第二十三話 同盟の目的

 墨衛門が話すところによると、東京狸会は東北の狐妖怪と同盟を結ぶことが正式に決まったらしい。

 元々、同盟を結ぶために来ているとは聞いているので違和感もない。

 だが、盟主に折笠と黒蝶を据えるのは意味が分からない。


「一体、どういう話の流れでそうなったんだ?」


 上座に座らせようとする墨衛門たちに固辞し、折笠は問いかける。

 答えてくれたのはゴンボ衆頭領、灰斬だった。


「まず、高天原参りの情勢として、各地の妖怪が参加する動きを見せている」

「それは聞いてる。陰陽師がそれで警戒して、今回の妖狐討伐につながったんだと思う」


 妖怪と見れば無差別に討伐に動く陰陽師を擁護するつもりはないが、動機は理解できる。

 墨衛門が補足した。


「その各地の妖怪の動きが問題でな。陰陽師の血筋で妖怪が見えない者を攫って、生き胆を取引材料に勢力を拡大してる連中がいやがる」

「まじか」


 戦国時代の高天原参りなら約定破りとして軽蔑される行いだ。

 他ならぬ陰陽師たちが高天原参りを闇に葬ったせいで無法地帯化してしまったらしい。妖怪も見えない常人が巻き込まれるのはとばっちりもいいところだ。

 陰陽師の血筋で済む内はまだいい。自業自得の側面はどうしても否定できない。だが、何も知らない一般人が訳も分からず見えもしない妖怪にさらわれて殺害されるとしたら、社会問題になりかねない。


 妖怪の存在は一般人には知られていない。連続神隠し事件などと噂されるだろう。

 事態の深刻さを受け止める折笠と黒蝶に、墨衛門も深刻そうな表情で続けた。


「東京狸会はむやみに人へ危害を加えない妖怪を保護する神域を高天原参りで願いたい」


 陰陽師から手出しされない安全圏の確保。

 むやみに、と条件を付けているのは現在の陰陽師の動向を考えると交戦が避けられないからだ。身を守るためならば力を振るうしかない。

 白狩、灰斬も妖狐として東京狸会の高天原参りを支援するつもりらしい。


「我々の願いも東京狸会と同じだ。そして、この願いは妖怪だけでなく半妖も加えることで、唐傘、迷い蝶両名の願いを叶えることができると思う」


 確かに、折笠と黒蝶の目的は平穏な生活を取り戻すことだ。

 高天原参りについて深く知るにつれて、平穏な生活は難しそうだと薄々思っていた。調伏され奴隷のように扱われる恐れもある。だが、神域という形で安全圏を作れば可能だ。

 折笠は納得しながらも、疑問を口にする。


「それで対等な同盟を組むならわかるけど、なんで俺たちが盟主になるんだ?」

「高天原参りに規範を設けるためだ」


 高天原参りの成功は最大の目標だが、それとは別に今の無秩序な高天原参りに規則を作らないと収拾がつかないと墨衛門たちは考えているらしい。

 話が大きすぎて折笠にはよくわからない。

 それでも、自分にも関わることだからと頭を捻って答えを出した。


「狸妖怪と狐妖怪の集団が作った規範だと、他の妖怪は裏を勘繰る?」

「そういうことだ。そこで、雑多な集団になっているご両人たちに頼みたいってわけだ」


 半妖の折笠と黒蝶に加え、鬼、塵塚怪王、サトリ、はては陰陽師までいる集団は雑多と呼ぶのにふさわしい。

 そこに、規範を守らせる広い目となる東京狸会やゴンボ衆が加わることで、高天原参りの規範を周知し、守らせることができる。


「規則や規範を作っても守らない妖怪は出るでしょう? 陰陽師なんて最初から聞く耳を持たないだろうし」


 黒蝶の当然の予測に、墨衛門たちは肯定する。


「守らない連中を、ご両人が倒して回ればいい。妖核を奪取できる。言い方は悪いが、見せしめがなければ誰も従わないからな」


 そして可能なら、倒した後に周辺の妖怪や半妖を保護して勢力を拡大し、全国規模の郎党を作り上げる。それが墨衛門たちの計画の全容らしい。

 灰斬が折笠を指さす。


「それはそうと、お前さん方は紋を掲げてないらしいな。この際だから作ったらどうだ?」


 狸妖怪の柏巴紋を思い出しながら、折笠は灰斬に質問する。


「狐妖怪の紋ってあるのか?」

「葛の葉紋や尾扇紋がある」


 白狩が葛の葉紋を見せてくれた。安倍晴明の母とされる稲荷大明神の神使、葛の葉から取られた紋らしい。いくつかの種類があるとのことだが、白狩が見せてくれたのは中央に花を据え、その周辺に三つの葛の葉が描かれていた。

 灰斬が見せてくれた尾扇紋は狐の尾が数本、扇状に広がった紋だ。九尾の狐などから取っているらしい。

 墨衛門が傘さし狸らしい手際の良さで紋が入った小さな番傘を作ってみせる。


「全国で妖怪が作った郎党もそれぞれ紋を掲げている。東京狸会で話し合って、武闘派を集めた左二枚柏巴紋の郎党を再建する話も出ている」


 縁起を担ぐのと同時に、江戸時代の高天原参りを知っている古い妖怪がいれば左二枚柏巴の郎党に興味を示す可能性がある。

 だとすれば、この場で折笠たちに紋を掲げろと促す意味も見えてくる。


「……少し考えさせてくれ」


 即答すると予想していたらしい墨衛門が驚いた顔をする。しかし、折笠たちの意思を尊重するつもりらしく、静かに頷いてみせた。


「盟主の件も踏まえて、考えてくれ。少なくとも、こちらから敵対する気はないってことは知っておいてほしい」

「我々葛の葉の郎党もです。命を救われ、白菫様を連れ出してくれた恩を返したい。他の妖狐が敵対しようとも、同盟が成らずとも、我々葛の葉の郎党はあなた方に与します」


 白狩が宣言すると、灰斬が苦笑する。真横で、ゴンボ衆より折笠たちを取ると言い切ったのだから仕方がない。


「ありがとう。明日には結論を出すよ」


 それだけ言って、折笠は黒蝶と共に部屋を出た。

 階段を下りながら、黒蝶が折笠の横顔を見る。


「私は同盟に賛成だよ」

「その点は俺も。ただ、紋がね」


 みんなの意見を聞くのは大事だ。それでも、おそらくは全員が同盟に賛成する。

 問題は紋の方。

 江戸時代の高天原参りの知識が主な墨衛門たちは、折笠たちが対い蝶の紋を掲げると疑わなかった。

 だが、戦国時代の高天原参りを夢で見て、誰も幸せになれなかったあの結末を知る折笠と黒蝶は対い蝶紋を使うことに抵抗があった。


「期限を明日にしたのって、今夜の夢次第で決めるから?」

「まぁね。ただ、今日のうちに対い蝶紋以外の候補をみんなと出していこう」

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