03

 気が付いたとき、静はまた知らない場所にいた。

 しかし今回は森の中ではなく、中世か、近代か、そのあたりの時代を感じさせるような部屋の中にいた。

 天蓋付きの大きなキングサイズほどのベッドは体が沈むほどに柔らかく、静はそれにしばらく堪能していると、ふと自分が着ているものに気付いた。

 見ればこれまた大変肌触りがよく、おそらくはシルクの白いネグリジェだった。なんて高そうな、と思った数瞬。静はばっと服の下を見れば、下着はどうやらそのままにされていたを確認し、安堵の息をついた。

 この状況、場所、服等々色々とあるが静はこれ以上深く考えるのをやめ周囲を見渡し、銀色の毛玉を見つけた。静が眠っていた枕のすぐ横に、銀の小狼がくぅくぅと寝息をたてて丸くなって眠っているのを見かけ、ふっと身体の力が抜けた。

「……良かった」

 銀の子狼の姿が見当たらなかったら、静は焦りに焦り、部屋中をひっくり返しながら探し回っていたに違いない。

 改めて静は寝ている子狼を起こさないようにゆっくりと這い出るように天蓋付きのベッドから降りて、毛足の長い絨毯に足をおろした。

「……うわぁ」

 思わず、感嘆の言葉が出た。

 ふかふかな絨毯の感触もそうだが、改めて見渡す部屋に目を奪われた。

 大きな窓がはめられた壁は、柔らかな日差しがいっぱいに入り込み、室内を明るく照らしていた。床は石かタイルか、つやつやとした白い表面の床に大きな青い絨毯が敷かれている。そして置いてある調度品は二人掛けのソファー、少し低めの重厚感のあるテーブル、一人がけのソファーが二つ向かい合うように並べられていた。壁には何かの絵画が飾られ、クローゼットだろうか、それらがいくつも並び、さらに大きな姿身までそろっていた。上を見上げれば草木や花々の天井画が描かれていた。

 なんて豪華絢爛な部屋なのか、茫然と見ているとかちゃり、かちゃりという音が二つ連続で聞こえた。

 音が聞こえた方へと見れば、とても重そうな分厚い扉がちょうど開くところだった。そこから深い紺のワンピースに白いエプロンを身に着けた金の髪の女性が入ってくる。手には掃除道具であろう、箒や布巾を持っていた。なるほど、これから掃除をするのか、とつい静は女性の姿を凝視していると、視線に気づいたのか女性がぱっと顔を静へと向けた。

 目線が合い、沈黙が流れた。が、その数条後、女性はワンピースのすそを大きく翻して、部屋の外へと出て行った。

 きっちり重たい扉を再度閉めて。

「え、えぇ……」

 呼び止める隙も無く、静はそこで一人、取り残された。


 女性が消えてしまったのは、どうやら主と呼ばれる男を呼びに行った為のようだった。

 今、静は部屋に用意されていた二人掛けのソファーに座っていた。服はさすがにあのネグリジェのままではよろしくないようで、問答無用ですぐに着替えられた。一見してみるとシンプルながら、よくよく見れば細かな刺繍が施されたこれまた高そうな若草色のワンピースだ。髪も簡単に整えられたが、普段自分で手入れするよりも妙につやつやとしていて、いかに自分が適当にやっていたか十分に物語っていた。

 さて、そんな静の目の前には女性が主様と呼んだ白髪交じりの金の髪を後ろに撫でつけ、年相応の顔に皺ががある中々にして美形の部類の男だった。一見簡素に見える服装だが、現代風の服装とはやはり異なり、型の古いスーツのようなものにどちらかと言えば近く、灰の布地には細かな刺繍が施されていた。手にはつるりとした表面の杖を持ち、手を添える部分には何やら綺麗な石がはめてあった。

「お加減はいかがでしょうか、聖女様」

 静は一瞬理解が遅れた。せいじょ、聖女。え、誰。

 男の視線は真っすぐに静を見ており、それが誰を指しているのかは徐々に理解していったが何故に聖女なのか。ベッドの上にいるユフィアータが静を窺うようにして大人しく見ているが視界に入る。何故だろうか、まだ時間もそう経っていないと言うのに気まずさだけが伝わってくるのは。

