第十五話 撤退先
夜の山中を全力で駆ける。
「急げ! 陰陽師はともかく、イジコと面霊気がまだ残ってる!」
白狩が仲間を叱咤し折笠を振り返った。
折笠は後方を警戒しつつ、白狩に頷き返す。このまま最後尾を任せてもらって構わない。
肩に留まる黒蝶が話しかけてきた。
「イジコと面霊気、陰陽師にとっても敵みたいだね」
「気付いたか? 妖狐が倒した式の妖核がいくつか消えていた」
「盗まれた?」
「大混乱してたから、誰かが蹴飛ばしただけだと思いたいな」
イジコが盗むところを目撃してはいない。だが、おそらくは妖核を狙ってあの場に現れ、陰陽師と妖狐を潰し合わせた。
古家の陰陽師が京都に集まった今なら、手薄になった地方で妖核を集めてもバレにくい。
陰陽師の第三勢力が半妖を使って高天原参りをしている可能性が濃厚になった。
先頭を行く白狩が霊道へ飛び込み、妖狐たちが後に続く。折笠たちは周囲を警戒し、陰陽師やイジコに尾行されていないか闇夜に目を凝らした。
イジコの瞬間移動が厄介だ。籠そのものは赤ん坊が入れるほどには大きく目立つのだが、瞬間移動で死角へ逃げられると気付けない。
何かの術を発動してイジコを警戒する塵塚怪王が折笠に声をかける。
「主様、イジコを相手に山中での戦いは危険が伴います。平野へ誘い出し、二次元的な移動を強制するのが正攻法と愚考いたします」
「ここは逃げの一択ってことね。同感だよ」
「霊道に引きずり込んで、周辺一帯を巻き込む大規模攻撃という手もあるぜ?」
大泥渡の意見に、折笠は苦い顔をする。妖狐たちが避難している霊道で大規模攻撃は現実的ではない。大泥渡もそれを分かっているだろう。
「陰陽師ならやるよな」
「そういうこと。霊道に入ってものんびりするのは悪手だぞ。一応、この霊道入り口に結界を張っておく。間に合わせだからすぐに破られるだろうし、期待はすんなよ」
「頼んだ。塵塚怪王は先に中に入って、白狩たちにこのことを伝えて、次の避難先を考えてもらってくれ」
塵塚怪王を霊道の中に送り、折笠は月ノ輪童子と共に結界の準備をする大泥渡を護衛する。
刀を抜いたままの月ノ輪童子は来た道に目を凝らして陰陽師の追手を探しつつ口を開く。
「唐傘の、ケサランパサランはどうするんじゃ?」
「気がかりではあるけど、下手な接触をして陰陽師を招き入れる形にならないか心配だ」
「サトリ、陰陽師はどこまで情報を握っておる?」
「ケサランパサランを意識している陰陽師はいなかった。イジコや面霊気は心を読めなかった」
サトリが不満そうに言う。
イジコたちの心が読めれば何を狙って動いているのか、仲間はいるのかなど様々な情報が手に入ったはずだ。
黒蝶が口を挟んだ。
「イジコたちにサトリがいるって知られていたのかも」
「ありえないとは言えないけど、これ以上は考えるだけ無駄だな。後は白狩たちの方針を聞いてからだよ」
折笠が話を打ち切った時、大泥渡が清めの塩を撒いて結界を完成させた。
折笠たちは一斉に霊道へ入る。霊道では妖狐たちが負傷者の手当てに追われていた。
白狩を伴って塵塚怪王が歩いてくる。
「主様、妖狐どもの被害は甚大です。花婿の妖狐を含め負傷者が二十ほど、死者はおそらく四十以上とみられ、現在まともに戦える者は白狩を含め三十ほどです。しかしながら、士気は非常に高いようです」
塵塚怪王が言う通り、士気はかなりの高さだ。というより、陰陽師に対しての恨みが爆発している。
人間を信じていたのに裏切られた、そんな気持ちなのだろう。自分たちからは手を出していないのに一方的な襲撃でハレの日を台無しにされたのも大きい。
ただ、現状で陰陽師との戦争は得策ではない。負傷者の看護や護衛に手を割くことを考えると、戦闘に参加できるのは十名ちょっと。イジコや面霊気の横槍もある。
折笠の肩から黒蝶が下りて人の姿に戻る。
「白狩たちはどうするの? 私たちは撤退しかないと思うし、戦うつもりなら一抜けるよ」
戦力としては考えるなと釘を刺す黒蝶に、白狩が静かに頷いた。戦況の厳しさは白狩も理解しているのだろう。
「あたしも撤退するつもりさ。血気盛んな若狐は全員どやしつけて言うことを聞かせる」
言うことを聞かない者は見捨てる覚悟だとも語り、白狩は北を指さした。
「この霊道を抜けてさらに北へいくつかの霊道を抜けるとゴンボ衆という妖狐たちの集落がある」
「コンボ?」
大泥渡が不思議そうに聞き返したので、折笠が答える。
「ゴンボだよ。東北訛りで短い尻尾を言うんだ。ゴンボ狐とかゴンボ猫とか」
「うちの神社にもよくゴンボ猫が来てたなぁ」
黒蝶が懐かしそうにつぶやいた。
白狩が大泥渡と塵塚怪王の反応を見てどこかほっとしたような顔をする。
「陰陽師にはあまり知られていないようだね。ゴンボ衆は東北の妖狐に何かがあった際に助けてくれる用心棒集団さ。今回の件を全国の妖狐に拡散する上でも力になってくれる」
「腕が立つわけだ。分かった。そこまで護衛しよう」
「いや、護衛は必要ないよ」
白狩が首を振り、改まって折笠たちに頭を下げた。
「この地にいるケサランパサランの下に案内する。陰陽師の手が及ぶ前にあの方を避難させなきゃならんからね。手を貸してほしい」
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