第十四話 横やり
生き残りの妖狐を仕留めようとする陰陽師へ唐傘を投げつける。
足元に小さな開いた状態で唐傘を作り出し、蹴り飛ばして妖狐の盾にする。
五メートルの唐傘を両手で持ち、地面へ突き刺して棒高跳びのように体を宙へ持ち上げる。
陰陽師たちが空中の折笠に注目し、各々が術を発動しようとした。
「妖狐の位置確認よし」
折笠は呟き、黄色い唐傘を生き残りの妖狐たちのそばに出現させる。これを見れば、後から入ってきた白狩たちが救助しやすくなる。
同時に、地面へ突き刺した五メートルの唐傘が一気に開く。巻き起こった暴風に陰陽師が怯んだ瞬間、月ノ輪童子が刀をひらめかせた。
「まったく。きちんと運動せい。肥えとる奴は斬り心地が悪いんじゃ」
不満そうに言いながらも次の獲物を見定めて、月ノ輪童子は駆け出す。
空中の折笠に注目していた陰陽師たちが月ノ輪童子を相手に後手に回る中、折笠は閉じた唐傘で別の陰陽師の頭を思い切り叩く。
「奇襲の優位が取れている間にできるだけ削って」
肩で黒蝶が言う。折笠もそのつもりでいるのだが、
「石頭かよ」
唐傘で殴りつけた陰陽師が怯みもせずに折笠を睨みつけ、ガラスの鈴が連なった鋼糸を取り出す。
「残響に唱え――惑鈴」
陰陽師が放り上げたガラス製の鈴の束が妖力を纏い、一瞬のうちに白色の髪の少女に変化した。ポニーテールの後ろ髪にいくつもの鈴が連なり、複眼の両眼が折笠たちを捉える。
鈴虫の妖怪の式なのだろう。
「これはちょっと無理っぽい」
惑鈴の放つ妖力を感じ取って、折笠は唐傘を盾に構えて距離を取る。
古い妖怪ほどではないが、かなりの妖力だ。
惑鈴が首をかしげる。リリンッと髪に連なる鈴が幾重にも鳴り響く。
直後、折笠の目の前で狐たちの式場が小川のせせらぎの聞こえる湿地に変わった。
折笠はすかさず足で地面を擦る。地面の感触は湿地ではない。先ほどまでの式場と同じ感触だ。視界に作用する幻を作る能力だろう。
惑鈴の主の陰陽師が周囲の仲間を激励する。
「式を使え! 態勢を立て直すぞ!」
陰陽師たちが一斉に式を出現させていく。数の利を取るつもりだろう。
折笠たちは数が少なく、攻撃面で参加できるのは折笠と月ノ輪童子、塵塚怪王くらい。白狩は妖狐たちの救助と避難を行っている。
奇襲で後手に回っただけで、立て直せれば折笠たちも含めて撃破可能。そう考えたのだ。
――大間違いだ。
「出番だ、妖狐のみんな!」
折笠が呼び掛けた瞬間、陰陽師たちが倍以上に増えた。
惑鈴の主を含め、陰陽師たちは何が起きたのかをすぐに理解した。
妖狐が陰陽師に化けて攪乱を図っている。
だが、妖狐の討伐準備をしてきた陰陽師だ。この程度の事態は事前に想定している。
変化を見抜く術を使用する陰陽師たちは無数に飛び交うキタキチョウを見て判断を迷う。
看破ではなく、攻撃か防御をするべきではないのかと。
なぜなら、妖狐ではない敵が変わらずいるのだから。
「はーい、ご注目!」
パンっと手を打ち鳴らして、折笠は目を惹く紅い野点傘の上に立つ。
陰陽師たちに、注目するかしないか、注目して何をするか、選択を強要する。
式は自立した行動をとらない。陰陽師が指示を出しあぐねれば無防備に佇むだけだ。
月ノ輪童子が走り抜け、すれ違いざまに式を斬り刻んでいく。
塵塚怪王が陰陽術を発動し、陰陽師ごと式を吹き飛ばしていく。
いち早く迷い蝶に対処しようとした陰陽師がサトリに見抜かれ、大泥渡による対陰陽師術でなすすべなく狩られていく。
折笠も派手な柄の大唐傘で暴れながら、肩に留まる黒蝶と言葉を交わす。
「おかしいよな?」
「手応えがなさすぎるね」
黒蝶も同じ感想を抱いているらしい。
