第三話 夢の続き
燃える屋敷。
山と積まれた陰陽師の一族の首。
「――はっ、いまさら何を願う?」
そうなげやりに言う半妖の男へ、一歩、進む。
燃える屋敷を眺めていた半妖の男が何かに気付いて振り返った。
目が合う。それでももう一歩。
「どうした?」
半妖の男がこちらを見て問いかける。深い怒りを抱えながら、こちらを見る目には信頼があった。
「なんでお前が泣いてんだよ、カサ――」
「――お前が不甲斐ないからだ!」
正面から、半妖の男の顎へ拳を振り抜く。
傍らにいた柏巴の狸妖怪が口をあんぐり開いた。
たたらを踏んだ半妖の男がぎろりと鋭い視線をこちらに向ける。
「何のつもりだ、カサ」
「この報復には賛成だ。大賛成だ。お前がやらなくても俺がやってた。だが、これは通過点だろうが!」
右手に作り出した唐傘を陰陽師の首塚に投げ刺す。
動揺が対い蝶の郎党に広がっていく。
半妖の男が切った唇から滲む血を拭いながら郎党を見るが、動揺を収めようとしない。
不甲斐ない。こんな腑抜けではなかった。
こんな腑抜けのままではいけない。
「まだ高天原参りは終わってない! いまのこの郎党の頭はお前だ、腑抜けるんじゃねぇよ――喜作!」
屋敷の敷地全体へと広がる声。
動揺したままの対い蝶の郎党は口を閉ざし、静かに成り行きを見守っている。
半妖の男、喜作が動いた。太い腕が一瞬で距離を詰めてくる。
喜作に衿が掴み上げられる。中性的な喜作の顔が間近に来た。
「カサ、わけわからんこと言うな。姫は死んだ。この郎党は終わりだ。いまの頭なんか居やしねぇ。姫の願いを叶えるための郎党だ。対い蝶は姫のための郎党だろうが!」
「だから……それが腑抜けてんだよ! 喜作の願いはねぇのか!?」
強烈な頭突きを見舞う。喜作が仰け反った瞬間に、こちらから衿を掴み返して強引に引き付け、喜作の耳元でささやいた。
「姫の蘇生を願え。喜作が思いついたことにしろ。頭はお前だ」
力一杯に喜作を突き飛ばし、見下ろす。
これでもまだ腑抜けたままなら対い蝶の郎党はお終いだ。姫も浮かばれないだろう。
だが、喜作が立ち上がるなら。
地面に尻もちをついていた喜作が片膝を立てて額を押さえる。俯いたその表情は分からない。
「ははっ、カサが俺にこともあろうに頭突きとはなぁ……」
頭上を守る唐傘の半妖が味方の頭に頭突きをする。本来、ありえないことだ。
喜作が立ち上がる。こちらを見た顔は晴れ晴れとして、獰猛な笑みを浮かべていた。
「だが、カサのいう通りだ。確かに、俺の願いを叶えればいいんだ。なんで思いつかなかったんだ」
喜作が両手を叩く。
たちまち、周囲の妖怪、半妖たちが見えない何かに押し上げられた。
燃え盛る屋敷が眼下に置いて行かれる。立ち昇る火の手さえ、もはや遥か下。
一段高いところに立った喜作が困惑する対い蝶の郎党を見回す。
「俺が頭だ。異論は?」
「ない」
率先して応えると、喜作は自信あふれる笑みで両手を広げた。
「頭の俺の願いを叶える。異論は?」
「ない」
対い蝶の郎党でも古株の面々が応える。
動揺も困惑も治まりつつあった。
喜作が吼える。
「俺の願いは、蝶姫の復活! 蝶姫にうつし世に戻っていただく。すでに大掾氏は滅びた。最早、蝶姫を縛るものは何もない。今度こそ、蝶姫が幸せに生きられる人生を、俺たちが叶えるぞ! 異論はねぇよな!?」
答える声はもはや言葉として聞き取れなかった。
大音声が空気を震わせる。山に木霊し、迷うことなく統一された郎党の意思が戦意となって燃え上がる。
「カサ! 紅!」
「応!」
郎党全員に行き渡るよう、紅色の唐傘を出現させる。すべてに迷い蝶紋を描き出したその唐傘は一斉に空へと突き上げられた。
「いくぞ、者共!」
※
布団をはねのけて飛び起きた折笠は、高揚感で激しく脈動する胸を押さえる。
深呼吸して情報を整理する。
「そういうことか……」
蝶姫が処刑されたのち、対い蝶の郎党は高天原参りに成功する。何を願ったのか疑問だったが、蝶姫の復活は筋が通る。
蝶姫の傍らにいた半妖の男の名前も分かった。喜作だ。
そして、夢の視点がカサと呼ばれる唐傘お化けの半妖であることも判明した。
「黒蝶さんに話さないと」
戦国時代の高天原参りは成功したはずだ。つまり、蝶姫が生き返っている。
黒蝶が見る夢次第では時系列が曖昧になる恐れがある。
部屋を出ようとした折笠の目の前で襖が開かれる。
「――折笠君!」
飛び込んできたのは黒蝶だった。
寝間着姿で、慌ててきたのか右肩がはだけてしまっている。
咄嗟に視線を逸らそうとした折笠の両頬を黒蝶が両手で押さえて、顔を覗き込んできた。
「私の夢の視点、蝶姫じゃなかった!」
「……そっちもか」
折笠の返事に、黒蝶がこくこくと何度も頷いてから、首を傾げた。
「あれ? 折笠君も?」
「とりあえず、着替えてきて。目のやり場に困る」
折笠が指摘すると、黒蝶は初めて自分の状態に気づいたらしく、両腕で自らをかばうようにして身をかがめた。
「……えっち」
それだけ言って、黒蝶の姿が無数のクロアゲハに隠された。
瞬きする間に、廊下を蝶の群れが飛んでいく。
折笠は瞼の裏に焼き付いた白い肌を振り払う。
「不可抗力なのに……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます