12
原因は自分にあると、静は自覚している。だが、この状況になっていることまでは本当に理解できずにいた。
「ほら、静。これ食べなさい」
「これね、私が好きなお菓子」
「このクリーム、なかなか美味しいわよ。あたしのオススメ」
花の香がする紅茶に、これでもかと盛られている菓子と果物が目の前にでん、と置かれる。
とりあえず自分のために用意されたものだ、食べないと勿体ない。ということでさっそく静はぱくりぱくりと舌鼓を遠慮なくうつことにした。
「……よく食べらられるな。その量」
「おいしくて」
おいしいは正義だ。小さな一口サイズの焼き菓子をコロン、と口の中に放り込んだ。蜂蜜の香が口いっぱいに広がり、無意識のうちに口元がゆるむ。
それをげんなりとした顔をし、同席しているヴィンセントは菓子には一切手をつけずに紅茶を飲むだけだった。
「甘いの苦手?」
「少しなら平気だが、それは甘すぎる」
「そっかぁ。おいしいのに」
「さっきまであんなに泣いてたのが嘘みたいだな」
「……先に言うとなんだけど。一回なんかしらで泣くと、しばらく恥ずかしながら自分でも引くほど泣きやすくなるけど、気にしないでもらえると助かるんだけど」
だからあまり触れるな、と言いたげに静は誤魔化すようにばくばくと菓子を食べ進めつつ、言う。が、その間銀の瞳はこれでもかと泳ぐし、若干うっすら水の膜を張っているように見え、この場にいる全員から非難の目を受けたヴィンセントはぐっと顔をしかめた。
「分かった。で、落ち着いたか。落ち着いたな?」
「うん、たぶん? えっと、お騒がせしました」
「良い。聖女がより安全に、穏やかに過ごせるようにするのなら些細だ」
些細と言うが、大神官自ら動き、ルイス達を呼んでいる時点で些細と言えるだろうか。しかし、これについて考えるのは今ではない。
「ルイス」
「は」
「お前、この聖女付。今からな」
「は?」
「侍従として潜入していたということは、護衛もしつつ侍従も出来るということだな? 何、すでに侍女を付けているがもう一人増えたところで問題ないだろう?」
あまりにも脈絡なく、まさに今思いつきましたと言わんばかりに快活に話すヴィンセントに当事者であるルイスはもちろんだが、誰しもが付いてはいけない状況だった。さらにヴィンセントはわざとらしく、柳眉を器用に片方だけ上げて、アルベルトを見やり、そして笑みを浮かべた。それはもう愉快げに。
「おっと、偶然にも隊長殿がいるじゃないか。しかもちゃーんと状況を把握しているご様子。どうだろうか、暫くの間、聖女付きにしても構わないな」
「はい。問題ございません。是非ともルイスを使っていただければ」
「隊長。俺ではなく、オリヴィアの方が適任では」
「いや、お前だろ。何言っているんだ?」
「ルイスに決まっているじゃない、寝ぼけてるの?」
とくにオリヴィアからの当たりが妙に強く、ルイスのむっつりとした無表情がほんの少しばかり崩れた。
「しかし、反感が」
「反感な」
何の事か分からぬ静は、奈緒達に視線を移した。と、奈緒と真咲は顔をしかめながら伊織を見ており、伊織は心当たりがあるのか、眉間に皺を寄せていた。
「静」
「え、あ、はい」
「何故こいつの手を取った。どうしてあそこから出られた」
大げさな物言いだ、と静は思いかけた。しかしこの状況を生んだのは自分でしかない為、茶化すような言葉は飲み込み、何故と自問した。
が、静は考える間もなく自然と言葉が出た。
「ルイスが来たから」
「答えになっていませんが」
「いや、それが答えだろ。そういえば自力がどうの、と言われてなかったか?」
横からルイスが何か言ったが、静にとってこれが答えであり、ヴィンセントもまた同意をした。が、その後に続く疑問についてはいささかいただけない内容なだけに、静は銀の瞳をうろ、と泳がせた。
「それは、その。監禁されていた部屋から、自力で脱出しようかなぁって……馬鹿なことを考えていたというか」
「本当に、行動を起こされる前に迎えに行くことが出来て、心の底から安堵しています」
