑らせたらすぐに自分達の存在が知られてしまいかねない。全ては我らが神、と呼称をするこの国では当然の判断だった。
しかし後一歩、手が届かない情報を目の前に静は強い歯がゆさを覚えた。
「……その、召喚をしようとしていた時の事、覚えてる? どういうものを用いたとか、その陣について」
「はい。って言っても、俺よりも27番……じゃなくて、ノーマンが覚えてます」
「今、説明した方が良いですか?」
「ううん、後でルイスに教えてくれると有難いな」
「分かりました!」
魔術に関して言えば、ノーマンの方が得意としているのだろう。もしくは奈緒同様に記憶力が良いのか。ただ静が今聞いたところで忘れるだろうし、魔術の知識が欠片もないのだから聞いたところで、と言う話だ。
ルイスに視線で良いかと問えば、ルイスは小さく頷く仕草を返した。
「この召喚って、何年くらい前のこと?」
「確か……五年くらい前です。なんか他のところでもやっていたけど失敗続きだったとか。だから今度は人間を供物にしようとした……はず、です」
五年前の出来事であると言うことは、もっと以前から行われていたと言うことだ。さらに言えば、同じように供物として捧げられていた人間だっているだろう。
何よりも、彼らが名乗っていた番号は一桁ではなく、二桁の数字。つまり、彼ら以外にもいた可能性があるということだ。
本当に胸糞が悪くなる事実に、静は内心舌打ちをこぼした。
「……うん、分かった。それで、なんでそこから惰性に生きてきたの? 結果的には、だけど。自由になったということでしょ?」
経緯はどうあれ、彼ら四人は運良く生き残った。
それならば、自由を謳歌するなりして、第二の人生を歩んでも良かったはずだった。
なのに、何故彼らは死を選んだのかが、静にはこれっぽっちも分からなかった。
「……恥ずかしながら、俺達はだからこそ、分からなかったのです。そりゃあ腹が減れば飯を食べて、眠たければ寝てしまえば良いって言うのは分かりますし、狩りの仕方も知っていました」
生きるのに最低限の知識は与えられていた、と言うことだ。そこまで出来て、何故。
静は喉から出てきそうになる問いを飲み込み、続くディックの言葉を待った。
「最初は……まぁ、楽しかったんですよ。ああ、これで自由だ、何をしても良い、好きなことをして良いのだと。けど、だんだんと恐ろしくなったんです」
恐ろしい。
静は、その一言で理解してしまった。
「俺達は何一つ、疑問に思わず奴らの言葉の通りに生きてきました。名乗らずに今まで生きてきたのだって、結局のところ俺達は供物でしかないのだから、今も違和感があるというか……。本当に、名乗っていいのかすら迷ってしまうくらいです」
先程、彼らは供物です、と言った。供物でした、とは言わなかった。彼らはまだ、供物のままだった。
「供物は供物らしく、あの時死ぬべきだったと、だんだんと思うようになって来たのです。この自由も、この楽しさも、何もかもを知らずにあの時死んでしまえたら、この恐ろしさも、苦しさも知らずにいられた、と」
来る日に命を捧げることが、きっと全てであったのか。そう使われることが当然という認識であったのか。決められていた死が、突如として消え去ったからこそ、恐れてしまったのか。
死が、彼らにとって本当の自由であったのならば、突如として奪われた自由無き生は、彼らにとってどれほど恐ろしいものであろうか。
供物のままに生きる彼らは、いつ人間になるのか。
どうすれば人間へ生まれ変われるだろうか。
静はなんと言葉を発せば良いのか思いつかず、無音の息が口から溢れた。
ディック達から見て、なんとも滑稽な姿をさらしたと思っていれば、ディックはまた続けた。
「俺のこの名は、墓守の名です」
「……墓守?」
「はい。話をしたのは一度だけでしたが、俺達がユフィアータに祈りを捧げるきっかけとなった者です」
ディックはその時のことを思い出しているのか、ゆるく赤茶色の瞳を細めた。
「死は怖いものだ。しかし死は優しいものだ。命ある全てに平等に与えられるものだ。死にたいのなら、せめて死に場所を選べ。ユフィアータがお守りくださるから、と」
どうやら墓守はずいぶんと端的に語ったらしい。
