12

「おい、生きてるな」

「生きてるよ」

 部屋に入ってくるなり、開口一番。ヴィンセントが静の生存確認をしてきたので、静は淀みなく答えてやった。

 時刻は昼をとうに過ぎたあたり。奈緒が静と共に昼食を取り、話をしながらもやはり時間がありすぎて困ったので、いつもの遊戯盤を手慰みにしつつ過ごしていた時、ようやくヴィンセント達が戻って来たのだった。

「おい、熱があるって聞いたはずだが?」

「うん、あるね。それ以外は元気だよ」

「別にちょっとしたお遊びよ。おかえりなさい、伊織、真咲」

 ヴィンセントに続いて部屋に入ってきた伊織と真咲に奈緒が声をかけたが、二人からの返答はなかった。どうしたのかとよく見れば、伊織はどこか不機嫌そうに頬を膨らませ、真咲は呆れたように頭を抱えていた。

 一体何があったのか、と奈緒と静は無言でヴィンセントに視線を向けて問えば、ヴィンセントは大きく息を吐きだした。

「ある程度は予想していたが、予想以上に昨日の襲撃の事が信徒達に広まっていた。おかげで多くの信徒達がやってきたが、まさかあそこまで詰め寄られるとは思わなかった」

「そんなに?」

「ああ。途中で騎士や神官達が間に入り、これ以上は混乱を産むとして今日は出入りを禁じた。明日以降は人数を絞る必要が出てくるな」

「そうだったのね……。あ、座るわよね?」

「このままで良い。長居はしないつもりだ」

 どこか疲れが見えるヴィンセントに奈緒は自身が座っていた椅子を譲ろうとするが、すぐに首を横に振り、伊織に振り向いた。

「おい、いつまでその面を見せているんだ。馬鹿め」

「馬鹿じゃないっ……!」

「いい加減に落ち着きなさいよ」

 ヴィンセントに詰め寄ろうとする伊織の前に、真咲が強引に割って入りながらその額に軽く平手を落とした。

 小さく、あぅ、と伊織が声を漏らし、両手で抑えながら真咲を恨めし気に見上げた。

「だって……! 真咲は違うの?!」

「は? あの横っ面、ぶっ叩きたいけど?」

「真咲、手が逆に怪我するから止めた方が良いよ?」

「平手に決まっているでしょ」

「そうなんだ。拳かと思った」

 確かに叩くは平手のイメージが強い。今軽く伊織の額に平手をパシンと落としたのを見る限り、きっと真咲の平手はそこそこ綺麗に決まりそうである。

「それで、 何があったの?」

 それはそれとして、一体伊織がそこまで気を荒立たせるほどの事が起きたのだ。気にならないはずもなく奈緒が問う。と、伊織は黄金の瞳をぱちり、と瞬かせ、ぎゅっと眉間に皺を寄せた。

「もういろいろと!」

「そうね。なんていうか、すごく面倒な感じよ」

「一先ず流せ」

 何故だろうか、三人して具体的な言葉を避けている気がしてならなかった。

 もしくは今、落ち着いて話せる状況ではないというのであれば、落ち着いたころに聞けば良いだけだと静は一つ頷いた。

「俺がわざわざ来た用件だが」

「なんだ、見舞いとかそういうのだと思った」

「何かしら手土産を持ってきた方が良かったか?」

「いや、いらないな。それで用件って?」

 静がわさと茶化すように言えば、ヴィンセントも同様な空気感で返してきた。

 どこか張り詰めていた空気で少し座りが悪く、わざとそんなことをしたがおかげで、ほんの少しばかり固くなっていた空気を和らいだような気がした。

 ヴィンセントの表情も少しばかり和らぎ、いつものような人を食ってかかるような色を琥珀に浮かべていた。 

「昨日の件を受けて、お前達三人にも護衛をつけることにした」

「そうなるでしょうね。誰とかは決まっているの?」

 ある程度は予想出来たことだ。だから奈緒はさして驚かずに頷き、問い返した。

「よく使うあの深紅の騎士達をそのまま付けるつもりだ。その方が楽だろう? それに合わせて漆黒も付ける。何かと便利の良い奴らだからな。それで静にはルイスがいるが、そこに加えて深紅を付けさせるつもりではいる」

「あー……、三人と同じようにってこと?」

「ああ、そうなる。念の為に言うが、数は少ないが女もいるからな。そこから選ぶ」

「……まぁ、そうなるよねぇ」

 昨日のあの状況を思い返す。

 敵が四人。最初こそ、ルイスが一人で対応をしていたが、やはり全て一人で対応すると言うのは困難を極めていた様子が見えた。

 静は覚えている。ルイスの背から溢れた鮮やかな赤い色を。逃げると言う選択を選んでしまった自分の不甲斐なさを。血が沸き立つほどの怒りを。

 気が進まないが、二度とそんなものを見ないようにするためには必要だと理解している静は、数瞬だけ間をおいて頷いた。

 静の心情を知ってか知らずか、ヴィンセントは静が頷いたのを待ってから、伊織へと視線を向けた。

「あまりこの手は使いたくないが、伊織の目を借りたい」

「良いよ!」

「……乗り気なのが不安でしかないんだかな」

 あんなに不機嫌だったがようやく落ち着いたようで、いつもの伊織の元気な返事が返ってきた。

 先ほどまで苛立っていたのが嘘のような溌剌とした声に、ヴィンセントが頭を抱えてしまっている。それくらいに今の伊織にはどこか自信のようなものが伺えた。

「さて、話は終わりだ。俺は戻る。病人は大人しく寝ていろ」

 用が終わったらしいヴィンセトはそそくさと踵を返そうとする。と、その前に、静の傍らにいたネーヴェが頭を持ち上げた。

『静は病ではないぞ、人間』

 誰もが、それに耳を疑った。

「……ネーヴェ、どういう意味?」

『言葉の意味そのままだ、静。全ては私の不甲斐なさによるものだ』

 くぅん、と言葉と共に鳴くネーヴェの様に、静はさらに問おうとすることが出来なかった。

『伊織』

「えっと……何? ヨル」

『私達は貴方方に謝らなくてはならないことがあるのです』

「謝らないといけないこと……?」

 黙ってしまったネーヴェの代わりのように、ヨルが首を持ち上げてちろりと細長い舌を見せた。

 するりと伊織の頬に頭をよせ、その黄金の瞳を静へと向けた。

『伊織。よく、静を見て』

「え、うん」

「……なんか恥ずかしいな」

「あれ、髪綺麗になった?」

「リーリアのおかげだねぇ」

 それはそれは丁寧に髪の手入れを行ってくれたリーリアのおかげで、静の黒髪はより黒く、艶ががっていた。気づけば枝毛、結び目、傷んで茶色に見えていたのが嘘のようにだった。

 黄金が静の髪から順番に下へと動いていく。と、その視線が止まった。

「……あれ?」

「ん?」

 何かが見えたのか、黄金は満月のように丸くなり、伊織の両手が静の頬を包み込んだ。と思えば、その手は何か汚れでもぬぐうように頬の上をすべる。

「……ねぇ、ヨル」

『はい』

「なんで、静がくすんで見えるの」

 伊織の目には、どう見えているのか。

 くすんでいると言うからには、何かしらの、例えるならば煤汚れのようなものが見えているのだろうか。何度か手が静の何も汚れていないはずの頬をぬぐい続けている。何度も、何度も。

 諦めずに続けようとする伊織の手を、静は伊織の手をその上から包み込み微笑んでやれば、伊織の顔が大きく歪んだ。

『それが貴方達にとっての毒だから』

「毒……?」

 訳が分からない、というよりも理解したくないと言いたげに、あどけない声で伊織がヨルの言葉を繰り返した。

 するりと伊織の腕を伝って、静の首へと移るヨルは伊織にやったように頭を静へと寄せた。

『真咲達にあたし達の力を与えたのは守る為。本当にそれだけの為に与えたわ。もちろん言葉とかいろいろとあったけども』

 小さな音をたてて羽ばたき、静の元へと飛び移ったディーヴァが続いて口を開いた。

「そうね。話すのに苦労しないし、それに牛乳とか飲めるし」

『真咲達にとっての毒や病からも守っているもの。当然よ』

 そう、だから毒はほとんど効くことは無かった。

 事実、この中で食物アレルギーを持っている真咲は、一切そのような片鱗さえなく健康に生きている。

 それならば、静のこれは一体何か。一体、何が起きているのか。

「……愛娘よ。何故、今その話を」

『話をするつもりはありませんでした。彼女達を怖がらせてしまうと思ったので。しかし……、これほどの影響が出てしまっている以上、口を閉ざしたままではいけないことだと思ったのです』

 ヨルがチロリ、と舌を何度か見せる。

 伝えにくそうになりつつも、必死に伝えようとしてなのか。せわしなく、落ち着きなく動く長い身体は、やはり据わりが悪いのかすぐに伊織の首へと戻っていってしまった。

 伊織は静の両頬から手を離し、代わりにヨルの身体を優しく撫でた。

「……ねぇ、ヨル。毒って?」

 先ほど拒絶の色を見せていた伊織だが、ヨルの言葉を聞いてからかようやく理解しようと再度、ヨルに問いかけた。

 ヨルはずっと俯いたままのネーヴェを気にする素振りを見せながらも、端的に答えた。

『毒は、魔力なの。伊織』

 きっとそう、誰もが理解するのに時間を要した。

 特に、この世界の住人であるヴィンセントやルイス、そしてリーリア含む侍女達は魔力は当然にあるものであり、それこそ空気や水と同じく身体を維持するに必要なものであるはずなのだ。

 だからこそ、それこそが毒であると誰が思えただろうか。

『そもそもとして、なのですが。静達は魔力というものを必要としない人間なのです。そのような人間を、この世界へと巻き込んでしまったのです』

『例えると、ここは奈緒達にとって水の世界のようなものかしらねぇ。だから私達の力で、水の中でも呼吸が出来るようにしたのよぉ』

 伊織が、ヨルとメルの話を聞きながら、静の手を握った。そばにいた奈緒も手を伸ばしてその手を上から握ろうとし、さらに真咲の両手がその上を覆いかぶさった。

 とても、とても強く。離さないと言わんばかりに。

「……ネーヴェ」

『……静』

 俯いていた銀の子狼が、ようやく静を見上げた。

『全ては、私の力不足によるものであり、愛娘としての役目に甘んじていた。その結果、私の力は目に見えるほどに衰えはじめ、こうして静を守る為の力が薄らぎ始めている』

「全ては人間達がネーヴェを……ユフィアータを、見てこなかったせいだよ」

『……それでもだ。それでも、私の力がこうして衰えているのが事実だ』

 一体誰のせいなのか。それを探すにはあまりにも時間がなく、そもそもとして時間の無駄であるのは静だって理解している。けれども、それを考えなければ、湧き上がる不安と、恐怖に押しつぶされてしまいそうだった。

「……ネーヴェ様。静様は今、毒に晒されている状態、と言うことでしょうか」

『つまり言えば、な』

 ようやく魔力が毒であることを理解したようにも見えるルイスであるが、その言葉をどこか信じたくない様子であった。しかしネーヴェの是という言葉に、いつになく深緑の瞳をせわしなく動かし、いつもの落ち着きはどこかい消え失せてしまっていた。

