第十一話 番外戦術

 儀式の開始まで英気を養ってほしいと客室に案内された折笠は黒蝶たちと机を囲んだ。


「あの反応、枚衛門たちはケサランパサランの事を知ってるね」


 どんな交流があるかまでは不明だが、少なくとも連絡は取れるのだろう。

 折笠と黒蝶の夢や蝶姫についての説明をしたが、枚衛門はケサランパサランについては一切確約しなかった。

 だが、あの様子ならこの付近にケサランパサランが住んでいることは間違いない。信用を得れば、紹介してもらえると期待したい。


「役割としては、俺が警備の妖狐と合流して塵塚怪王と大泥渡君の結界で保護、黒蝶さんが敵を攪乱、月ノ輪童子は接近してくる敵の迎撃かな」


 儀式の開始は夜八時から。それまでに可能な限り作戦を詰めようと折笠は黒蝶たちの意見を取り入れつつ話を進めていく。

 黒蝶が月ノ輪童子に質問する。


「警備の妖狐は戦闘に不慣れって話だったけど、実際のところどれくらい戦えるんだろうね?」


 模擬戦で実力を測るような時間もなかったため、妖狐たちの実力は未知数だ。陰陽師と接敵して一分と経たずに倒されてしまうようでは折笠たちは間に合わない。

 月ノ輪童子は刀の手入れをしながら答えた。


「妖狐の戦闘力はピンからキリまでじゃ。狸妖怪と違って集団変化はできず小規模な変化が多い。じゃが、変化の完成度は狸妖怪よりもはるかに上じゃ」

「変化だけじゃ勝てないでしょ?」


 狐の嫁入りを襲撃しようとしている陰陽師たちが変化への対策を怠っているはずがない。

 いくら変化が上手くても決定打にはならないだろう。


「勝てなくともよかろう。我らが到着するまで凌げればよい」


 月ノ輪童子はそう言いつつも期待するような笑みを浮かべた。


「もっとも、愛嬌の狸と違って狐共は狡猾じゃ」



 狐妖怪を相手にする際に、陰陽師が徹底しなければならないこと。その一つが不意打ちである。

 狐妖怪に時間を与えてはいけない。狸妖怪と違い、狐妖怪は盤外戦術を使ってくるからだ。

 急速に迫ってくるパトカーのサイレンと打ち上がるいくつもの花火。

 蓑氏は久慈川の河原で不快感に顔を歪ませる。


「今度は何だね?」

「山の近くに見知らぬ集団がたむろしているとの通報で警察が来ました。無許可の花火打ち上げで近所の目もこちらに向いています」


 苦々しい顔をして蓑氏の分家、麻布家の長が報告する。

 妖狐の仕業だ。

 狐の嫁入りを妨害するために集まった陰陽師が人払いの結界を張るのを見越して、結界を無効化しようとしている。明確な目的を持って向かってくる人間には人払いの結界は効果が薄くなる特性を突いているのだ。

 先ほどは差し入れの名目で出前がいくつも届けられた。わざわざ料金先払いなのもあって出前をする店も怪しまなかったらしい。

 おちょくられている。


 しかも、現場に入ってくる一般人を遠ざけるために分散した陰陽師が時々連絡を絶っている。各個撃破されたのだ。

 陰陽師に化けてこちらを探ろうとした妖狐も発見した。一匹いれば他にいるかもしれないと調査するしかないため、陰陽師全員を照魔鏡の術で鑑別する手間を掛けさせられた。


「キリがありませんよ、ご当主」

「奴らの儀式が始まるまで辛抱しなさい」


 対処は面倒だが、所詮は悪あがきだ。儀式が始まれば、一気に攻勢に移れる。

 蓑氏は差し入れとして届いたキツネ蕎麦を指さした。


「それよりも、あれを片付けなさい。私は蕎麦アレルギーなんです」

「エビじゃありませんでしたっけ?」

「エビもです」

「なら、あっちの天ぷらそばも片づけますね」

「……狐に私のアレルギーを漏らした者がいるのか」

「いえ、多分偶然ですよ」


 麻布が蕎麦を持ってワンボックスカーへ向かう。

 麻布の背中から山へと目を向けて、蓑氏は目つきを鋭くした。


「そろそろ、実力行使に出てきそうなものですが」


 蓑氏がここにいるのは救援要請を受けたからだ。

 もともと、妖狐退治に来た陰陽師の集団が二十人。六人が消息を絶っている。そこに蓑氏が連れてきた本家と分家の戦力が三十七人。狐の嫌がらせもあって消息を絶った分家の新米が別に四人。

 現状で五十一人の陰陽師が揃っている。分家の新米が妖狐にかどわかされているため、戦力は伝わっているはずだ。

 それでも逃げ出す様子がないとなると、撃退する算段があるか、儀式を遂行しなければならない理由があるか。


「保険はかけておきますか」


 スマホを取り出した蓑氏は知り合いの陰陽師に連絡する。定期交流会で挨拶する程度の仲だが、妖怪退治に積極的な古家だ。


「えぇ、念には念をと思いまして。妖核は半分をお渡ししますよ。それほど力のある妖怪はいないようですが、数だけは多い。討ち漏らさないようにしたいんです」


 電話の向こうは静かだ。古家ながら京都で唐笠お化けの半妖を待ち構えるような陰陽師の本懐を忘れた輩とは違う。突発的な騒動に即座に対応できるよう、自宅で待機していたのだろう。


「……半妖を? いえ、かまいません。では、よろしくお願いします」


 応援を寄こしてもらう約束を取り付けて、蓑氏は通話を切る。その時、スマホの画面に水滴が一つ、落ちてきた。

 空を見上げる。満ちてきた月が美しく輝き、夏の大三角が雄大に広がっている。雲一つない。


「始まりましたね」


 天気雨。狐の嫁入りの始まり。

 蓑氏は集まった陰陽師たちを見回し、作戦開始を告げる。


「まずは花嫁行列を――」


 襲撃せよ、と言い切る前に七台もの黒塗りの高級車が猛スピードでやってきた。


「てめぇらか! 密売してる他所モンってぇのは!?」

「他人ン縄張りシマで商売してんじゃねぇぞ!?」

「ブツを出せ! てめぇらから買ったってブツを届けた正直モンがいるんだ! 隠し立てしたらただじゃおかねぇぞ!」


 車から続々通りてくる陰陽師とは毛色の違う裏の者たちに、蓑氏は盛大なタメ息をついた。


「……やってくれたな、狐共め」

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