 黙ったままの静に男は困ったように柳眉を曲げた。

「ああ、どうぞ怖がらないでください。私は、貴方に危害を加えるつもりは毛頭ございません。偶然、私が近くで狩りをしていたところ、扉の脇で控えているあの者が貴方様を見つけ、賊から助けたのです」

 男の視線を辿り見れば、そこにはあの褐色の肌の青年が立っていた。

 後でお礼を言わなければならない、と静は心を決めつつ再度男を見据え、僅かに眉を歪めた。

 怖がらせない、危害を加えない、と言いながらも男はなぜか屈強な二人の男を側に控えさせていた。双方共に腰にはしっかりと剣を携えており、視線は妙に鋭いものだった。

「……そう、ですか」

「ええ。しかし、聖女様。何故、あのような場所にいらっしゃったのですか? しかもお一人で。とてもじゃないですが、大変危険かと」

「……何故、話す必要が?」

 落ちました、なんて素直に話しても仕方がなかった。

 確かに助けてもらっている身とすれば、いつの間にかあそこにいましたと同情を誘うように言うのが良いのだろう。だが、男は静を観察するかのように温度が感じられない視線を全身に向けてきており、出方を窺っているようにさえ見えた。

 ああ、嫌な感じだ。

 静は湧き上がる不信感を目の前にいる男達に抱き、多くを語らないことに決めた。

 更に気になる事と言えば、静を聖女と呼んだことだ。一体何故、そう呼んだのか。一人森の中にいたのだ、明らかに不審者等々思われるならまだしも、そう呼ばれることにさらに不信感を抱かせる要因の一つとなっていた。しかし何故、聖女と呼ぶのかと男にわざわざ聞く気になれないため、後でユフィアータに聞くことにしようと静は決めた。

「そうですか……。いえ、確かに警戒なさるのも分かりますが、先ほどにもお伝えした通り危害なんて加えるつもりはございません。ああ、そうだ。折角ですから、落ち着かれるまでここでお過ごしください」

「いえ、そうつもりは」

 今まさに思いついたと言わんばかりのわざとらしい言い方に、静はすぐに断ろうと口を開いた。

 早く、あの時に共にこの国に落ちたであろう三人に会いに行きたかった。静がこうして一人落ちてしまったという事は、他の三人もおそらく同様に一人で落ちたという事だ。愛娘達が側にいるのであれば、ユフィアータが居場所を把握しているかもしれない。

 だからこそ、ここで悠長にしていられるほど暇はない。

 ふと、耳にカチャリという音が聞こえた。どこからの音かと少しばかり周囲に目を移すと、控えていた片方の男の手が剣の柄に添えられていたのを見つけてしまった。

 静は瞬時に理解し、息をつめた。

「聖女様、外は危険でございます。また、あのようなことに巻き込まれてしまうかもしれません」

 男は重ねて静に言う。

「あの賊のように手荒な真似は嫌でしょう?」

 完全な脅しだった。

 ああ、なるほど。最初から、それが目的だったのか。

 内心舌打ちをする静は、いつの間にか震えていた両手を誤魔化すように強く握りしめた。


 ようやく一人となり静は柔らかなベッドに飛び込んだ。

 誰が助けてくれた相手に監禁されると思おうか。

 日本の生ぬるい安全に使っていたせいだろうか、そのせいだろうか。

「どうしてこうなった……!」

『私のせいだな』

 ベッドで待っていたユフィアータの冷静に自己分析に、静は抱き寄せふわふわの毛並みに顔を寄せた。

 大変ふわふわでもふもふで、しばらくくしゃみが止まらなかった。


 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 地球の歴史になぞらえて考えれば、この世界の衣服は中世あたりかその付近に近いようだった。とくに衣類がそれに近いのかもしれない。用意されているふわふわで豪華で色とりどりのドレスはまさしくその時代のものと相違がないように見えた。まるで物語の、それこそファンタジーの物語に出てくる大変美しいドレスだ。