「治癒の、魔術は」

『あの程度の魔力なら問題はない。そうでなければ止めていた』

「……はい」

 ああ、そう言えば昨日今日と続いて治癒の魔術を受けていたのだ。それはつまり、静にとって毒を受けていたということでもある。護衛としているルイスにとってみれば、あまりにも末恐ろしい事実であったはずだ。しかしそれぐらいは問題にならないことだとネーヴェが断言したことにより、ルイスはようやくいつものように落ち着きを払い、姿勢を正した。

「あのさ、ネーヴェ」

『なんだ?』

 手を握られたままの静はそのままに、ネーヴェに視線を向けた。

「……よく眠っていたのは、その影響だった?」

『否定はしない』

「最初から、そうだったの」

『すまないな、静』

「……謝らないでよ」

『ああ』

 そんなこと、言えるわけがないのを静は十分に理解していた。

 そもそもとしてこの事実はうまくすれば秘密のままに出来た可能性もほんの僅かにあったのかもしれない。けれども知れば知るほどに、どうにも取り返しがつかないところまでに行きついており、まだ全貌さえつかめていないと言うのにこうして危機的状況になってしまっている。

 それでも、だからこそ余計に言えるはずがなかった。下手をすれば絶望され、恨まれ、怒りのままに糾弾されるだろう。それでも、ネーヴェは伝えてくれた。それならば静は、この事実を受け入れる他ないと思う他、何もなかった。

 そして考える。最悪の事態を。

「……もし。もしもだけど、ネーヴェが……ユフィアータが眠ったら、どうなる?」

『静に与えた守りが解かれるかもしれない。が、私自身、完全に消えていなければ、わずかだが残るかもしれない』

 それでも風前の灯火。吹けば飛ぶようなものになってしまうのだろうというのは、今、この状態になっているからこそ予想が出来てしまうことだった。

 だからこそ、さらに最悪となった場合の考えが勝手に浮かんでくる。そうならないようにしなければならないのに、けれどもそうなってしまう可能性の方が大きいと思ってしまうのだ。

 静は浮かんで来た思考を振り払うことは出来ず、そのままネーヴェに問いかけた。

「……わたしが、もしも、そうなったとして。それでも、三人だけでも、元の世界に戻れる保証は」

「静っ?!」

「え、ちょっと、何を言っているのよ!」

「何、ちょっと、馬鹿な事を……!」

 伊織、奈緒、真咲が口々に声をあげた。

 けれども今、静はそれに構うほどの余裕はなく、答えてくれるだろうネーヴェの次の言葉を待った。

『……それについては断言が出来ない。とはいえ、姉上達の力は今、以前に比べてより力強く、そして安定し始めているのも事実。私のような状態になることはほとんどないと言って良い。だから、もしかしたらと言う意味ではあるが、可能であると思っている。そうであろう、リディ姉上』

『……ええ、そうね』

 不可能ではない。

 それを聞いて、静はどこか抱いていた不安が少し和らいだような気がした。何せ、静が考えうることが出来たより一番となるであろう最悪を避けられることが出来ると分かったのだから。

 と、静は急に横から肩を強く掴まれた。

「静。何を考えているの」

「……最悪の状況になった時の事を考えてただけだって」

「こっち見て言いなさいよ」

 掴んだのは奈緒だった。声色から察するに、相当な苛立ちを抱いているようで、このような状況でなくても余計に顔を向けたくは無かった。が、ここで拒否をすれば確実に奈緒の怒りが降ってくるのは確実だった。

 意を決した静はゆっくりと奈緒に顔を向ければ、声色は確かに苛立ちを抱いているようであったが、その顔は泣いてしまいそう、それでいて静以上に不安を出だしているような顔だった。