「いや、だからちゃんと馬鹿なこと考えてたなぁって思っているから」
「思いつつも、何かあれば次こそは実行しようとお考えでは?」
「行けそうなら」
ぐ、と拳を握って決意を見せた静に、ルイスは無言で目元を抑えた。
何故その反応なのか、と疑問に思っていると、隣にいる奈緒の手が肩に乗った。
「静。危ないことしようとしてたの?」
「……ちょっと、危ないかもしれない奴だよ?」
「ちょっとでも危ないことをしようとしていたのね?」
にこやかな奈緒から感じる妙な圧を感じる静が、身体をそらすが肩をしっかりと掴まれて逃げることは出来ない。
「いや、あのね? 閉じ込められていた部屋の窓、開かないから割って。それで、高い場所にあったけど、ユフィアータがついてくれているから、何とかいけるかも、っていう希望的観測のあれです。やるまえにルイスが来たから未遂」
「どこにやれる根拠があったのよ。高い場所って、下手したら大怪我どころの話じゃないでしょ?」
「うん、だから馬鹿な事考えたなぁって思って。次はもうちょっと低いところで考える」
「そういうことじゃないのよ、静。分かる?」
「はぁい」
奈緒と静のやり取りを傍目から見れば親子のそれだ。母親がしでかそうとした子をたしなめている姿が見える。なまじ静の見た目が幼く背が低い上、奈緒は四人の中でも背が高いから余計にそんな風にも見えてしまう。実際は二人とも年が近いし、静はもう二十を超えた成人なのだが、誰がどう見ても悲しいことにそうは見えなかった。
「……心配になるわ。昨日と、今日のこともそうだけど」
「あー……うん」
ああ、そうだ。奈緒はとくに心配をかけさせてしまっている。昨日は奈緒の隣でいきなり気を失い、ルイス達が来るまで何故か部屋の外に出ることが出来なかった。
何故そうなのか、そうなってしまったのか。あれほどあの監禁されていた部屋から外へ出ようと思いつつも閉じ込められていたというのに、今になって自由に出入りが出来るというのに部屋に自ら閉じこもっていた事実。部屋の外へ一歩、足を踏み出そうとするとこみあげてくる震えが全身にいきわたり、頭の中が一気に白い霧が広がる。思考が止まりそうになりながら、せめて震えを抑えようとして、何故か呼吸がうまくいかなくなり、訳も分からずに涙があふれ続けた。
何故、と問われても分からない。何があったか。何故そうなったか。何故、あんなにも恐怖が支配してきたのか。静は分からないままだった。
「顔色、良くなったわね。温かい紅茶をいれてもらったおかげかしら?」
「おいしいものも食べたからね」
「そうね。それとお迎えもきたからかしら?」
「えー? ねぇ、奈緒。わたしのこと、子供扱いしてない?」
「どうかしらね?」
笑ってごまかそうとしている奈緒に、静はわずかに口をへの字にした。まさしく子供がするような仕草とそう変わらないもので、この後許される範囲内で子ども扱いをしようと決めたのが数名いたり、いなかったり。
「お前ら、本当に仲が良いというか……。静がそうなのは昔からなのか?」
どちらかといえば呆れているヴィンセントがひじ掛けに寄りかかり、姿勢を正すのすら面倒と言わんばかりに背もたれにだらりと座っている。
奈緒と静はそろってぱちり、と紫と銀を瞬かせ、そろって首を横にふった。
「仲が良いのは嬉しいけど、こうして話をしたのは……どう言えばいいのかしら? ほとんど初対面みたいなものよね?」
「そうだね。なんとなく顔だけは知ってはいたけど、話をしたのなんて、ここに来る直前だったし」
「ええ、だから正直真咲も伊織の事ももちろん、静の事もほとんど知らないわよ?」
「うん。わたしも同じ。だから離れて落ちた時、本当に焦った。名前しか知らなかったし、あの時は」
「そうよね。だからこうして会えることができたのは本当に嬉しかったわ」
ねぇ、と奈緒と静が顔を寄せ、その後に伊織と真咲の方に向き、そうだよねぇというように顔を寄せるような仕草をすれば、二人は大きくそろって頷いた。良かったね。良かったねぇ。なんて笑いあう四人だが、その周囲はそれぞれ口元を抑えたり、目を見開いていたり、お互いに顔を見合わせては驚きを隠せないでいた。
