第三話  お邪魔虫

「……かすりもしないとはねぇ。忌々しいったらないよ」


 吐き捨てるように女陰陽師がそう言って、右腕を上げた。猟銃を構えた男たちが一斉に銃口を空に向ける。


「もう撃つな。この時期だから、登山客が聞き付けるかもしれない」


 女陰陽師の言葉に、猟銃を抱えた男たちが下がっていく。

 そんな陰陽師たちの動きを目で追いながら、折笠は大泥渡を見る。


「誰だ、あれ?」

「おそらく、金羽矢家だ。若い女が当主だと聞いてる」


 若い女。確かに、指揮を取っている女陰陽師はこれまで見てきた陰陽師の中では若い方だ。それでも、折笠や黒蝶の倍近い年齢だろう。


「折笠君、いくら敵でも一分の情けは掛けなきゃだめだよ。いつまで若いつもりでいるんだ、とか、そんな服を着て目のやり場に困るけど愛想笑いだけはしておこうか、とか、言っちゃだめだからね!」

「めっちゃ言うじゃん」

「あのスタイルは正直ちょっとうらやましいとか思ってないんだからね!」

「うーん。俺的にはちょっとアンバランスな気がしてるんだよね。腰が細すぎるっていうか。大泥渡君、どう思う?」


 折笠が思春期少年陰陽師にキラーパスを出す。

 しかし、大泥渡は華麗にパスをつないだ。


「喧嘩を売るのはサトリの方が上手い」

「芳久から見れば熟女だぜ!? そもそも大泥渡家は後継ぎが出来にくいから、若い女に惹かれる血筋なんだ。あれは論外! 無理無理! 解っ散!」


 繋いだはずのパスが帰ってきて、大泥渡がうんざりした顔で江戸時代から生きる鬼に声をかける。


「月ノ輪ー! 年長者の意見を聞かせてくれよ」

「稚児趣味はなくてのう」

「あっ、逆にそうなっちまうのか」

「じゃあ、炭風の意見を聞いとく?」


 折笠は狐妖怪で男に化けている炭風に話を振る。

 炭風はあからさまに嫌そうな顔をした。


「蓼食う虫も好き好きとは言いますが、腹を壊してまで食いますか?」

「めっちゃ言うじゃん!」

「主様方、そろそろお止めになった方がよろしいかと思います。年齢を弄るのは時代にもそぐいませんし」

「ちりちゃんはちょっと前まで封印されてたのに感性が若いね! 人権無視で猟銃を向ける人たちとは違うよ。現代に生きてる!」


 せっかく仲裁してくれた塵塚怪王を黒蝶が交ぜっ返して共犯者に加える。

 デリカシーの欠片もない年齢弄りは確実に聞こえる声量で行われている。そして、折笠たちは誰もがこれを煽るためにやっている。

 折笠たちの視線は自然と、女陰陽師ではなくサトリに向いていた。

 サトリが噴き出す。


「表に出さなければいいと思ってンのかよ、ヒステリー女。溜めて爆発の方が質悪いってその歳でもわかンねェの?」


 表向き、女陰陽師に変化はない。その表情もいたって普通。真面目にこの場での指揮を執る大将としての風格を備えている。

 だが、女陰陽師の近くにいる側近は違う。男女共に、自らに類が及ばないようにという無意識がわずかに距離を取らせた。その心理にはきっと、日頃の付き合い方が現れている。

 誰よりも鋭敏に、女陰陽師が周りの変化に気付く。その気付きをサトリが見逃すはずはない。


「……あぁーあ。かわいそ」


 絶妙な声色、タイミング。相手にとって不愉快でしかない同情を表に出す陰湿さと「やっぱりこうなっちゃったか」という諦念を声に込めている。


 こと心理戦において、サトリに敵うはずがない。たとえ、猟銃で先手を取ろうとも、畳みかける判断を迷い蝶が取らせない。

 折笠たち主要メンバーの挑発と迷い蝶による攪乱が功を奏し、墨衛門たちが態勢を完全に整えた。もはや、猟銃による先手の利は一切ない。

 ――場は整った。

 折笠は率先して先陣を切る。


「敵の統率は乱れた! ぶっ潰せ!」


 折笠のその発言すら、敵にとっては毒となる。

 無意識に女陰陽師から距離を取ってしまった側近は、折笠の指摘で思考する。まだ怒りを発散していない指揮官に誰が最初に近付くのか、判断する。

 すでに隠す気もなく黒蝶がばらまくモンシロチョウ、モンキチョウの群れが女陰陽師たちの間を通り抜ける。


 各個撃破できるその状況に、折笠は唐傘を握りしめて振りかぶる。指揮官の女陰陽師を倒せればよし、本人や側近が反応して防御に回っても月ノ輪童子が斬り伏せるだろう。

 唐傘を投げようとしたその瞬間、折笠よりも前に出ていた月ノ輪童子や墨衛門が苦い顔で跳び退いて折笠の後ろに着地した。

 折笠は唐傘を投げつけるのを中断し、自身や月ノ輪童子たちを防御できるよう唐傘を開いた状態で展開する。同時に、傘さし狸である墨衛門も番傘を自身の背後に展開して部下や白狩たちを守った。


