第二十話 戦国の結末
夢だ。
夢だ。
だからこそ、いや、だというのに、か。
続きが分かる。
それでも、身体が動かない。
出雲大社の鳥居をくぐった喜作の姿が掻き消える。莫大な妖力の源が消えたことで、辺りが一瞬、静かになった。
対い蝶の郎党の皆々が感極まって泣き出す。
「勝った!」
「対い蝶の勝利だ!」
口々に勝利を謳う郎党に、カサは声を張り上げて活を入れる。
「油断するな! 陰陽師共はすでに一度、約定を破っている! 何を仕掛けてくるか分からん。警戒を緩めるな!」
共に勝利を喜びたい気持ちはある。
だが、陰陽師共は信用ならない。約定を破って蝶姫を亡き者にした輩がいる以上、他の陰陽師が約定を破らないはずはない。
カサの声で緊張感を取り戻した対い蝶の郎党は出雲大社の境内に散らばって警護を開始する。そんな仲間たちへ、カサは紅色と白色の唐傘を配った。
「紅白の唐傘か」
「大将をこれで出迎えるわけだ」
「カサの旦那も浮かれてんじゃねぇっすか」
「――黙って警護に専念しろ!」
カサの一喝で緩みかけた空気が再び引き締まる。
巨大な紅白唐傘を手に、カサは鳥居から神社の外を眺めて警戒する。そのカサの横に天狗礫の半妖が歩いてきた。
「やはり、陰陽師共は仕掛けてきますかね?」
本来、出雲大社での戦闘は御法度だ。
高天原参りの条件である神性持ちは、神に至った存在。その神が高天原へ向かうことを妨げるのは不敬極まる。
陰陽師でなくとも、出雲大社周辺に入った段階で誰も手出しをしない。それが高天原参りに参加する者が守るべき約定だ。
事実、喜作は誰に妨害されることもなく高天原へ向かった。
だからこそ、おかしいとカサは思う。戦闘御法度の領域外でさえ陰陽師の妨害がなかったからだ。
「願いを叶えた後に狙っても意味がないと思うんですが?」
「戦ではなくなったんだ。政なら、喜作の命に意味がある」
九州の覇者となった郎党も、喜作の高天原参りを注視しているはずだ。喜作が成せば、次は己がと出雲大社を目指すのは容易に想像がつく。
そうでなくても、主家の大掾氏が滅亡した今も活動する対い蝶の郎党を壊滅させることで、在野の郎党を牽制する目的もある。蝶姫が処刑されたのも同じ目的だ。
油断なく周囲を警戒するカサを見て、天狗礫の半妖も鋭い目付きで警戒を厳にする。
「陰陽師はいませんね。式、調伏妖怪の姿もない」
「妖力も感じられないな」
巧妙に隠しているのかもしれないが、対い蝶の郎党は喜作が神性持ちに一番早く至っただけでカサを始めとした全員がそこらの古い妖怪よりも妖力に満ちている。出し抜けるとは思えない。
本当に考えすぎなのか。カサは境内へと視線を向ける。
半妖や妖怪が見えない常人の参拝者がいる。妖力も持たない彼らにも郎党がぴったりと張り付いている。おかしな動きを見せれば即、制圧できる。
「宮司は?」
「奥へ籠ったまま出てきません。元より、中立ですので当然の反応かと。奥を見ましたが、宮司一人で籠っていました」
「そうか」
陰陽師を匿っているわけでもない。
だが、胸騒ぎがする。
見落としはないか。目を皿にして何度も確認する。
夕陽に空が赤く染められて、鳥居に気配が生じた。
郎党の面々が喜びも露に鳥居を見る。
「大将!」
「おかえりなさい!」
駆け寄りながら、郎党の面々が護衛の配置につく。周辺の安全を確保する責任を負うカサは動けなかったが、喜びを隠しきれず巨大な紅白唐傘を頭上に高々と掲げた。
対い蝶の郎党が高天原参りを成し遂げた。蝶姫が復活する。長かったが、これで喜作も蝶姫も幸せになれる。
だが、気は抜かない。帰郷するまで、気を抜くわけにはいかない。
そう自らを律したからこそ、カサはいち早く気付いた。
境内にいる参拝者が一斉に咳をし始めたことに。
空咳が数回、直後血が絡んだような湿った咳をして、体力のない者から倒れ込む。
異常に気付いた郎党の面々が原因を探して武器を構える。
「大将!?」
切羽詰まった天狗礫の半妖の声を耳にして、カサは喜作を振り返った。
鳥居の根元に膝を突き、喜作が血を吐いている。
目が合った喜作がカサへ手を伸ばした。
救いを求める手の動きではない。喜作はそんなに軟ではない。原因を示している。
喜作は境内の参拝者を手で示した後、自らを指さした。
「まさか……」
参拝者を見る。すでに年齢性別に関係なく倒れ伏し、血を吐いている。こと切れているものさえいる。
病ではない。これは強力な呪詛だ。
それも、妖怪や半妖ではなく、妖力を持たない常人、只人を標的にした伝染する死に至る呪詛。
「陰陽師共、そこまで堕ちたか……」
参拝者に呪詛を仕込み、喜作が高天原から帰ってきた瞬間に発動させた。
参拝者を皆殺しにしてでも、喜作を呪殺するために。
これは、こんなものは――人間の所業ではない。
「喜作を抱えてここを出る! 半妖化は決して解くな! 呪詛で殺されるぞ!」
カサの指示を受けて、対い蝶の郎党が淀みなく動き始めるのを見た喜作が満足そうにカサへと笑いかけた。
「喜作……」
この状況で陰陽師が仕掛ける呪詛だ。確実に殺すために綿密に計画している。
喜作は助からない。喜作本人もそれを分かっている。分かっていて、笑った。
対い蝶の郎党がこの場で混乱しないように。
喜作の命がある内にここを出て身を潜めなくてはならない。
殿を務めるカサは瀕死の喜作を連れ出す仲間を見送り、紅白唐傘を握りしめる。
「許さんぞ、陰陽師ども……」
高天原参りは終わった。
戦乱も終わっている。
時代が変わる。
だが、奴らは生かしてはおかない。
絶対に――
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