「……死ぬために考えているわけじゃないのは先に言っておく、けど」

「……けど?」

「……それに近い状況になるかもしれない、とは考えた。最悪な状況だけど」

「だから、私達だけでも戻れるかって確認をしたわけ?」

「そう」

「静がいなかったら意味がないのだけど?」

 奈緒の言葉に伊織と真咲が何度も強く頷いた。静はそれにただ口をぽかりとあけたまま、目を丸くすれば、奈緒の視線は妙に鋭くなった。

「……ねぇちょっと。もしかして素で驚いてない?」

「え、や、ちょっとだけ」

 黄金の瞳を持たない奈緒でさえ一目で分かるほどに、静は本当に驚いていた。まさかそんなことを言われるとは本当に思わなかったのだ。

 何度も瞬きを繰り返す静に、奈緒は深く息を吐き出して顔を侍女達へと向けた。

「リーリアさん、静に可愛いお洋服着せましょ?」

「はい、承知いたしました」

 奈緒の言葉に、リーリアが笑顔で即答した。何て恐怖か。

「え、なんで、待って……!」

「今の完全に静が悪いわ」

「いーけないんだ、いけないんだー」

 真咲と伊織は全く持って止めるそぶりは一切見せず、むしろどんな服を着せようかと話し始めている始末だ。

 静がなんとか止めようと必死になって声をあげているが、それ以上に三人とそこに加えてリーリアを中心とした侍女達が一気に集まって誰もほぼ止めることが出来ない状況だった。

 そして女性達の輪からあぶれているヴィンセントとルイスは静の今の言動に呆れているのか、ヴィンセントは目元を抑え、ルイスは一切止めるそぶりを見せずに視線を窓の外へと向けていた。と、ルイスは窓の方へと踵を返した。

「どうした……? ああ、鳥か」

 窓の外には連絡用の鳥がカツリカツリと窓に強かに叩いていた。ルイスは窓を僅かに開ければ、するりと鳥が室内に滑り込み、弧を一度描いてルイスの手元へと降り、折りたたまれた紙に姿を戻した。

 すぐさまに目を通りながら窓を閉め、戻るルイスの表情は少しばかり硬い。

「なんと書いてある」

 さすがに立ったままでは疲れたらしいヴィンセントが二人掛けのソファーに移動し、どしりと座った。

 ルイスはヴィンセントの問いには答えずに、埋もれている静へと顔を上げた。

「静様」

「え、あ、うん?」

「護衛として深紅を付けるよりも、より有能な者を付けられる可能性が出てきました」

「……どういうこと?」

 ルイスはヴィンセントに報告書を手渡しながら答える。

「昨日の襲撃者についての報告です。現在、ロビン他漆黒であれらの対応をしております。口は中々割らないのは当然としてですが……、彼らの所有物の中にユフィアータを表す刻印が刻まれた小物があったそうです。念のため、それを預かろうとした際、強く拒み、一人が負傷をしたと」

「刻印……? ユフィアータの?」

「はい。我らが神、アルカポルスにはもちろんのこと、愛娘達にもそれぞれを示す刻印が存在しますが、これについては後程、説明いたします」

 確かに今必要なことでないし、それ以上に気になることがあった。

「……わたしを殺しに来た人達、だよね?」

「そうです」

「なのに、ユフィアータの……その、刻印? を持っていたの?」

「はい。ユフィアータの信徒であることは明らかです」

 ユフィアータの信徒が、ユフィアータの聖女である静に刃を向けてきた。

 それは何と恐ろしいことであろうか。それは静に対し、反旗を翻したということだろうか。

 だがルイスの様子、そして先ほどの言葉から察するに何かが違うようだった。

「静様、思い出してください」

「うん」

「あれらは毒を用いておりました」

「そうだね。わたしはほとんど効いてなかったけど」

 とはいえ、腕が痺れる感覚は確かにしたので、それもやはりユフィアータの力が弱まってきていた証拠なのではと、今更ながらの静は思った。

「本当に命をとるのであれば、即効性の強い毒を用いるのが定石かと」

「……うん、確かに」

「さらに言えば、結界で目隠しをされておりましたが、魔術に精通しているものが近くにいればすぐに見破れるものです。そしてあのような明るく、わざわざ目立つような場所で襲うでしょうか?」