何故、というように。けどその何故、というのはあまりにも偶然過ぎる出来事でしかなく、この場で話すことではないのを四人は承知していた。
「って、話がだいぶそれてしまったわね。どこからだったかしら?」
「ルイスがわたしの護衛になるかならないかの話」
まだ衝撃を受けて戻れない周囲をそのままに、奈緒は静と話を再開する。
「ああ、そうだったわね。静はどうなのよ? 彼が護衛になるの。それともあちらの方? 私としては護衛つけてくれるならつけてほしいわよ? また倒れられたら困るもの」
「えー……そうかもだけどぉ」
困ったなぁ。と静は眉を顰め、ルイスと、そしてオリヴィアを横目で見つつ、小さく唸り、銀を泳がせた。
「……ルイス、かなぁ」
「あら、そうなの?」
「うん。何、面白そうな顔しているの。奈緒」
「静の見間違いじゃない? それより何か理由でもあるの?」
何かを迷うそぶりではなく、オリヴィアがいる手前ということもあったのか少しばかり言うのを躊躇しているように奈緒には見えた。
だから決定的な理由があるのだろうとそう奈緒が当たりを付ければ、静はこくりと頷いた。
「紅茶がおいしくて」
「ねぇ、静? 早速食べ物で釣られてない?」
「紅茶は飲み物だよ」
「それはそうだけど、違うわよ?」
「え?」
奈緒が何を言いたいのか分からず、静は首をかしげたが何故かどうして控えているリーリアも、オリヴィアもルイスも、全員して呆れているような視線を向けてくる。
おかしいな。何一つおかしいことは言っていないはずなのに。
「隊長命令。静様の護衛兼侍従な」
「……分かりました。引き継ぎ等々ありますので、明日以降でも構わないでしょうか」
「だそうですが、よろしいですか。ヴィンセント様」
「ああ、構わない」
そしてルイスが静付の護衛兼侍従となることが、それきっかけで確定した。全く理解していない静を置いてけぼりにして。
「よし、話はまとまった。次だ、次。原因が分からんままだと対処のしようがない。昨日、今日と、その原因なりに心当たりはあるのか」
ヴィンセントが軽く膝を叩き、一番初めの話題へと急速に戻した。だいふ遠回りになったが、ここに集まっているのはそもそもとして、それを話す為のようなものだ。
昨日は急に倒れ、今日は部屋から一歩も出れなかったという状況に陥った静は、我ながらにしてもなんとも恥ずかしい醜態をさらしたものだと思い返した。
「静、別に無理して考えなくてもいいのよ?」
奈緒から甘美な提案をされる。ちらりと周囲の様子を窺えば、あんなに呆れた目を向けていた面々は妙に緊張の色を滲ませており、もしここで無理、の一言を言えば即座に話は終えられそうだった。
今日は確かに疲れた。あんなにも訳も分からずに泣き続けるわ、軽い過呼吸のような状態になるわ、よく分からぬ何かしらがじっとすぐそこにいるような感覚になっているわ。
だから、この気持ちの悪いものを早くに取り除きたくてたまらなくて、静は首を横に振った。
「ちょっと、考える」
「……そう」
僅か数日した経っていないが心配性が過ぎる奈緒に、大丈夫だと言うように笑いかければ奈緒はようやく口を閉じた。それでも感じる紫からの圧に静は小さく苦笑しつつ、さて、と銀の瞳をきょろ、と動かした。
考えると言った手前、しっかりと思い出さなくてはならない。けれども、震えそうになる手に、内心舌打ちを溢した。
こんな状態、もしかしなくともトラウマになっているようなものではないか。すぐに否定するための何かしらが無いかと思い返すも、無様に手は震えるし、こう黙っているからこそ鼓動が僅かばかり早くなっているのが耳に届く。
「――チッ」
「し、静?」
「あ、ごめん。あんまりにも分からなくって……」
こんなこと、人生で初めてだが、静にとってはそんなもの関係の無い話だった。