間違いではない。確かにその通りだと静は素直に頷く。とはいえ、どうも言葉が今の彼らにさえ足りないと思えるほどのものだった。
「……墓守が言った、その言葉の意味をよく理解していませんでした。ただ、早く死に場所をえらんで死のうとしておりました。本当は、銀の聖女様が罰を与えてくださったように生きろと言う意味だったのに」
当時の彼らはもっと何かを知らない状態であった。だから言葉の通りに本当に探したのだろう。自分達が死んでも良い場所を。
恐ろしかっただろう、苦しかっただろう。それでも、その場所は死ぬ場所ではないと思っていたのか、今日まで生き続けてきた。ただ死んでしまいたくて。供物として、役目を終えるために。
静は深く背もたれに寄りかかり、見知らぬ墓守の姿を思った。
「……まぁ、なるようになった、と思えば良いのかな。おかげでわたしはディック達に会えたわけだから、その墓守には感謝をしておかないとだけど……、その方はご存命かな?」
「はい。たぶん後十年くらいは生きてんじゃないですかね」
「それは良い人と会ったねぇ」
おそらく、ユフィアータに対し、深く祈りを捧げている人であるのだろう。そしてそれを体現する程度に、生に執着しているのであれば、これ以上ない墓守であるはずだ。
機会があれば一度だけでも言葉を交わしてみたいものだった。
が、それにしても、と静は思考を切り替える。
「にしても、供物かぁ……。ネーヴェさ」
『なんだ?』
「ネーヴェって、供物必要?」
『祈ってもらえば良いだけだから必ずしも必要かと問われれば不要だと言える。確かに分かりやすいものではあるし、より祈りやすいのではないかとは思うぞ』
目に見えぬ祈りより、目に見える形で祈りを捧げる方がやりやすいというのは静も共感するところだった。
確かに祈っている、祈ったのだという証拠でもあり、これほどのものを捧げたのだという満ち足りた気持ちに入りやすくなる。
しかし重要なのは祈られる神の方だ。
「そういうのが必要な神もいるの?」
『そうだなぁ。こればかりは人間の祈り方によるものだから、私からは何も言えん』
「……ヴィンセントが以前、自身を供物だと言っていたけれども。つまりはそういうこと?」
『ああ、人間がその祈り方が正しいと思ったが故だな』
曖昧な答えではあったが、つまり祈られる神や愛娘にとって供物の有無は必要でないということだ。
ただの祈る方の心の持ちようによって、結局は全て決まるのだろう。
現に、ネーヴェ……ユフィアータに対しての祈り、そして願いはいつの頃からかずいぶんと姿を変えてしまっている事実がある。故に静はこれほどまでに体調に影響は出ており、もはや一人でどうにか出来る範疇ではなくなった。そして天の神、アルカポルスが祈られているであろうに眠っているというのが今だ。
一体どのような祈りを捧げてきたのか。どのように歪められたのか。地下の書庫室から紛失した本には一体何が書かれていたのか。
目元を抑え、もはや慣れ始めてき熱い息を吐きだした。
「……ルイス、彼らのことまとめてくれる? わたしが欲しいと言ったわけなんだけど……」
「元よりそのつもりでしたが?」
「さすがぁ」
なんて頼りになる侍従兼護衛だろうか。
静は横にいるルイスを見上げれば、ルイスは相変わらずの無表情であったがいつもよりも顔はどことなく険しいものになっていた。
ああ、これはばれているな、と静は困ったような笑みを浮かべた。
「正直、これから何をすれば良いのか思いつかないのだけど」
「私の方で行いますので、静様は大人しく寝ていてください」
「えー……」
決して口には出していないが、静の熱が上がっていることに気づいている。リーリアも何かを察したのか、テーブルの上にちょこんと座っているネーヴェをこそこそと迎えに行き、抱きかかえていた。
ネーヴェは迷いなくリーリアの腕の中に飛び込み、すぐにくわり、と大きな欠伸を一つした。
移ってしまいそうな欠伸だったが、残念ながら静には移らずにヘクターに移っていた。すかさずに隣にいたノーマンがその頭を叩き落としていた。
「ね、ルイス」
「却下します」
「まだ何も言ってないのに。ただ、ほら。会うとかそういうのじゃなくて」
「信徒達の様子を一目見たい、ということなのでしょう?」
「うん、そう」
