第二十三話 戦国、天和、令和

 無説坊の近くに降り立った折笠は即座に神業を展開して前線の守りを固める。鍛冶ガかかあや雷獣の脅威に加え、大蛟の攻撃にさらされる前線はいつ崩壊してもおかしくない危ういバランスで保たれている。

 だが、形勢が傾いたのを戦場の誰もが理解していた。

 神性を得た折笠と黒蝶に匹敵する膨大な妖力を纏う半妖が二人も戦場に加わったからだ。姿を見なくてもどれほど強力な戦力なのか肌感覚で理解できるほど、膨大な妖力。

 風に乗るための唐傘を消した折笠に無説坊が声をかけてきた。


「唐傘の、これはどうなっておる? 我らは大蛟に呑まれて死んだはずだが?」

「話せば長いけど、無説坊に吹き飛ばされて生き残った俺と黒蝶で高天原参りを戦い抜いて、いま最終決戦中。でも、無説坊たちが生き返っているのは意味が分からない」


 おそらくは黒蝶の神業によるものだとは思うが、確証がない。

 なにより、無説坊の後ろから黒蝶とともに歩いてくる半妖の男女が問題だ。


「喜作と蝶姫だよな?」


 前世の夢で見た姿とは少し異なるが、纏う雰囲気や歩き方まで喜作と蝶姫の面影がある。

 黒蝶が折笠のそばに駆け寄ってくる。


「もう分かってると思うけど神性を得たよ。神業は、黄泉から知り合いを現世に迷い込ませる能力。それも、最盛期の状態で」

「……破格だな」


 傘の下にいる者への攻撃をすべて肩代わりする折笠の神業も大概だが、黒蝶の神業も破格の能力だ。

 流石は神業、と言いかけて、折笠は気付く。

 迷い蝶である黒蝶の神業がこれならば、同じ迷い蝶の半妖である蝶姫の能力は――

 並んで歩いてきた喜作と蝶姫が楽しそうに笑う。


「よう、カサ。今度はちゃんと並んでるみたいだな」

「ツキちゃん、私たちの子孫として生まれてきたの?」


 世間話でもするような気楽さで声をかけてくる二人だったが、折笠と黒蝶の肩を軽く叩いて前に出る。


「俺たちだけ再会を楽しむとあいつらにどやされるからな。みんなも呼ぶとしよう」


 喜作の言葉で確信する。

 蝶姫の能力も黒蝶と同じだ。

 だが決定的に違うのは、呼び出される知り合いの数。黄泉にいる知り合いの数が今を生きる黒蝶とすでに死者である蝶姫ではまるで違う。

 喜作と蝶姫が並んで祝詞を唱える。


『――高きたけき壁上に座し見やれば、世は平らかなり』


 喜作が祝詞を唱えると同時に音もなく透明な壁が乱立する。どんな高層ビルでも届かないほど高い壁たちは戦場を迷路に変えた。

 下漬の勢力を分断するその神業、何よりも祝詞が戦場にいる者たちに正体を気付かせる。


「天下泰平……っ!」


 不遜な喜作の祝詞に続いて、蝶姫の柔らかで美しい声が祝詞を紡ぎあげる。


『――高き猛き空を舞え、死に花、大輪に咲き誇れ!』


 悪戯好きの気質が垣間見えるその明るい声に応えるように、アゲハ蝶やオオムラサキといった大柄で派手な蝶が地面から舞いあがる。

 透明な壁の上と下に妖怪と半妖の大軍勢が立ち上がる。

 同時に、所属を示すいくつもの旗が掲げられた。

 左二枚柏巴、荒鬼ノ手形、天尾、五葉、他にも様々な紋が染め抜かれた旗が掲げられる。


 ひと際巨大な旗が二つ、喜作と蝶姫のそばに掲げられ、白地に黒で染め抜かれた対い蝶の紋が高空にたなびいた。


「白菫、いるか!?」


 喜作が呼び掛けると菫色のどてらを着た男が壁の上へと跳躍し、降り立つ。


「ここにおります」

