第二十二話 謎は残るものの

 ツキからしてみれば主家が滅び、主の蝶姫が処刑され、蝶姫と仲が良かった喜作までも死んだ。

 周りにいる人間が次々に死んでいき、最後に残ったカサさえ勝つ見込みのない陰陽師との戦いに赴こうとしている。

 折笠は部屋の座椅子を黒蝶に勧めてから、質問した。


「確か、ツキは半妖じゃないんだよね」

「うん。妖怪や半妖は見えるけど、それだけ」


 だから、カサが戦闘する夢にツキは出てこなかったのかと納得する。同時に、戦の夢を黒蝶が見なかった理由も察した。

 蝶姫が戦場に出る時には、ツキは屋敷や城で待機していたのだ。

 そして、戦えないツキは対い蝶の郎党の面々ともそれほど交流がない。

 カサが陰陽師との戦いで死ねば、本当に一人になってしまう。


「分かっていても、言えないよなぁ……」


 折笠が呟くと、黒蝶が痛みをこらえるような顔で頷いた。

 夢に出てきたツキの姿を思い出す。

 いたずら好きの蝶姫を後ろから見守る年の近い姉のような女性だった。

 黒蝶が見た夢では一緒に温泉に入ったりするほど蝶姫との距離が近かった人物だ。

 蝶姫と喜作のように、カサもツキとの交流があったはずだ。だが、そんな場面を折笠も黒蝶も夢に見ていない。

 ただ、折笠は半ば確信していることがあった。


「カサはツキを残したことを後悔していたと思う」


 折笠が度々感じた、黒蝶に淋しい思いをさせてはならないという妙な感覚。あれはおそらく、カサの後悔の念だろう。

 陰陽師に対する強烈な殺意を折笠が持ち合わせるように、ツキへの贖罪の念もある。

 いまさらの話だ。二人とも死んでしまっているんだから。


「個人的な話だし、確かに月ノ輪童子たちに話すのは違うね。俺たち二人で終わりにしておこう」

「うん」


 黒蝶と秘密にすることを誓って、折笠は立ち上がる。

 戦国時代、対い蝶の郎党による高天原参りとその結末は夢でおおよそを把握した。陰陽師の家から持ち帰った古書物などと照らし合わせても矛盾はない。

 ならば、自分たちは何故、夢を見るのか。前世の記憶だとしても、なぜ前世の記憶があるのか。

 呪殺されたとはいえ、喜作は確かに高天原参りを行った。いったい何を願ったのか。当初の予定通りに蝶姫の復活を願ったのだとしたら、なぜカサたちは見つけられなかったのか。復活後の蝶姫はどうなったのか。


 まだ謎は残されているが、今は未来に目を向けるべき時だ。

 部屋を出た折笠と黒蝶は板張りの廊下を歩きながら窓の外を見る。木製の跳ね上げ窓の向こうには藁ぶき屋根の家が立ち並ぶ里があった。

 ゴンボ衆の里だ。

 尾が短い狐妖怪たち、ゴンボ衆は総勢四十名ほど。武闘派で鳴らし、日々稽古を怠らないという。

 今も里の中心でゴンボ衆が刀を振るって稽古をしている。なぜか、そこに月ノ輪童子の姿があった。


「重心の移動が遅い。自分を斬ってしまわんかと怯んどるな。素振り稽古で周りの速さに合わせようとするばかりに自分の型に自信がなくなっとるんじゃ。一から見てやる故、ゆっくりと振り下ろせ」


 流石は江戸時代から刀を振るっていただけある。すっかり稽古をつける側に収まっているようだ。


「初対面の時も思ったけど、月ノ輪童子ってコミュ強だよな」

「凄いよね。鬼なのに威圧感もなくて明るい性格しているからかな」


 黒蝶と二人で感心していると、月ノ輪童子が折笠たちに気付いた。

 月ノ輪童子が片手を振って、ゴンボ衆たちを指さす。


「ちょいと稽古をつけてから行く。先に話を進めてよいぞ」

「分かった」


 折笠と黒蝶は月ノ輪童子とゴンボ衆に手を振って「頑張れ」と声をかける。

 そのまま廊下を歩いていくと、宿の縁側で大煙管が饅頭を食べていた。


「朝からお饅頭? 甘党なの?」


 黒蝶が二枚重なった皿を見つつ質問する。

 大煙管は蕎麦茶に手を伸ばしながら応えた。


「こいつは肉饅頭だ。甘いのも好きだがな。肉を食わねぇと腹太鼓の張り具合が悪くなる」

「単純に太ればいいってものじゃないんだねー」

「あたぼうよ。脂肪と筋肉がいい塩梅でねぇと気持ちのいい音は出ねぇ」


 黒蝶が縁側に置かれている煙管を指さしてにこやかに笑う。


「金管楽器の方が似合いそうだけどね」

「あ? いくら俺たちの自慢だからって楽器にしたら痛いだろ。金たm――」

「ストップ!」


 折笠はデリカシー皆無の下ネタをぶち込んできた大煙管の発言をすかさず遮って、怖い顔をしている黒蝶の手を取って廊下の奥へ歩き出す。

 大煙管の声が背中にかけられた。


「墨衛門さんと白狩、ゴンボ衆の頭領が朝餉を囲んで話してる。ご両人の話も聞きてぇってよ」

「分かった。宴会場に行けばいい?」

「いや、二階に大きめの客室がある。そこへ行ってくれ」


 言われた通りに、折笠たちは廊下を曲がって階段を上り始める。

 妖力で劣る白狩やゴンボ衆の頭領を威圧しないためか、墨衛門の妖力をあんまり感じない。

 二階の廊下を見回して、右手奥の襖の前に豆介と炭風を見つけた。あの襖の向こうに墨衛門たちがいるのだろう。


「そんで、振られちまってよ……」

「そりゃあ、豆さんが悪いよ」

「なんでだい?」


 炭風に豆介が恋愛相談をしているらしい。ちょっと面白そうな話だったが、折笠はワクワクしている黒蝶を引っ張って豆介たちに声をかける。


「話し中に悪いんだけど、中に通してもらっていいかな?」

「折笠君、こんな面白そうな話を後回しにするの?」

「後回しって、どっちにしても聞くつもりなんだ」

「豆介君も女性の意見を聞きたいよね?」

「いや半妖の感性はずれてるから参考にならないと思うんだ」

「聞きたかったのに!」

「聞きたいだけでしょ」


 恋愛相談にかこつけてただ恋バナを聞きたいだけなのがまるわかりだ。

 黒蝶の抗議は聞き入れず、折笠は場所を譲った豆介と炭風に礼を言って襖の向こうに声をかける。


「墨衛門、俺だ。折笠だ」

「ちょうどいいところに来た。入ってくれ」

「お邪魔します」


 襖をあけると、墨衛門、白狩とゴンボ衆頭領の灰斬が対面で朝食を取っていた。和やかな雰囲気だ。

 墨衛門たちは折笠と黒蝶を見るなり、本題を切り出した。


「盟主になってくれ」

「――は?」

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