「……ちょっとそのあたりは分からないし、喧嘩的に考えればよくある感じではあったからから全く疑問に思わなかった。けど……言われてみれば、そうだね」

 喧嘩はしてきたが、どれもこれも真正面から。しかもお互いに未成年で、安全と言われる日本での出来事だ。だから静はあの襲撃に何一つの違和感を抱くことは無かった。

 ルイスにようやく言われて気づくほどだ。それぐらいに実際に命を狙うとすれば明らかにおかしな点がいくつも見えてくる。

「憶測ではありますが。あれらは本当に静様の命を奪いに来たわけではない、と考えます。目的までは不明ですが」

「……目的は聞くしかないにしても。殺す気なくて、手を抜いて相手をされていた、と」

 静は未だに手を握ったままの三人に目くばせしてから離してもらい、自由になった両手を何度か閉じて開いて、ぐっと握りしめた。

「腹立たしいな」

「はい。加えてになりますが、静様が頭を掴んで叩きつけたあの男ですが、一番実力を持っているかと」

「ああ、あれ」

「はい。そして一番手を抜いておりました」

 静は笑みを浮かべた。

「これ以上、体調が悪くなる前にお礼しないとだね?」

「私からお礼をいたしますので、その者についてはご遠慮ください」

「じゃ、他の貰うね」

 そうと決まれば寝ている場合ではないな、と静はよし、と小さく気合を入れた。

 先ほどまであれほど不安に駆られていたのが嘘のように霧散して消え、今は腹の底から煮えわたる苛立ちにすっかり変わってしまっていた。

 何か見えたのだろう伊織がそっと身体を後ろに下げていたのが見えたが、静はとくに気にも留めなかった。

「で、有能なものが付けられる可能性があるって言っていたけど。つまりいえば、それらってことだよね?」

「はい。そうです」

「……わたしが言うのもあれだけど、問題ないの?」

「すでに殿下から了解をもらったとの内容です」

 鳥の姿に変えていた報告書を持つヴィンセントが目元を抑え、大きく息を吐きだした。

「ああ、これにはそう書いてある。なんと面倒なことを……」

 あ、と伊織が小さく声を漏らしたあたり、また胃痛と戦っているのかもしれない。

 そんな素振りは一切見せず、ヴィンセントはルイスに視線を向けた。

「そいつらの実力は深紅よりも確かなものか」

「確実に」

「男共だと聞いたが」

「私がおりますので問題ないかと」

「……だそうだが、静。良いのか」

 続いてヴィンセントが静に視線を向ける。と、静はほとんどの間を置かずに、大きく頷いて見せた。

「そんなに有能なら欲しい」

「男共だぞ」

「別に、ルイスいるし」

 ヴィンセントは無言でまた目元を抑え、少しの間動かずにいた。かと思えばすぐに立ち上がった。

「明日で良いか。良いな」

「え、何を?」

「そいつらが欲しいのだろう? 話の場を設けるだけだ。ルイスを借りるぞ」

「あ、うん。分かった」

 有無を言わせぬ物言いのまま、ヴィンセントが足早に部屋を出ていく。部屋の外でずっと待機をしていたのであろう、エドヴィンの焦りか驚きかで慌ててヴィンセントを呼ぶ声が聞こえる。

「静様、少々離れます」

「分かった。いってらっしゃい」

「はい」

 姿勢を正して軽く一礼をするルイスに、静は手を小さく上げて応えた。そして颯爽とヴィンセントの後に続いて部屋を後にしたルイスの姿が見えなくなると同時、奈緒が静の肩に手を置いた。

「……えっと、奈緒?」

「とりあえずは、着替えましょ?」

 どうやら可愛い服に着替えることから逃げることは出来ないと、静は強く理解し、大人しく、内心泣きながら頷いた。

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