第六話 守勢
「――だから唐傘は早めに仕留めたかったんだがね!」
愚痴りながらも金羽矢榛春に退く気はないようだった。
なぜ下漬ではなく自分を狙ってきたのか察して、折笠は苦笑する。
半妖が自由になり、守る者が増えるほど折笠の妖力は増大し、手が付けられなくなる。満身創痍の雷獣を調伏したとしても回復まで時間がかかる下漬より優先度が高いのだ。
「内通者呼ばわりしてごめん。でも、正直まだ疑ってる」
「気にしてないよ。敵同士だ。殺し合う以上はなんでもありさ。こんなのとかね!」
金羽矢が名刺のようなものを取り出した。通常の陰陽札よりはるかに硬質なそれを手裏剣のように投げてくる。
いつものように広げた唐傘を盾にしようとした折笠を黒蝶が止める。
「避けて!」
唐傘をその場に残してバリケードにしつつ、折笠は大きく後ろに跳んだ。
先ほどまで折笠が立っていた地面から剣山のように針が飛び出す。赤熱するその針の群れは空気に触れると同時に発火し、その場に残してあった唐傘を灰に変えた。
発火した剣山の間から火が燃え移った名刺が飛び出してくる。直後、名刺が変化して鉄製の手斧になった。
火を纏う手斧の群れの威圧感に、折笠は頬を引きつらせる。
「怖っ」
「火の向こうから次が来るよ」
黒蝶が言う通り、燃える剣山の向こうにいる金羽矢が何か詠唱をしている。
唐傘の先で燃える手斧を叩き落とす。燃え移った火が一瞬で手元まで上がってくるが、折笠は唐傘を消して次を作り出した。
作り出したその唐傘を金羽矢に投げつける。直後、金羽矢との間に再び剣山が出現して唐傘を下から貫いた。
「対処が早いな。迷わせられない?」
「ダメだね。迷いがないし、頻繁に瞼を閉じてる。迷い蝶対策は完璧ってところかな」
「なら、目を開けるしかない状況に持ち込むか」
距離を詰めて接近戦に持ち込もうとした折笠だったが、すぐに気配に気づいて後退する。
金羽矢の周囲に剣山が飛び出す罠が大量に仕掛けられている。黒蝶が飛ばした迷い蝶すら一定範囲に近付いた瞬間に貫かれていた。折笠の唐傘を迎撃したのと同じ術だろう。
元々金気の術と木気の唐傘では相克で負ける。
妖力を増している今でも拮抗するどころか攻めあぐね、防戦一方。防御用の唐傘も一撃で破壊されている。
ジリ貧だ。
「折笠君、撤退を意識して」
「……分かってる」
雷獣の保護が出来ていないが、おそらく間に合わない。金羽矢榛春の相手だけでも手一杯のなか、自由になった金羽矢家の他の陰陽師と霞流も折笠に狙いを定めつつある。月ノ輪童子と大煙管が連携して相手してくれているが、やはり押され気味だ。
背後から塵塚怪王の声がした。
「主様、すべての半妖を無力化いたしました」
「無力化?」
自由にしたのならわかるが無力化となると意味合いが変わる。振り返りたい気持ちを抑えて、折笠は巨大唐傘で金羽矢の攻撃を払いのけた。
肩に留まった黒蝶が後ろを確認してくれる。
「面霊気の能力で戦意を奪ってる。代わりに泣いちゃってるけど」
能力で哀哭でもさせたのだろう。半妖とはいえ子供たちには中々きつい心境だろうが、殺し合いになるよりましと割り切るしかない。
なにより、無力化できると分かったのが大きい。いちいち調伏の解除を行う必要がなくなり、時間が大幅に短縮できる。
「流石はちりちゃん、順番を分かってる!」
「お褒めにあずかり光栄です。イジコの少年、面霊気の少女と共に半妖をこの状態のまま護送します。ご武運を」
「殿軍は任せてくれ」
この場での役割をよく理解している塵塚怪王の提案に乗って、半妖たちを任せる。塵塚怪王なら周囲の妖怪の気配を探って墨衛門たちと合流もできるだろう。
ただ、多勢に無勢の中でさらに人員が減ったのは大きい。
自然と月ノ輪童子、大煙管の二名と合流し、折笠は体勢を立て直しつつある金羽矢家の陰陽師を見る。
金羽矢家は二手に分かれている。霞流率いる下漬攻略組と当主の榛春率いる折笠攻略組だ。
霞流が使役するオンボノヤスによる濃霧がないなら、黒蝶の出番。展開した迷い蝶が榛春たちに殺到するが、効果は見られなかった。
月ノ輪童子が感心したように口笛を吹いた。
「味方に幻術をかけておるな。目が据わっておらん」
「強引だなぁ。効果的だけど」
黒蝶がぼやいて、変化を解いた。
隣に両足で立った黒蝶が折笠の背中を叩く。
「私が肩に乗っているとやりにくい状況でしょ?」
「ごめんな。本体が俺の肩に乗っているって向こうも気付いているっぽい」
守る側としての感覚、勝負勘と言ってもいいものが警鐘を鳴らしていた。金羽矢たちは明らかに折笠の肩を狙っている。
唐傘での防御を容易く突破される以上、黒蝶を肩に乗せてのこれ以上の戦闘は難しい。
金羽矢が笑みを浮かべながら地面を右足で強く踏みつける。すると、地面から緋色の刀身が美しい長巻が生えてくる。
「こいつを出せるほど戦いが長引くとは思わなかった。褒めてやろう。古い妖怪でもこいつに斬られたのは片手で数えられる程度だからね」
「自信満々に出してくるなぁ」
折笠は黒蝶を背中で隠すように一歩斜め前に出る。
金羽矢の狙いは折笠だけなのか、獲物を見つけた肉食獣のように鋭い視線を注ぐ。
「余裕なんかないだろ。軽口を叩くもんじゃないよ。守るべき半妖が離脱して、肩の迷い蝶も外れた。目に見えて妖力が減った唐傘に勝ち筋はない」
「あ、そこを勘違いしてんのか」
折笠の言葉に金羽矢が怪訝な顔をする。
対して、折笠は手元の唐傘を空に放り投げた。
「守らないってことは、攻めていいってことだよ」
空に、地面に、唐傘が無数に出現する。色とりどりのそれは万華鏡のように戦場を彩り――金羽矢が目を離していなかったはずの折笠の姿は掻き消えた。
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