 見るだけであるならば、これほど眼福なことはないだろう。だがしかし、それを自分の身にまとうということになれば話は別だ。

 静は最初、それらを見た時に少し気が遠くなりかけた。今更それを着たいと思える歳はもう過ぎ去ったのだ。お願いだから男装をさせてくれと頼み込み、本日も黒いシンプルなズボンにワイシャツ、黒色のベストという完全、こちらの世界の男の服を静は身にまとう。

 鏡の前に座り、自分でさっさと髪を櫛で整えた後は侍女にお願いして髪を襟足のあたりで一つに結んでもらう。というのも、こちらの髪紐が大変使いにくく、すぐほどけてしまい一人では結えなかったという悲しい実情があった。

 そもそもなぜこの髪紐で結い上げられるのかが不思議でたまらないほどだ。ちょっとでも緩めばすぐにすっぽりと抜け落ちてしまい、だからと言って固く結ぼうとしても途中から緩んで結局結えなかった。

「ありがとうございます」

「いえ」

 言葉少なく侍女が返答をしたのを鏡ごしに見る。そうして出来上がった自分の姿は、まるで頑張って男装しました感が否めない姿だった。

 黒い髪にあわせて黒い服、白いワイシャツ。ドレスよりはまだ見慣れた姿であったが、その中で唯一見慣れない箇所があるとすれば黒い瞳だったはずのそれが、銀に輝いていたことだろう。

 銀の瞳はユフィアータと同じ色だ。他の愛娘達の瞳の色も綺麗であったが、この銀という色は一等美しいもんだと思ってしまう。

 何故、こうなってしまったのかまでは不明であるが、おそらくはユフィアータの依り代、または力を与えられた結果、瞳の色が染まったのではないかという結論になった。

 見慣れないものが自身にあってか落ち着かないが、けれどもこんな綺麗なものを持っていると知ると、少しばかりこんな状況だと言うのに気持ちが明るくなってしまう。

「ご用意が出来ました」

 侍女が言葉短く良い、静はそれに促され朝食が用意された席へと座る。

 いつもながら用意されている食事を見て静ほまたか、と内心ため息をついた。

 スープ、メイン、付け合わせのパン、果物。昼も同じで、夜は前菜が一品増える。もちろん小狼用のご飯も完璧だ。もう何が何だか、たいそう大事に致せりつくせりの監禁に静はもうここにいようかな、なんて考えてしまうほどに優遇されていた。

 たいへん美味しい食事だ。だが実の所もう少し質素なものが食べたい欲求が少なからずあった。それとなく伝えてはみたのだか、何一つ変わらなかったので早々に静は諦めた。

「ネーヴェ、ごはんだよ」

 膝の上にいる銀の子狼、ユフィアータ改めネーヴァは器用に後ろ足で首辺りをかいているが、転がらないようにしっかりと静に寄り掛かっている。

 名前を変えたのは彼女が愛娘であるとばれてしまわないようにだ。確実に余計な混乱は生まれるだろうし、何よりもこの状況下で知られてしまえば監禁どころの話ではなくなる可能性だってあった。

 静は少し悩んだが、ネーヴェ、と名付けた。どこかの外国の言葉で雪という意味だ。どこもかしこも白銀に輝いていて、まるで雪の精に思えたからだ。その意味を彼女に伝えると、すぐに納得したように大きく尾を揺らし、その名を呼ぶようにせがまれたのが監禁された日の夜の出来事。

 そして本日、三日目の朝を迎えた。


「……美味しかった」

「紅茶のおかわりはいかがでしょうか、静様」

「お願いします」

 あっという間に用意された全ての食事を平らげ、食後の紅茶を控えていた侍従の人間が紅茶をカップに注ぐ。

 彼の名を静は知らない。この部屋には、あの人当たりが良さそうな笑顔の仮面をかぶった屋敷の主である男と屈強そうな二人の男達、こうして紅茶を注ぐ侍従、そして扉の脇で控えている侍女しか出入りがない。厳密に言えば、あの男と、屈強そうな二人の男達は最初に顔を見せただけで昨日、今日と顔を見ていないから実質二人だ。

