第二十五話 照魔鏡
折笠は視線に気付いて外様の妖怪たちを見る。
雷獣の配下だった妖怪たちが心配そうに喜作率いる天和の対い蝶と雷獣の戦いを見て、折笠に助けを求めてちらちらと視線を送ってきていた。
雷獣は調伏されているだけで、術を解けば今まで通りに暮らすことができる。神性を得たことで殺すしかないと思われていたが、喜作たちの参入で余裕が生まれ、もしかしたらという期待が芽生えたのだろう。
気持ちは分かる。
折笠は大煙管を手元に呼び、煙管を拡声器代わりにして喜作へ声をかけた。
「喜作! その雷獣は調伏されているだけだ。無力化に止めて、殺さないでほしい。こっちには陰陽術具から生じた塵塚怪王がいる。時間をかければ調伏を解けるはずだ!」
何を甘ったれたことを最初は怪訝そうな顔をしていた天和の対い蝶の郎党だったが、塵塚怪王の存在を明かされると驚愕の表情で折笠を振り返った。
喜作が笑い出す。
「とんでもない掘り出し物を従えてるじゃねぇか! 分かった。雷獣は殺さねぇ。配下だった奴がいるならこっちに参戦しろ。お前らの頭を他人任せにするんじゃねぇ!」
雷獣の配下が一斉に喜作たちに参戦する。
雷獣がやり難そうな顔をしているが、どこか嬉しそうでもある。調伏されて命令には逆らえないが、喜作たちを倒せるとは到底思えないからだろう。
いくら全力を出しても封殺する喜作たちに加えて、守っていた配下までも自分を下漬の手から取り戻すために全身全霊をかけてくれている。それが嬉しいらしい。
あちらは大丈夫だと、折笠は蝶姫を見る。
「まぁ、そうなるよな……」
予想はしていたが、実際に見るとちょっと怖いくらいに、蝶姫が率いる戦国の対い蝶の郎党は鍛冶ガかかあを圧倒していた。
五行家の金羽矢家が所有し、長年使役してきた鍛冶ガかかあ。調伏された妖怪でもあり、その戦闘経験は現代の妖怪、半妖とは隔絶している。
群れをなし、さらには群れを大きくできる神業までも持った今の鍛冶ガかかあは強い。噛みついた相手を群れの狼に加える能力はこの決戦で戦況を左右する能力だ。
だが、戦国勢の持つ戦闘経験とは比較にならない。日夜命のやり取りを行い、結束を強めた初代対い蝶の郎党は単純に個々の戦力が頭抜けている。
上意下達の鍛冶ガかかあの群れに対し、己が経験と能力を用いて現場単位で即時対応する初代対い蝶の郎党は強力な軍だ。
野次馬を取り込んだ鍛冶ガかかあの群れはすでに包囲され、目くらましの迷い蝶が乱舞する中で確実に戦力を削られている。
鍛冶ガかかあが吼え、直属の巨狼を中心とした円陣を組んで守りを固めるその寸前に蝶姫が空を指さす。
モンキチョウとモンシロチョウがそれぞれ群れをなし、黄色と白色の帯となって空に螺旋を描いている。
初代対い蝶の郎党、頭である蝶姫の指揮方法だ。
声を発することもなく初代対い蝶の郎党は鍛冶ガかかあの円陣から距離を取る。
折笠は反射的に初代対い蝶の郎党の面々の頭上に唐傘を作り出した。
頭上に出現した唐傘の柄を一瞥もせずに左手で掴んだ蝶姫が笑う。
「落として、天狗礫」
遥か高空から無数の石が降り注いだ。鍛冶ガかかあの群れだけでなく、距離を取った初代対い蝶の郎党の頭上にまで大量の石が降り注ぐ。
折笠の傘を差せる初代対い蝶の郎党に被害は一切ない。だが、鍛冶ガかかあの群れはその多くが高速で落下してきた石で骨を砕かれ、あるいは即死している。
「みんなで圧し潰しちゃえ。ただし、全力。彼女の最後の戦いをあの世で誇れるようにしてやろうよ」
蝶姫の命令を受け、折笠の傘に全幅の信頼を置いて鍛冶ガかかあの群れへと突撃する初代対い蝶の郎党。
勝敗は決した。鍛冶ガかかあは絶望的な状況下、完全に包囲されて逃げることもままならず、蝶姫たちを称賛するように遠吠えする。
金羽矢家に調伏され長年使役されていた彼女はようやく自由になれる確証を得た。自由をもたらしてくれた蝶姫たちに、全力で戦い抜いて終える最期をくれたことに、感謝の遠吠えと同時に、配下に命令を下している。
折笠は大蛟を共に倒した無説坊や墨衛門たちと共に下漬へ狙いを定める。
流石に即座に身体が治る軍勢を相手にするのは厳しいのか、黒蝶たちは苦戦している。
意外なことに、金羽矢家の陰陽師たちが下漬に加勢して陰陽術を連発していた。
下漬が負ければ折笠達や現陰陽師会のトップである土御門麟央たちに粛清される。金羽矢家の陰陽師にはもう選択肢がないのだ。
背水の陣を敷くことになった金羽矢家の陰陽師は死に物狂いで黒蝶たちを押しとどめている。調伏されていないことも幸いし、下漬の神業で怪我を直されても副作用である意識の混濁もない。
無説坊が金羽矢家の陰陽師たちを見て眉を落とす。
「退くも地獄、進むも地獄と知っての破れかぶれか。憐れな」
「黄泉から迷い込んできたばかりの無説坊は知らないから無理もないけど、憐れむ必要はないよ。日本陰陽師会を裏切ってまで金羽矢家についてるんだから自業自得だ。裏切者に情けは掛けないでいい」
「なんだ、そんな経緯か。なら知らん。……おい墨衛門、あそこの女術師が布でコソコソ運んでいるのは照魔鏡ではないか?」
「ん? 月ノ輪童子! 女陰陽師だ! あの紫布を被せているのが照魔鏡だ! あれを潰してくれい!」
女陰陽師を指さしている墨衛門と無説坊を見て、折笠は大煙管と顔を見合わせた後、若い狸妖怪たちに演奏を一度止めるよう指示を出した。
ようやく声が届いた月ノ輪童子が満面の笑みで女陰陽師に狙いを定める。
立ち塞がろうとした陰陽師たちが鬼たちに吹き飛ばされ、月ノ輪童子が女陰陽師へ駆け抜ける。
「味方を憂い庇護する唐傘の大将と、自己の悪名を広げるため味方を見殺しにする貴様らの頭は格が違うんじゃ。つくべき将を誤ったな?」
駆け抜けながら金羽矢家の陰陽師の一番の間違いを指摘した月ノ輪童子は、照魔鏡ごと女陰陽師を斬り伏せた。
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