第十九話 墨衛門の目的
北へと進路を取った和船の上。墨衛門に連れられて折笠、黒蝶、月ノ輪童子、塵塚怪王、大泥渡、サトリは車座になって狐の嫁入りに関わる騒動を説明した。
折笠たちが京都とは逆に福島へと進路を変更した理由も併せて話すと、墨衛門は納得したように何度か頷きながら聞き終える。
「事情は分かった。正直なところ、京都に行って無事に済むのかと心配もしていたのだ。無事で何よりだ」
墨衛門はそう言いながら、時間がもったいないとばかりに地図を折笠たちの前に出した。
出されたのは日本地図。しかし、都道府県とは別の複雑な色分けがされている。
「これ、勢力図か?」
「おう、勢力図だ。現状で分かっている限りの、だがなぁ」
ガシガシと頭を搔き、墨衛門が説明する。
陰陽師の古家が出雲大社を中心に制圧して勢力を拡大。これに伴って各地で高天原参りの存在を確信した妖怪たちによる勢力が勃興し、勢力図が出来上がった。
古家が動き出してから妖怪の勢力が出来上がるまでがあまりに早すぎる。そう考えるのは折笠と黒蝶だけらしい。
「江戸幕府が終わって以降、妖怪は陰陽師にやられっぱなしだった。時代の流れって奴だ。妖怪を認識できない常人でも妖怪の住処を奪うように家を建てやがる。狸妖怪も、こいつは化け狸になれると期待していた野狸が車に轢かれて何度悔やんだかしれん」
墨衛門はため息交じりに吐き出して、地図を指先で叩いた。
「時代の流れだ。弱肉強食だ。諸行無常だ。だとしてもだ。……妖怪はここに生きている。生き延びたいと思っている。だから、生き延びる術として高天原参りが存在するなら、一縷の望みをかけるってもんだ」
各地の古い妖怪が墨衛門と同じように考えた。
ケサランパサランの白菫、天狗の無説坊のように地元の妖怪から慕われる古い妖怪たちはこの契機に名乗りを上げた。
だが、地元に慕われているだけでは全国的に連携する陰陽師に対抗できる戦力にはならない。
だからこそ、連携を考えた。
墨衛門が宝船群の行き先へ目を向けた。
「全国の狸妖怪の総意は固まった。高天原参りへ参加する。だが、狸妖怪だけでは足らない。そこで、化け妖怪として技術交流ができる妖狐と同盟を結ぼうと、ここに来た。高天原参りの話を持ち込んだ唐傘と迷い蝶、ご両人の地元なら話が通じやすいと思ってのことだったんだが……」
それが、妖狐と陰陽師、さらには第三勢力であるイジコの半妖たち、そんな混戦の現場に墨衛門たちが出くわした原因――ではなく遠因だ。
墨衛門が嫌味な一手を打たれた囲碁打ち将棋指しのような、自分の手を読まれた悔しさも楽しさも飲み込んで最善手を模索する強かな笑みを浮かべた。
「ケサランパサランってのはこれだから怖いんだ」
話が見えず、折笠は月ノ輪童子や大泥渡を見る。
大泥渡が面倒くさそうに口を開いた。
「陰陽師の立場で言うと、ケサランパサランは絶対に手を出したくない。ケサランパサランは自分に幸運が働かないくせして、周囲全てに幸運がもたらされるからな」
「どういうこと?」
「あぁーサトリ、言語化を頼める?」
「しゃーねぇなァ! 籠の中で不自由を囲って餌だけもらうのがケサランパサランの幸せか? ンなわけねェだろ。そのくせして飼い主サマに幸運をもたらすのがケサランパサランって妖怪だ。手前ェに幸運をもたらす能力がねェんだ、あいつらは。なら、年を経たケサランパサランがどう身を守るって話だ」
サトリのトゲトゲした言葉を無意識に受け流して、折笠は答えに行きつく。
「……自分を害しない周囲の妖怪や人間に幸運をもたらして助けてもらう。共生関係ってことか?」
「ヒントを一杯もらって答えを導き出せてご機嫌だなァ? 麗しゅうごゼェますナァアアア!?」
「説明ありがとう。納得した」
「おい、この唐傘野郎は槍の雨を受けてもピンピンしてんじゃねェかァ!?」
「サトリが好きそうな性格してるよな」
「うっせェぞ、芳久! 俺様の一番の友人はお前だろうが、譲るんじゃねぇぞ!?」
声の大きいツンデレだなぁ、と隣で呟く黒蝶に内心で頷きながら、折笠はサトリを見る。
サトリは折笠の心を読んだはずだが、フンっとそっぽを向いた。やはりツンデレである。
呆れ顔でサトリを眺めていた墨衛門が話を戻す。
「白菫さんは自分が刺されて重傷を負うことも含めて、幸運を妖狐にもたらした。化け狸としては白菫さんの治療までしてるんだ。どうあっても、妖狐たちとの同盟を結ぶしかない。唐傘の、迷い蝶の、あんたらも道中で拾っちまってるのもある。陰陽師と戦を始めるってのに、この状況で同盟を結ばないなら誰も信じやしないからな」
陰陽師たちに翻弄されて仲間を失った妖狐たちは本来、弱い立場にある。同盟を結ぶなら相応の利益を提示しなくてはならない。
だが、墨衛門たち狸妖怪はもともと陰陽師に対抗する戦力集めに訪れた。その最中で敵である陰陽師の被害を受け、旗頭である顔役の白菫が生死の境をさまよった。それを治療したからと言って同盟に条件を突きつければ、弱みに付け込むのと変わらない。
今後も勢力を拡大するのなら、墨衛門たちは白菫を治療したことを取引材料にして妖狐たちと同盟するしかなくなった。
墨衛門はため息を盛大に吐き出す。せめて、折笠たちに貸し付けようと考えてのモノだろう。
月ノ輪童子、大泥渡、サトリの視線が折笠と黒蝶に向けられる。
これを貸しにするか否か。折笠たちは巻き込まれただけなのだと言い切れるこの状況で、貸しにするか否か。
どこまで、妖怪たちの勢力図に足を踏み入れるか。
折笠は黒蝶と視線を交わさなかった。
なぜだろう、と疑問が一瞬浮かぶ。
答えが心の奥底から帰ってきた。
――淋しい思いをしない選択を。
「貸し一つ」
折笠は人差し指を立てて墨衛門に言い切った。
折笠の後を引き継ぐように黒蝶が優美に笑う。
「私が隣にいても迷わない半妖の、貸し一つだよ」
墨衛門だけでなく、月ノ輪童子までも怯んだことを誤魔化すように笑う。
「――頼りになるぜ、本当」
サトリだけが正直に言って……笑った。
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