第二十四話 末路
「面白い柄のキノコ見つけた!」
「姫、それは毒キノコで――触らないでください!」
赤い派手な柄のキノコを採ろうとする蝶姫を喜作が慌てて止めている。
紅葉がはっきりと色付く秋だった。
隣を歩く女性を見る。
「止めなくていいのか?」
「喜作さんが止めてくださいますから」
ツキはそう言って、静かに笑う。視線で蝶姫を追っているが、どんな危ないことも喜作が止めると信じて疑っていない。下女として蝶姫を護衛する立場のはずだが、それでいいのだろうか。
疑問に思っていると、ツキが同類を見るような目を向けてきた。
「カサさんこそ、姫様に振り回される喜作さんを助けなくてよろしいんですか?」
「喜作は振り回されるのが楽しいようだからな。姫様も喜作が本当に困るようなことはしない」
答えながら、思わず笑う。
同類だな、確かに。
「それに――」
互いの言葉が重なり、ツキと視線を交わし合う。そちらからどうぞ、と互いに譲り合えば、互いが言いたかった言葉の想像がついた。
続きを言葉にせず、互いに苦笑し合う。
喜作も姫様も、困ったときや判断に迷った時には必ずこちらに助けを請う。
いつも三歩後ろに控える俺たちを頼りにする。
喜作や姫様が振り向かない内は、俺たちが声を掛けるべきではない。
前を行く喜作と姫様についていくからこそ、ツキと並んで歩く。
「カサさんには、野心がないのですか?」
ツキが不思議そうにそんな質問をした。喜作たちにも聞こえているだろう声量でするからには、答えが分かっているだろうに。
「喜作や姫様を守るのが本懐だ」
前に出てしまったら、並んで歩けなくなってしまう。
盗み聞きしていたのだろう。喜作と蝶姫がこちらを振り返る。
「郎党全部を守るのがカサの仕事だろうが!」
「そうだ、そうだー! 二人しか守れないほど小っちゃい傘じゃないんだ、カサはー!」
「お二人とも、カサを気にせず紅葉を楽しんでください。せっかく差していないんですから」
ツキが頭上のイチョウを見上げながら注意すると、喜作と蝶姫は「はーい」と子供のような返事をして上を見て紅葉を楽しみ始めた。
「言われてみれば、紅葉狩りに俺は邪魔だったな」
「そういう意味ではありませんよ。分かっているでしょうに。意地悪な人ですね」
悪戯好きな蝶姫を長年世話してきただけあって、この程度では慌てた顔も見せてはくれないらしい。
ツキが何かに気付いて空を見上げた時には、雨の気配に気づいていた俺は唐傘を作り出していた。
「喜作、姫様、秋雨が降りますので引き返しましょう。傘をご用意します」
喜作の手元にせめてと、紅葉柄の唐傘を作り出す。
喜作は礼を言って唐傘を手に取り、姫様に差しかけた。
来た道を引き返す二人に道を譲り、俺は手に唐傘を作り出す。
「差してもいいかな?」
唐傘を開いて柄を見せながら問いかけると、ツキはこらえ切れなくなった様子で口を手で隠した。
「本当に意地悪な人」
ツキは笑いが滲む声で言いながら、肩が触れそうなほどに距離を詰めてくる。
イチョウやモミジの絵を施した唐傘を差しかけて、ツキと二人、喜作と姫様の後ろを歩いた。
※
「――るのが本懐だと、そうおっしゃったではありませんか……」
ここにいるはずのないツキの声が聞こえる。
姫様の菩提を弔うのではなかったのか。
右腕の感覚がない。左と違って斬り落とされていないはずなのに。
脚は、無理だろうな。繋がってはいるだろうが。
なにより、暗い。今夜は新月だったか? 暦をいまいち思い出せない。
陰陽師を殺すのに忙しかったから、余り暦を意識していなかったな。
あの陰陽師は確かに殺した。やり遂げたはずだ。
敵討ちを終えたはずだ。
「喜作さまも、姫様も――」
敵討ちを終えたのだから、走馬灯って奴はもっと楽しいものであって欲しかった。
本懐を遂げられなかった身では贅沢な願いか。
体に力が入らない。
死ぬだろうな、と意外にもすんなりと受け入れられた。
何十人いたか数えていないが、あれだけの数の陰陽師に一人で挑んで皆殺しにしたのだ。守るモノもなしによくできたと自分でも思う。
守るモノもなしに戦って死ぬ。本懐を遂げられなかった半端者の死だが、皆殺しにできただけで上等だ。
満足だ。満足だろう?
「ごめんなさい。ごめんなさい……。只人の身では高天原参りに参加することも叶わず、この人を救えませんでした。ごめんなさい……」
これ以上を望んでいい身じゃないんだ。
謝らないでくれ。
独りよがりに復讐に走って死んだだけ。本懐も遂げられなかった半端者が消えるだけだ。
嫌にはっきりと、頬に、瞼に、額に、雨粒が落ちた感触がした。
もう手も足も感覚がないのに、雨粒の痛みだけは鮮明に胸を刺す。
「姫様、喜作さん。あなた方に来世があるのなら、この忠義者にどうか来世の幸せを」
忠義者……?
なら、この走馬灯は何だ。
この痛みは何だ。
貴女を雨に打たせた俺は……。
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