奇襲が成功したのは大きい。だが、いくら奇襲とはいえ陰陽師たちの動きが鈍すぎる。
東京にいて京都を目指しているはずの折笠たちが参戦してくると予想していなかったのもあるだろう。それでも、陰陽師が揃いも揃って打開策の一つもないのは妙だ。
「嫌な予感がする。折笠君、ほどほどに切り上げて撤退した方がいいと思う」
「そうしたいのは山々だけど」
形勢が完全にこちらに傾いているせいで、妖狐たちが敵討ちに燃えている。儀式を台無しにされ、仲間の妖狐を多数殺され、頭に血が上ってしまっている。
撤退どころか、陰陽師を地の果てまで追撃しそうだ。
伏兵でも潜ませているのだろうか。それにしては陰陽師の被害が甚大だ。
「ちりちゃんが惑鈴を倒してくれたよ」
別の式を倒して妖核を拾った折笠は、黒蝶の報告を聞いて周囲を見回す。
湿地だった景色が元の狐の式場に戻っていく。倒した陰陽師はそのまま地に伏せており、幻覚を相手にしたわけではないようだ。
景色が戻ったことで一瞬我に返った妖狐たちに折笠は呼び掛ける。
「目的は避難誘導だ! 負傷者も多い。ここらで引き揚げよう! 陰陽師の打倒は後回し! 深追いするな!」
「よそ者は黙っておれ!」
興奮状態の妖狐の一匹が折笠に反発し、牙を剥く。邪魔をするなら折笠も殺すと言わんばかりだ。
折笠は取り合わず、白狩を探して声をかける。
「白狩! 目的を見失うな!」
「分かってんのさ、そんなことは!」
白狩の抑えきれない怒りが狐火となって燃え上がる。
妖狐たちがバラバラに陰陽師へ襲い掛かっていく。怪我をしている者まで攻撃に加わって、統制が取れていない。
月ノ輪童子と塵塚怪王が折笠の横に戻ってきて、各々の武器を構える。
「唐傘の、これは妙じゃ」
「陰陽師の様子もおかしく思えます」
すでに式を含めてかなりの損害が出ている陰陽師まで好戦的に妖狐と戦っている。だが、陰陽師側も統制が取れているようには見えない。
戦闘というよりも、これでは暴動だ。作戦も目標もなく、ただ闘争本能だけで向かい合っている。
大泥渡が折笠の後ろに立ち、その肩に乗るサトリが口を開く。
「おい、ずっと心を読んでンだがよ。惑鈴とかいう式が出たあたりから、一気に闘争本能が膨れ上がったぜ。なんかの術じゃねぇか?」
「術?」
陰陽術に詳しい大泥渡や塵塚怪王が見抜けない何かを仕掛けられた。
あの瞬間、式が大量に召喚された。そのどれかが術を発動したのなら辻褄は合うが、陰陽師まで術中にハマっているのがおかしい。
「折笠君、墨衛門が話してた半妖の話、覚えてる?」
「瞬間移動できるイジコと――感情を操る面霊気」
折笠は開いた野点傘を出現させて傘の上に飛び乗り、戦場を見回す。
狐の式場の端、松の枝に場違いな籠、イジコがぶら下がっている。そのイジコから手だけが出て、瘦女の能面を掲げていた。
能面の視線の先にいる陰陽師や妖狐がひと際荒れ狂っている。
「あれか」
折笠は素早く唐傘を投擲する。
掲げられていた能面を唐傘が打ち砕き、戦場に一瞬の沈黙が落ちた。
「――撤退しろ!」
折笠が声を張り上げると、妖狐たちが獣の姿を取って一斉に霊道の出口へ走る。遅れて反応した陰陽師たちは妖狐を追いかけず、その場で陣形を整え始めた。
陣形の中心にいる太縁眼鏡の陰陽師が松の枝を見た。
松の枝に、すでに面霊気やイジコの姿はない。
悔しそうに歯噛みした太縁眼鏡の陰陽師が折笠へ視線を向ける。何が起きているのか分からない。そんな表情だ。
折笠は目くらましに唐傘をばらまいて、妖狐たちの殿を務めて徐々に下がる。
陰陽師たちは追撃してこなかった。
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