第十二話 狐の嫁入り

 銃の発砲音が聞こえた気がして、折笠は山の麓に目を向ける。雑木林が邪魔で何も見えない。

 畑を荒らしたりする鳥獣を追い払うにしては時間が遅い。

 なにより、いまだに発砲音が途切れない。


「なんだ?」


 異常事態なのは分かる。護衛を任されている以上、放置もできない。

 折笠が慎重に音の方へ歩き出そうとした瞬間、目の前に白狩が立った。


「気にしなくていい。あたしが呼んだ援軍だ」

「そうなのか?」


 発砲音を真似する妖怪は色々いる。天狗も音真似をするし、宮城県のセコッポなども真似をする。


「白狩って顔が広いんだな」

「褒められたもんでもないさ。化けるだけで何にだってなれるんだ。顔が広くもなる」


 霊道の出口周辺の安全確認を終え、折笠たちは霊道から出てくる花嫁行列を待った。

 先ほどから降り始めた天気雨がしとしとと森の緑を濡らしている。月明かりだけでは心もとない足元がぬかるんだことでなおさら歩きにくい。


 霊道から狐面を被った男女が現れ、狐火を灯した。青白い狐火を左右に漂わせ、男女は赤い提灯を掲げる。

 続いて、輿を担ぐ狐面の男たちが現れた。それに折笠が提供した赤い唐傘を差しかける狐面の女衆。

 輿は簾が降りておらず、誰が乗っているのか見えている。

 雌狐だ。二又の尾は先へ行くほど白くなっていく。霊道を抜けた直後、若い女の姿となった。白無垢を着て、静かに微笑むその姿が今宵本来の慶事を物語る。

 笙や小鼓を鳴らす楽団が輿の後に続いて霊道から出てきた。


 花嫁行列が出発する。

 少し時間をずらして霊道から黒蝶と塵塚怪王が出てくる。


「始まりだね」

「花嫁の防御は?」

「ばっちり」


 黒蝶が妖力で作った迷い蝶に加えて、塵塚怪王が護符を渡す手筈になっていた。


「花嫁ちゃんとお相手の馴れ初めも聞いたよ」

「へぇ。どんな?」

「そこは道中にね。遅れちゃだめだよ。行こう」


 黒蝶に促されて、折笠も花嫁行列の側面、道路がある方を護衛するために歩き出す。

 黒蝶はすでに花嫁と仲良くなったらしく、かなり突っ込んだことも話していた。


「お相手は、妖狐になる前、生まれて一年経った頃に出会ったんだって」


 花嫁は鳶に襲われて右後ろ脚を怪我してしまい、後遺症で走るのが苦手だった。主に虫を主食にしていたが、いつもお腹を空かせていた。

 冬が迫り、虫がいなくなってくると花嫁は焦り始める。もう餓死を免れないと。

 そんな時、花嫁は道路で車に轢かれた花婿を見つけた。左後ろ足を怪我して動けなくなっていたのだ。

 自身も餓死が近いと焦っている中、足手まといを介抱しても共倒れになる。それをわかっていても、見捨てられなかった。


「親近感だねぇ。ただ、それが結果的に、後遺症を抱えた二匹が生き残る形になったんだって」


 二匹は互いの怪我をかばい合いながら連携して狩りをしていくことを覚え、森で暮らした。

 本来群れないはずの狐が一年を通して一緒に過ごしている。おしどり夫婦の狐として、この地の妖狐たちが微笑ましく応援していた。


 そして、応援していたのは妖狐だけではなかった。

 その姿を見たごく一部の人間はおしどり狐を見守り、寿命で花嫁狐が死んで妖狐になった後、残された花婿狐が狩りをできなくなったのを不憫に思って秘かに餌を与えた。

 後を追うように花婿狐が寿命を迎えて妖狐になった今も、花婿狐は人間に感謝しているという。

 黒蝶が花嫁行列を見る。


「だから、輿入れのこの日に陰陽師と戦うのが辛いって」

「それで花婿の方も陰陽師との争いに及び腰なのか」


 単純に、ハレの日に血を流したくないというのもあるだろうが、すでに天狐を始めとして被害が出てしまっている。


「簡単には割り切れないか。難しい話だな」

「全然難しくないよ。浦島太郎の亀みたいなものだよ」


 黒蝶が持ち出した喩えの意味が分からず、折笠は少し考える。

 そんな折笠を見て、黒蝶が補足した。


「浦島太郎の亀だって、いじめっ子と浦島太郎の区別をつけてたでしょ。いじめっ子は竜宮城に連れて行かなかった。それと同じ。区別しないとダメだよって、花嫁ちゃんに言っておいた」


 人間だからと一緒くたにせず、陰陽師と餌をくれた人たちは分けて考えるべき。

 折笠だって、陰陽師に命を狙われても人間に襲い掛かったりはしない。妖怪が相手でも同じだ。

 そこまで考えてふと思う。


「陰陽師連中にもぶっ刺さってない?」

「あれは亀じゃなくていじめっ子の方だから」

「改心しないと思ってるわけだ。まぁ、同感だけど」


 折笠は背後を振り返る。

 いつの間にか銃声が止んでいる。

 花嫁行列の行く先へ目を向けた折笠は、森に溶け込む黒い唐傘を左手に作り出す。


「黒蝶さん」

「分かった」


 呼びかけ一つで意図を察した黒蝶がクロアゲハの姿となって折笠の肩に留まった。

 折笠は近くにいた白狩に声をかける。


「白狩も気付いたよな? 人払いの結界が張り直された。仕掛けて来るぞ」

「気付いているさ。警備からの連絡はない。まだ動かないでおくれ」


 もどかしいが、まともな戦力が少ない以上は迂闊に動かせない。各個撃破を白狩は怖れている。

 だが、事態は予想を上回る早さで動いていた。

 花嫁行列の行き先から、全速力で妖狐が駆けてくる。息を切らして白狩の下へ駆け寄ったのは黒い三又の妖狐だ。

 黒い妖狐が息を整える間もなく肺の中身をすべて吐き出す勢いで叫ぶ。


「――式場が陰陽師に襲撃された!」

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