「長いこと苦労を掛けただろう。ありがとうな」

「ふふっ、すでに感謝は手紙にて受け取っております」

「手紙もちゃんと届いたか。それにしても立派になったな、お前。っと、積もる話は戦働きの後にしよう」

「積もりに積もっておりますので、早々に決着を」

「言うようになったなぁ」


 白菫を肘でつついてじゃれた後、喜作が宣言する。


「天和対い蝶の郎党、全員揃ってるな!?」


 大軍を相手に号令をかけ慣れた発声。全幅の信頼を寄せるにふさわしい微動だにしない背筋。

 ぬりかべの半妖、喜作の呼びかけに、壁上の大軍が一斉に歓声を上げる。

 令和に聞く機会などあるはずもない、本物の鬨の声。

 場を圧し、勢いを作り出すその声は明らかに戦慣れした者たちが発している。

 喜作が腕を空へと突き上げる。


「今がいつだか知らねぇが、これだけは言える。てめえら、若いもんに負けんじゃねぇぞ!」


 江戸時代、天和を駆け抜けた彼らからすれば令和を生きる妖怪たちでさえ次世代に当たる。

 喜作の言葉に好戦的に笑いながら旗を掲げた妖怪や半妖の目が下漬勢に向けられる。

 攻撃開始を今か今かと待ち受ける軍勢にニヤリと笑い、喜作が声を響かせる。


「雷獣を地に落とせ!」


 壁上から高空の雷獣へ攻撃が加えられる。


 同時に、蝶姫は壁の下で無数の蝶を纏いながら異質な集団を従えていた。

 折笠にも見覚えがある。彼らは、天和対い蝶の郎党とはまた別の戦慣れした者たち。

 天和の高天原参りよりも過激に苛烈に戦い抜き、悲劇で幕を閉じた――戦国時代の対い蝶の郎党だ。


「二代目、三代目の郎党が戦っている。初代のみんな、腑抜けた姿を見せれば後世の笑いものだよ。各々、奮起しなさい!」


 戦意というにはあまりにも研ぎ澄まされた鋭利な殺意を声に載せ、初代対い蝶の郎党が牙を剥く。

 蝶姫の姿が掻き消え、無数の蝶が鍛冶ガかかあたち狼の群れに殺到する。蝶と足並みをそろえた郎党が容赦なく巨狼を殺しにかかる。

 形勢は完全に傾いた。

 圧倒的な喜作と蝶姫の戦いぶりに変な笑いが出てしまい、折笠は口を手で押さえる。


「流石にこれは予想外だけど、いいところを全部取られるのは癪だな」


 令和の高天原参りは折笠と黒蝶のものだ。たとえ喜作と蝶姫でも、主役を取られるのは許せない。

 折笠は無説坊を見る。


「一回死んだからって臆してないよな?」

「生かされた身で抜かしおる。大蛟に雪辱戦が果たせるのだ。血がおるわ」


 無説坊はそう言って、自慢の鼻も高々に大蛟を睨む。


「そうこなくっちゃな」


 喜作と蝶姫の攻勢で余裕ができたのか、月ノ輪童子や塵塚怪王、大泥渡、サトリといったメンバーが集まってくる。

 墨衛門や白狩もやってきた。

 戦場の主役を喜作や蝶姫、歴代の対い蝶の郎党に持って行かれたのが不満だと、全員の顔に書いてある。

 折笠は黒蝶と顔を見合わせて笑い、仲間たちに呼びかける。


「時代の主役は俺たちだ。戦国だろうが江戸だろうが、不老だろうが関係ない。勝つぞ! 俺たちの名を後世に残せ!」


 令和の対い蝶の郎党が一斉に歓声を挙げる。

 否応なく士気は高まり、この戦争の結果が定まったかに見えたこの時こそ、奴が切り札を切る時だと折笠は理解していた。


『――幾年月を経て運命さだめは変わらじ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る