 侍従はあの時、助けてくれた少年の面影を残す褐色の肌の青年だった。羨ましいほど艶のある黒髪をしっかりと後ろに流して整えており、知性を窺える深緑の瞳はほとんど静と視線が合わない。だがよく人を見ているのか、食事の時は絶妙なタイミングで紅茶を入れたりと給仕をしてくれる。本当に致せりつくせりだ。さらに言うと顔が大変整っており、見ていて全く飽きない。美人は三日で飽きると言うが、おそらく嘘だ。全くもって見飽きることはない。

 初日、彼が静の侍従となった日に助けてもらった礼はしたのだが、大した反応はされず、無表情で当然ですという返答されただけだった。

 そしてもう一人。今は扉の所で待機している髪を結ってくれていた侍女は、日本人である静からすればずいぶんと背の高い印象があった。きっちりとシニヨンにしてまとめている髪型をしているが、きっと解いたら美しいのだろうと思う金の髪に、垂れ目がちの紫色の瞳が何とも色香がただよい、しばらく遠目から本当に眺めてしまっていた。ちなみに身体付きも出ている所はしっかりと出ており、大変羨ましかったのは仕方がないと静は思う。

 静はまだ二人の名は聞いていない。そもそも会話なんて最低限である。あの男にでも何か言われているのかもしれないと思いつつ、静自身好んで会話しようとする方ではないのでとても楽に過ごせていた。

 ただ二人が静のことを「静様」と呼ぶのだけはどうしたって未だに慣れず、座りはどうも悪いままだ。

 それ以外の呼び方でとお願いしたが、強い意志でもってして却下された。けれども最初の聖女様と呼ばれるよりは断然良いはずである。聖女様と呼ばれた瞬間、首の裏当たりがぞわぞわとして自分でも分かるほどに顔をしかめてしまい、名を呼んでもらうことで落ち着いたのだ。

 名前を聞いていないのは、正直そこまで興味を向けていないというのもある。そしてさらに言えば、信用をしていないという点にある。

 こうも親切に接してくれるが、それでもこの屋敷の人間であることに変わりはない。

 武器は無いように見えるが、本当にそれで安心して良いのかさえ分からなくなる。

 だから今は必要最低限に接するにとどめ、何かしらの機を静はひたすらに待つことにしていた。

 二杯目の紅茶を楽しんでいる横で、食べ終えた食器を片付ける青年の様子を見る。しかし良い顔である。いつも眉間に皺を寄せているが、ニコリと笑えばそれなりに可愛らしいのではないだろうか。

 なんてのほほんと考えていると、深緑の瞳が静に向けられた。

「……何か?」

「その、……いつもありがとうございます」

 なんとなく礼をのべると、彼はさらに不機嫌そうな顔をして、すっと深緑の瞳が逸らされた。

 なかなかの美形の不機嫌そうな顔というのは、少々迫力があり、怖いなと思っても仕方がないことだ。

 飲み終えたカップをテーブルに置き、片付けられるのを見て静は立ち上がった。

「ごちそうさまでした」

 立ち上がると同時、膝に乗っていたネーヴェがコロコロと転がってしまいそうになっていたが、忘れずに転がり落ちる前に抱きかかえる。

 だが、ちょっと転がってしまった為少し不機嫌そうにネーヴェは鼻を鳴らしていた。


 -*-*-*-*-*-*-*-*-*-


 監禁されたと分かった時、しばらく気が動転してしまったが、それでも落ち着いていられたのはネーヴェがいたからだろう。

 静がいる部屋は閉じ込めるのに完璧だった。

 扉は簡単に破られないように重く分厚く、外からしか鍵をかけられない鍵が上下に二か所それぞれついている。大きな窓は開けられるにしても人が通れない幅までしか開けれず、せいぜい空気の入れ替えぐらいしか出来ない。トイレはもちろん浴室も完備しており、感動したのはトイレが水洗式だったことだ。そして風呂にはなんと、蛇口をひねればすぐに熱いお湯が出ると言う素晴らしいものだった。