「却下します」
今のように椅子に座って、信徒達の姿を眺めているだけ。たったそれだけでもルイスが却下をするので、静はありありと不満だと口角を下げた。
「理由」
「不特定多数が出入りする場所です。今、その状態で表に出られることは、相手に弱っていることを知られるということです。より狙われやすくなる可能性があります」
確かに、静から見えるということは、相手からも見えると言うことだ。
いかにも体調が悪いですと言わんばかりの姿を大多数に見られるのは、確かによろしくはない。どうぞ狙ってくださいと言っているようなものだった。
「……えーっと、ほら! こっちの姿が見えないようにする魔術を使うとか」
「出来なくはないですけど、僕も止めといた方が良いと思いますよ」
横からノーマンが入って来た。
深い青にも見える紺の丸い目をくるりと動かし、瞬かせた。
「実はなんですけど。ここに潜入する前に、あそこに何度か入り込んだんですね」
「……そうだったんだ」
「はい。それで、様子を見るってなったら場所は限られているから余計に、正直当てずっぽうでもなんだかんだ狙いやすい場所でしたよ」
こうして静を実際に狙った彼らがそこまで断言してしまうほどだと言う。あまりにも説得力がありすぎて、静はこれ以上の事は言わず、おずおずと小さく頷く他なかった。
「分かった、諦める」
「そうしてください」
「けど、暇」
「本を用意しておきます」
「分かったぁ」
多少不服ではあったが、今の静に出来ることなんてほとんど無いに等しい。
どうかこうにか、なるべく何でもないよう振舞うことが精いっぱいだ。正直、本をちゃんと読めるかどうかさえ若干怪しいが、何もしないよりはマシだと思い、静は大人しく頷いた。
「それじゃあ、とりあえずお話は以上になるんだけども、この後は……」
「静様をお部屋にお送りした後、私の方から指示を出します」
「別に送らなくても」
今、静がいる部屋は自室からそう離れていない場所にある。昨日こそ、紅星の間から戻る途中で眩暈が酷くなってしまいルイスに運んでもらったが、この距離ならば問題ない、はずだ。
若干自信がないのは、この食欲の無さと感じる身体の熱のせいだ。
「立てますか」
「え、うん」
差し出されたルイスの手に、静は迷うことなく手を重ねて立ち上がろうとして、身体がゆらり、と変に力が抜けた。
すかさず目の前にいるルイスが落ち着いて静の身体を支えた。かと思えば、もはやいつもの如く、慣れたようにルイスは静を腕の中へと書か手上げていた。
静はすぐに降ろすようにといつもの流れで言おうとしたが、途端にぐるりと世界が回った。
力を入れられず、静はぐでりとルイスの腕と胸に寄り掛かる他なく、熱い息を細く吐き出した。
「お前達はここで待機」
頭の上でルイスがディック達に端的に指示を飛ばす。
そして彼らの返事を待たずに、ルイスは足早に部屋の外へと飛び出した。
「リーリア殿、申し訳ありませんが」
「はい、問題ありませんとも」
すぐそばでリーリアが返事を返したのが聞こえた。
だんだんと意識が混濁していく。
今日は、朝から妙に息苦しさを感じていた。気のせいだと思った
なんとなく、伊織には会いたくなかった。この状態を見られたくはなかった。気のせいだと、思い込みたかったから。
「静様、聞こえますか」
「……ん」
声を発するのも、一気に億劫さを感じる。
大きな重りでも乗せられたかのように感じる重い瞼をわずかにあげる。けども、視界がどうもぼんやりとしてはっきりと輪郭は見えない。
けれども近くにある深緑の色を見つけ、静はふっと笑みを浮かべた。
「なぁに、ルイス」
「……今日はもう、大人しく寝ていてください」
いつの間にか部屋に戻ってきていたのか。ルイスは静をそっと、壊れ物を扱うかのようにベッドの上に下ろした。
「ねぇ、ルイス」
「はい」
「頼んだよ」
「……はい」
どんな顔をしているのか、静は見えていない。だけどもきっと、いつものように無表情を浮かべているはずだ。きっと、そう。
意識が奥深くへと引っ張られる。
静はそれに抗うことはせず、すぅっとそのまま落ちていった。
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