第十三話 式場の戦い

 白狩の決断は早かった。


「儀式を中止! 式場へ救援に向かう!」


 花嫁行列の妖狐たちが一斉に変化を解き、獣の姿になって走り出す。よどみのないその動きは、この時が来ると予想していたからなのだろう。

 そんな妖狐たちより早く、折笠は駆け出していた。

 直後に続いた月ノ輪童子が笑う。


「よい決断じゃ、唐傘の」

「大泥渡君とサトリは白狩たちと歩調を合わせてきてくれ! 現地で陰陽師が結界を張って拒んでいる可能性が高い!」

「分かった!」

「一丸となった連中の心の声っては気持ちィなァ! 気分がいいからのってやんよ!」


 折笠が大泥渡とサトリに指示を出す最中、黒蝶が塵塚怪王に指示する。


「ちりちゃんは私たちと一緒に乗り込むよ。陰陽師の妨害を全部排除して!」

「承知いたしました」

「では、我は塵塚怪王を守るとしようか」


 月ノ輪童子が塵塚怪王の正面へ移動し、刀を抜く。

 警備の狐たちが異変に気付いて続々と合流してくる中、警備のまとめ役で要所を固めていた枚衛門が折笠に合流した。


「何事か!?」

「式場を直接襲われた」

「複雑な入り方をする霊道です。陰陽師といえど、やすやすと入れるものでは――いや、現実を見るべきですか」

「後ろの白狩と合流して指示を仰いでくれ。他の警備の妖狐も合流してる。まとめ役を果たしてくれ」

「ご武運を」


 枚衛門が後方の白狩に合流し、背後で妖狐たちの布陣が整えられていく。その間に妖狐たちを引き離した折笠は事前に教わっていた霊道への入り方を実践する。


「手つかず山に、足四つ――」


 手毬歌を歌いながら、柏手を打つ。大正時代に妖狐たちが作ったという手毬歌は知る者が限られる。

 今回の狐の嫁入りが無事に済めば、折笠たちに知られたこの手毬歌を変える予定だと枚衛門が言っていた。過去にも、同様に変更が加えられていたらしい。

 パスワードの定期的な変更は大事だと、益体もない言葉がちらりと浮かぶ。


 手毬歌を歌い終えると同時に景色が変わり、折笠は唖然とした。

 すべてが凍っている。

 紅白幕も、宴席も。太陽のように大きく花開いた向日葵とその横の夕顔も。

 すべてが踏みにじられている。

 見守ってきた新米の野狐が夫婦になるその時を待ちわびていた参列の妖狐たちが。


「……意外と早かったですね」


 五十代の男が折笠に気付いて、持っていた妖狐の死体を後ろに放り投げる。

 喪服のように真っ黒な私服。妖狐の死体を汚らしいモノとして扱い、ウェットティッシュで手を拭く。

 ――この場に似つかわしくない、敵。


「意外と弱く、応援は必要なかっ――」

「救助最優先! 俺が攻撃を食い止める!」


 折笠が指示を出すと、霊道に入ったばかりの月ノ輪童子と塵塚怪王が動き出す。

 二体の古い妖怪を見て、黒ずくめの男が目を細める。


「あぁ、そうか。紛らわしい」


 男が右脚で踏み切り、右腕で空を薙ぐ。

 次の瞬間、音が消えた。


「――痛っ」


 折笠は思わず発した自分の声が聞こえなかったことに愕然として耳を押さえた。

 感覚がない。耳を押さえた感覚がない。

 黒づくめの男が呆れたような顔で何かを言っている。口が動いているのは分かるが、折笠の耳には何も聞こえない。


 音が聞こえない。そう気づいた折笠はすぐに月ノ輪童子と塵塚怪王の前に展開が間に合った唐傘を見る。

 唐傘は無事。月ノ輪童子も塵塚怪王も耳を気にするそぶりはない。自分以外の防御は間に合った。

 黒づくめの男が呆れたのは、折笠自身よりも味方の安全を真っ先に確保したことなのだろう。

 状況を認識して、折笠は笑う。


「守れるなら勝てる」


 黒づくめの男が驚愕し目を見張る。

 無数に出現した唐傘が霊道を埋め尽くし、唐傘が作る死角を縫って、霊道入りした白狩を始めとする妖狐たちが駆け抜ける。

 折笠たちの勝利条件はこの場で陰陽師を全滅させることではない。

 一匹でも多くの妖狐たちを避難させる。それが勝利条件だ。

 相手の攻撃を防ぎきれると分かったなら、勝利は確定する。


 黒づくめの男が片手をあげて他の陰陽師の注目を集める。何か指示を飛ばす前に、折笠は唐傘を投げつける。

 折笠を警戒して視界の端で捉えていたのか、黒づくめの男は慌てて横に跳び退く。男を掠めるように全長五メートルの唐傘が地面と平行に飛び、唐突に開く。

 黒づくめの男と他の陰陽師を分断するように、半径五メートルの唐傘が展開された。


 折笠の狙いに気付いた黒づくめの男が右手で何かの印を切りながら、左手で文様が焼き付けられたコルクコースターを取り出す。その左手に、月ノ輪童子の刀が閃いた。

 激痛に顔を歪めながらも、黒づくめの男が右手の印を折笠に向け、一拍置いて驚愕し、塵塚怪王を見る。


 塵塚怪王に何かを言っている黒づくめの男の顎を長大な唐傘の先で殴りつけ、折笠は右足を軸に一回転しながら唐傘を開く。

 殴り飛ばされた黒づくめの男が開いていく長大な唐傘が巻き起こす強風に吹き飛ばされて地面を転がる。


「……おっ、聞こえる」


 黒づくめの男が地面を転がる派手な音を聞きつけて、折笠は驚いた。


「鼓膜が破れたんじゃなくて、ただの術か」

「破れたかもしれないのに動揺しない折笠君は自分を心配することを覚えなさい」


 黒蝶に叱られて、折笠は口を閉ざして肩を落とした。


「でも、勝ったし……」

「そうじゃないよね?」

「ごめんなさい!」

「よろしい。じゃあ、次をぶちのめそう!」

「よし、やってやらぁ!」


 折笠が黒づくめの男を相手している間に黒蝶は他の陰陽師の位置を把握していたらしい。標的を示すように色とりどりの蝶が舞う。


「モンシロチョウのいる場所から順に倒して」

「オッケー!」

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