 この絶好の機会に月ノ輪童子と墨衛門、場数を踏んだ古い妖怪の二名が防御に回るからには何か戦況の変化が起こる。

 折笠は柄無しの青い唐傘を正面に突き出して防御姿勢を作った。

 女陰陽師と折笠たちの間に簾が下りる。支えのない簾はあたかもオーロラのように中空から吊り下げられていた。

 攻撃の意思は感じなかったが、折笠は不気味に感じて後ろに下がる。


 金羽矢家への攻勢の機会を逃したことに苛立ちながらも、折笠は術の起点だろう妖力が高まった地点を睨んだ。

 折笠達よりもさらに下、麓の方から人間の一団が上がってくる。その先頭に立つ眼鏡の陰陽師に見覚えがあった。狐の嫁入りを襲撃した陰陽師、蓑氏だ。

 蓑氏は折笠達ではなく、それに対峙している女陰陽師を睨んでいた。


「金羽矢家現当主の榛春はるはだな。妖狐の嫁入りの件で我が家を謀ったこと、申し開きはあるか?」


 隠しきれない怒りが滲む声で、それでも弁明の余地を与える蓑氏に、女陰陽師、金羽矢榛春は淡々と答えた。


「妖怪退治は陰陽師の本懐。そう宣う蓑氏家を慮って情報を提供したまでのこと。何か問題があったかい?」

「いけしゃあしゃあと……。人間を霊道へ連れ込み嫁入りの際の引出物として生き胆を食す妖狐などいなかったではないか!」

「情報を提供したが実態までは知らないねえ。調べるのが現地へ赴いた貴家の仕事の内だろう。まさか、本懐なんて大口を叩いておきながら杜撰な仕事をしたわけでもないんだろう?」

「謀ったことに相違ない」


 蓑氏は金羽矢榛春の論点ずらしに付き合わず、金羽矢家の瑕疵を指摘した。

 金羽矢榛春から視線を外して、蓑氏は折笠を見る。


「唐傘お化けの半妖とその郎党よ。高天原参りに何を願う?」


 本来、答える義理などない。

 だが、目的の雷獣は無用な敵を作る気がない。どこに雷獣の配下が忍んでいるかも分からない以上、蓑氏の問いに答えないわけにもいかない。

 さっさと殲滅して山頂へ上がりたいのに。そう思いながらも折笠は早口で答えた。


「妖怪や半妖の駆け込み寺となりうる聖域を作る。陰陽師の虐殺を見過ごせないからな」

「他人に害をなす妖怪どもも守るつもりか?」


 まだ問いを重ねるのかと苛立ちながらも、折笠は深呼吸をして心落ち着け、答えを返す。


「すでにこちらで手を下している。人間社会と妖怪社会を住み分ける約定を成立させるため、一般人へ害をなす妖怪や郎党を討伐して回っている。先日も、菱目の郎党を殲滅した」


 一本だたらを含めて妖核はすべて砕いているため、証拠の提示もできない。だが、そもそもする義理がない。

 折笠の答えに、蓑氏が満足そうに頷いて眼鏡の位置を指先で直した。


「話には聞いていたが、確証が欲しかった。我々、蓑氏家はこれより、唐傘お化けの半妖とその郎党に与する!」


 宣言して、金羽矢家の陰陽師たちへ臨戦態勢を取った蓑氏勢に、折笠は堂々と宣言した。


「――断る!」


 そこにわずかな逡巡もない。


「えっ? ……えっ!?」


 耳を疑い、驚愕する蓑氏家に対し、折笠は力一杯に唐傘を投げつけ、無意味な問答をしていた眼鏡の男の腹を貫く。

 我慢の限界に達していた白狩たち狐妖怪たちが一斉に蓑氏の陰陽師へと襲い掛かる。


「嫁入りの慶事を血に染めておきながら、いまさら味方面か!?」

「謝罪の一つもなく、利害が合致したから味方するだと? ふざけるな!」

「反省の一つもしてない蓑氏家はただの敵だ。死に晒せ!」


 白狩、炭風、灰斬、狐妖怪は敵意と殺意をむき出しに蓑氏家陰陽師を殲滅していく。

 その隙をついて山頂へと走る金羽矢家の背中を苦々しく見送り、折笠は蓑氏家の生き残りへ唐傘を向け、仲間たちに釘を刺す。


「こいつらでは前座にもならない。余力は残しておけよ」


 味方面して一番嫌なタイミングで登場しておきながら、役立たずどころか金羽矢家を取り逃がす切っ掛けを作る害しかもたらさなかった蓑氏家に、折笠は盛大なため息をつく。


「何しに来たんだよ、本当に邪魔」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る