 正直、屋敷や部屋の様子を見る限り、おそらくは水廻りといった衛生関連も中世のような感じなのだろうと勝手に思っていた。だが実際、その技術がしっかりとあると分かれば、これほど良い部屋はないだろう。せいぜい不満があるとすれば、やはりこの部屋から出られないということぐらいだ。

 出窓になっている所に無駄に多いクッションを置いて座り、外を眺める。掃除の為や食事の準備の為に人が出入りする為、ベッドの上でぐうたらとしているわけにもいかない上、ソファーなんて慣れないところにいたら完全に横になって寝る。だから過ごすときはこの場所になっていた。

「暇だなぁ」

『私にもっと力があれば、簡単に抜け出せるんだがな』

 愛娘達の力はそれぞれ異なると聞いた。

 一の娘、リディアータは、真実を見通す目。

 二の娘、メルヴェアータは、治癒。

 三の娘、ラウディアータは、人の心を震わせる言葉。

 そして四の娘、ユフィアータは剣と盾という戦う力だった。

 死した魂の眠りを守る存在として位置づけられた彼女は愛娘達の中で唯一、戦う力を持っていた。なるほどだから、あのような少年に近い髪型をして、まるで騎士のような口調なのかと静は内心納得した。

 同時に、静はそれならば本当にユフィアータが自分を選んでくれて良かったと思っていた。恐らく、他の力よりもこの力が一番自分に合っていると確信したからだ。

「ネーヴェの力だったら、このぐらいの高さから降りても平気?」

『問題ない。だが、結界もあれば、何か別の物もあるな……小賢しいことだ』

「魔術ってすごいねぇ」

 本当に魔術というのは何でも出来るもんだと感心してしまう。部屋の中を明るくしている光も魔術によるもので、とても環境に素晴らしいものだった。それでもこうも文化的なものが発展していないのかというギャップはあったが、逆にこれでバランスをとっているのではないかと思ってしまう。

 外がどんな世界になっているのかすら分からない。分かるのはネーヴェから聞く世界、窓から見える世界、この部屋の世界だけだ。

 ネーヴェの心地の良い毛に顔をうずめ、その柔らかさを堪能する。本当は気兼ねなく言葉を交わしたいが、やはりあの侍従と侍女がいる前で話すというのは到底出来ることではない。

 さて、どうするべきか。

 静の元から持っていた荷物や衣服はまとめて部屋の隅に置いてある。だから逃げ出そうとすればいくらでも出来るが、問題は無事に屋敷の外まで逃げられるか、だ。

 この窓硝子一枚程度であれば簡単に割れるだろう。この部屋は三階にあるわけだが、ネーヴェの言葉通りであれば降りても問題はないはずだ。とは言っても窓から外の様子を見ていれば、何やら物騒なものを提げている男達の姿が必ず視界に入りこみ、やはりそう簡単に脱出は出来ないことを静は悟った。

 逃げ出せるだろうか。

 そこまで考えて、ずいぶんと積極的に動こうとしていることに気づき、人知れずに笑みをこぼした。

 事なかれ主義。面倒事は避ける。長いものに巻かれて、名の通り静かに過ごすことを良しとしてきた。ただ、そうなる前は少々やんちゃが過ぎる学生時代を送ってきたが、それはそれ。おかげで今があるのだから何も問題ない。

 あの謎の空間でしか話したことのなかった三人の顔を思い出す。今はどうしているだろうか。安全な所にいるのだろうか。もう三日だ。いい加減に自分から動かなければ、何一つだって変わらないだろう。

『……なぁ、静』

「ん、何?」

『いつまでそうしているんだ?』

「もうちょっと」

 ネーヴェの小さな体に顔をうずめたまま、静はひたすらに思考を回す。

 回しても回しても、結局何一つ思いつくことはないままに。

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