自分のことなのだから、自分が良く知っている。それなのに全くと言っていいほどに思い至ることが出来ない状況が、静をさらに苛つかせた。
奈緒があ、えっと、と戸惑う声が聞こえる。それを他所に静はもう一度舌打ちを溢しかけそうになって、おずりと手を上げた伊織が視界に入った。
「えっと、見られてもいいなら、見るけど……どう?」
黄金がゆらりと揺れる。たいして銀が細まり、一度だけ瞬いた。
「うん、お願い」
「い、いいの? 本当に見ちゃうよ?」
「というかもう、見てたでしょ。あの時」
「それは、そうだけど! 今と状況違うじゃん! それに私が言うのも変だけどさ、普通は嫌がったりとか、そういうのでしょ、これって。なんとなーくだけど、考えていることとか知られちゃうわけだし」
伊織が気にするのは当然だ。一体誰が好んで思考を読まれに行くのか。とは言え、伊織のそれは自身の意思関係なく見えてしまう、というものらしい。であるならば、伊織を責められるような真似は一切できるはずがない。
勝手に授けられた力で、その力はそういうものだった。話はそれ以上でもなければそれ以下でもない。
静はそして、それが伊織で良かったと内心思う。もし自身がそれを持っていたとすれば、自分のエゴの為に何かとあちらこちらと動き回っていただろうから。たいして伊織はそんな動きは全くしていないようで、さらに言えば周囲の様子から見るに、不用意に見たものをそのまま口には出していないようだった。
沈黙は金。まさしく伊織の色だ。
だからこそ静は問う。
「何か、悪い事でもするの?」
「しない! 信頼があついよぅ、嬉しいけどぉ……!」
間髪入れずに答えた伊織はむすぅ、と頬を膨らませた。
気を利かして、リーリア達が温かな紅茶を入れ直してくれた。薄らとたつ白い湯気を横目に、静は目の前の黄金を見据えた。
「ぐちゃぐちゃしていた時だったんだけど」
「自分のことだけど……そんなにぐちゃぐちゃだったの?」
「うん。黒い奴がぐわあって大きくなったり、ちっちゃくなったりしてた。それでね、なんか、人の形になるときもあったりとか、後はこれぐらいの箱だったりとか」
「うん」
身振り手振りで伊織が見たものを伝える。両手をわっと上に伸ばしていたかと思えば、胸の前で小さな箱を示すように四角いものをあらわすのにきゅっと小さくなる。
一先ず伊織が見たものを聞いて、そこから探ることになったわけだが、今のを聞いても静は正直さっぱり分からないままだった。
もちろん伊織はその様子をばっちりと見て分かっている為、慌てて続けた。
「あ、えっと。それでね、部屋の外に出ようとした時だったかな。黒い奴がでっかくなって、静を囲んでて」
「何それ怖い」
「あ、嘘。怖くないでしょ」
「よく分かったねぇ」
「幽霊とか怖くないの?」
「どうだろ? 見たことないし。けど物理でどうこうできないのはなぁ」
「あ……、うん」
伊織は何か言葉を飲み込んだような素振りを見せたが、すぐさま続けた。
「その時なんだけど。手、なのかな。それが静を掴もうとしてた……静?」
「……あ、うん。手、手……かぁ」
静はうんうん、呻りつつ自身の手を見て、握ったり開いたりを繰り返す。
幼い頃から知っていた手は大きく、温かく、そこには愛があった。同じくらいの大きさの手は、静同様にやんちゃばかりの手で、温かいものだった。奈緒達が優しく触れてくれるその手もまた、温かく、安心を覚えるには十分だった。
あの手を、静は今の今まで存在すら知らなかった。
あのような手があるのだと。冷たく、痛みしかない手が、こんなにも恐ろしいのだと、静は初めて思い知らされた。
と、ふと、静は無意識にうつむいていた顔をあげ、ルイスを見やった。
「……何か?」
「……うーん……、いや。けど、えー……?」
「何か分かったの?」
一人で押し問答をしているように、言葉にはなっていない声を漏らし始めた静に、奈緒が問う。
静は自信無さげに眉を潜めながら、目の前のソファに集まって乗せられている小狼に視線を移した。
「いや、その……ねぇ、ネーヴェ」
きゃうん?
