第二十七話 戦国から江戸へ、江戸から現在へ

 カサと共に戦い抜いた戦国の高天原参り。

 出雲大社で仲間に見送られて高天原に上がった喜作は天津神の人柱に面会し、願いを口にした。


「蝶姫の復活を願います」


 その願いを聞いて、天津神は即座に答えた。


「ならぬ」


 ここまで来て、願いを聞き遂げられない可能性を考えていなかった喜作の顔から血の気が引く。いままで戦ってきた意味がすべて否定されたような感覚。

 だが、天津神は喜作に優しく声をかけた。


「願いは一つ。それを念頭に置いて聞きなさい。喜作よ、あなたは下界に下りれば死ぬことになる」

「死ぬ? 私が?」


 出雲大社にはカサを筆頭に対い蝶の郎党が揃っている。警護の厳重さを考えれば、願いの代償に妖核を失って只人になったからといって喜作が殺されるとは考えにくい。

 しかし、下界を見下ろせる天津神ははっきりと言い切った。


「喜作は死にます。すでに術中にあり、手の打ちようがない」


 ここで天津神の言葉を否定するのは無意味だと、喜作は結論付けた。何が待っているのか皆目見当もつかないが、天津神が言いたいのは喜作が死ぬ運命にあることそのものではない。

 願いは一つ。それを念頭に置けという言葉。


 蝶姫が復活しても、喜作が死んでしまっては元の木阿弥だ。カサも蝶姫も、喜作を復活させようと高天原参りに戻るだろう。

 陰陽師たちも九州の郎党も対策を立てている。いくらあの二人でも高天原参りをもう一度成功させるのは難しい。

 妖怪も半妖も、陰陽師でさえ、この戦乱で数が減ったのだ。また一から妖力を蓄えるのは至難の業。

 ならばどうする、と喜作は考え込む。

 喜作を見つめていた天津神はまるで答えを誘導するような口調で声をかけてきた。


「喜作は何故、蝶姫の復活を願おうとした? 下界の荒れ具合は聞いている。天下人が生まれたとて、一朝一夕に日ノ本は静まらぬだろう?」


 なにが言いたいのかを察して、喜作は小さく笑った。

 天津神と聞いて緊張していたが、意外にも人間臭い感性を持っているらしい。

 乱世が静まるまで幾何かの月日が必要だ。

 対い蝶の郎党の願いは蝶姫の復活ではない。蝶姫が幸せな来世を送ることだ。

 いまの世は幸せを手に入れるのが難しい。

 自己満足にならないかと、喜作は自問自答してから意を決して天津神に願う。


「来世に蝶姫を幸せにしたい」

「聞き遂げよう」


 おそらく、現世に戻ってすぐにカサたちとは死別することになる。

 当初の願いとは少し変わった形で叶えられることを伝えられるか心配しつつ、喜作は妖核を天津神に差し出して只人に戻った。



 時は下り、天和三年。

 喜作と蝶姫は対い蝶の郎党を率いて高天原参りを成功させ、天下泰平と呼ばれた。

 帰郷への道すがら、白菫は尋ねる。


「お二人の幸せを願ったのですか?」


 戦国時代の高天原参りについて聞かされていた白菫の当然の質問に、喜作は笑って答えた。


「いや。願ってない。あいつらが出会えば勝手に幸せになるだろうからな」

「私たちがしたのはお膳立て。カサとツキが同じ時代に復活するようにという願いともう一つ。ツキが今度は半妖として生まれてくるように、ね」

「半妖、ですか? なぜ?」

「私たちが前世と同じ半妖として復活したからだよ。ツキはいつも寂しそうに私たちを見送っていたから、今度は一緒に行けるように」


 蝶姫はそう言って、楽しそうに目を細める。

 喜作が白菫の首に腕を回した。


「もう一つお膳立てをしておきたいんだ。協力してくれないか?」

「命の恩人の頼みとあらば」

「そんな堅苦しくなくていいって」


 喜作が白菫に頼んだのは二つ。

 一つは、これから喜作と蝶姫が神社を建てる土地に、定期的に分け身のケサランパサランを放つこと。

 もう一つは、ここまでの話を全て伝えること。

 喜作と蝶姫は白菫の前に並んで立つ。

 これから二人が話すのは自分に向けたものではないと、白菫は察した。

 一字一句聞き逃さないよう、集中する白菫に二人は話し出す。


「私たちは幸せになった。カサやツキ、郎党のみんなのおかげだよ。ありがとう」

「蝶姫復活の願いがこの形で叶えられることを伝えられなかったのはすまなかった。復讐はほとんどこの時代に終わらせた」

「自分たちの敵討ちをするのは変な感じだったけどね!」

「ただ一つ、下漬という陰陽師家に気を付けてほしい。この時代で取り逃した」


 最後に、喜作と蝶姫は声を合わせる。


「幸せになれ」



 全てを話し終えた白菫は深呼吸を一つしてその右手に小さなケサランパサランを生じさせる。

 折笠が始まりの夜に拾ったのとまったく同じ大きさ、同じ質感のケサランパサランだ。


「この分け身を触れさせれば、その桐箱が開くはず」


 黒蝶の実家のご神体。その桐箱に、白菫が分け身を触れさせると桐箱がまとっていた妖力が白菫に吸収された。

 封印が解除されたのだ。

 折笠は黒蝶を視線で促す。

 緊張の面持ちで桐箱を開けた。

 中には何枚もの手紙が入っていた。


 江戸時代の高天原参りと戦国時代の高天原参り、両方に参加した対い蝶の郎党の生き残りからカサやツキに宛てた手紙がほとんどだ。

 しかし、肝心の喜作と蝶姫の手紙だけは宛名がカサとツキではなかった。

 黒蝶が折笠に手紙の宛名を指で示した。


「渡しちゃうね」

「そうした方がいいよ」


 大仕事をやり遂げて満足そうな白菫に、黒蝶が手紙を差し出した。


「はい。白菫宛て」

「……あのお二人は、労いを欠かしませんね」


 手紙を読んだ白菫は報われた様子で笑う。

 手紙には様々なことが書いてあったが、最後はこう結ばれていた。


『――白ちゃん、ありがと。お疲れ様。幸せになれ』

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