「分かってた?」
きゃん。
「……ああ、うん。はい。後でモフります」
わふ?
「とぼけても駄目だからね? あー……その、ヴィンセント。ちょっと手、貸して」
「片手でいいのか?」
「うん」
小狼が、これには理由があって、と言わんばかりにきゅんきゅんと鳴いているが無視だ。
静に言われた通り、ヴィンセントが片手を伸ばしてくれた。静は小さく一つ意気込み、よし、と自身の手も伸ばしてそのまま見ようによっては握手が交わされる、ようにも見えた。
握手はなされなかった。静が途中で動きを止めてしまったから。小さな手は不格好にも空中で止まり、指先が震えていた。静はすとんと手を下ろし、伸ばさなかった方の手で、震える手をさする。
役目を終えたヴィンセントも伸ばしていた手を下ろし、静の手を見て、ああ、と声をこぼす。
「男が駄目か」
「……そうみたい。とくに、手、かなぁ。こうして話せることが出来るのは良かったと思うけど」
「だが、ルイスも男だぞ?」
「そう。そこが不思議というか。だから気付けなかったと言うか」
ルイス相手であれば、とくに問題はない。手を差し伸べられれば、勿論その時の状況によるがその手を重ねることが出来る。加えてあの監禁されていた時なんか、一度だけだったが途中で緩んだ髪をルイスが結び直してくれたりもした。
何故、ルイスは平気なのだろう。そう静は思い返し、たぶんこれか、とあたりをつけた。
それはあの日、これの元凶となってしまった時。恐怖に溺れかけていた静を誰よりも先に、誰よりも最初に助けてくれた。
深い森の色を持つ彼が、ルイスが、静をこれ以上なく心を穏やかにし、恐怖を溶かしてくれた。だから、そういうことだ。
「刷り込みか」
「お前、さすがにそれはない」
卵から生まれたばかりの鳥は、最初に見たものを親だと認識する。それと同様に、最初に助けてくれた相手がルイスだった。だから安全だと、この心は勝手に判断しているに過ぎない、と静は考えたがどうも違うらしい。
再度呆れの視線が集まっているのを感じ、静は慌てて口を開いた。
「でもほら、おかげでルイスが平気だったのは唯一の救いみたいなものだろうしさ。ほら、おかげでこうして部屋の外出れたし! だいぶ騒がせちゃったけども!」
ヴィンセントが答える代わりにそれは大きく重たい深いため息に似た息を吐き出した。周囲も似た反応をしているし、一部の視線がルイスに向けられているが、当の本人は片手で顔を覆っている為、静からはどんな顔をしているのか全く見えなかった。
「まぁ、良い。おかげで原因は分かったし、余計にルイスが護衛の方が都合が良いのは分かったからな」
「そうなの?」
「そちらはどうだったか知らんが、我が国では男が女をエスコートするのが基本だ。どうなるか分かるな?」
「……それって聖女だから、その、パスとか」
「夜会の時はどうするんだ、お前」
夜会なんてものがあるのか。遠い国の話か、物語上での話かと思っていた。
静の銀の瞳はずいぶんと遠い目をしてしまった。
「部屋に閉じこもろうかな、その時は」
「静のお部屋でお茶でもしましょ」
「さんせーい!」
「それ良いわね」
奈緒がすぐさまに反応し、伊織がばっと片手を上げ、真咲がにんまりと笑みを浮かべた。どうやら三人共、それに対しては興味がないようだった。
その日が来たら皆で楽しくお茶会をして、夜会をブッチだ。きっと怒られるし、出来ないことだろうが、言うだけは今だけでも勘弁して聞き流してほしいところだ。
そうだ、と静はルイスを見上げる。ちょうどルイスは姿勢を正したところで、すぐに静の視線に気づいてくれた。
「……どうしましたか」
「え、あ、これからよろしく。ルイス」
何故か顔をしかめられ、無言のまま視線をそらされた。
ちょっとばかり寂しかったのは些細な事なので胸の内の隅っこに片付けた。
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