第二話  アカエイ遊覧船 

 アカエイの背中には立派な宿が建っていた。

 しかし、宿よりも目を引くのは庭の景色だ。

 この世のものとは思えない、見たこともない庭木が植わっている。すべてが妖力で作り出されたものらしく、乗客の希望に合わせて変えることも可能とのこと。

 しっかりとカタログまで用意されているのには驚いた。


 アカエイは東京湾から太平洋沖に出ると、ゆっくりと北上していく。霊道を利用しながらの北上とのことで人間の目に留まる機会はほとんどないらしい。


「元々は妖怪が利用する客船、遊覧船といったところじゃ。釣りなどもできるぞ。そこらの海水溜まりが生簀になっとるんじゃ」


 アカエイは現代船に比べてやや遅い。暇を持て余す客向けに観光地化してあるのだろう。

 商魂たくましいな、と思うものの、料金がタコ焼き六人前と考えると格安な気もする。

 せっかくなので月ノ輪童子と共に釣り糸を垂れていると、黒蝶と塵塚怪王がやってきた。


「今晩はムニエルにしようよ」

「ここ最近は和食ばかりだったもんね」


 霊道の宿泊所や宿、東京狸会などで出てくる料理はどれも和食ばかりだった。味は良かったが、たまには別の物を食べたくなるのも人情というもの。

 月ノ輪童子が興味を示す。


「洋食か。我も久しく食うておらんな」

「スマホが圏外だったりしない? レシピ分かる?」

「霊道の中だからか今は圏外だけど、アカエイに乗る前に調べておいたから大丈夫だよ」

「宿の厨房を借り受ければ作れるわけだ。頑張って釣るよ」

「人数多いから頑張って」


 言っているそばから、折笠の釣り竿に反応があった。すぐに釣り竿を引くと、糸の先に小さな、それでいて特徴的な頭の魚がついていた。


「コバンザメ……」


 思わず足元を見る。これほど巨大なアカエイなら、付近を泳ぐコバンザメもさぞ多いだろう。

 月ノ輪童子が笑いながら折笠の肩を叩く。


「あたりじゃ。生き方が小ズルいと嫌われがちじゃが、コバンザメは意外と旨い」

「そうなのか? あまり旨そうに見えないけど」


 長く生きている月ノ輪童子が言うのならと、折笠は魚籠にコバンザメを放り込む。扱いが雑なのは期待値の裏返しだ。

 折笠の隣で黒蝶と塵塚怪王が一緒になって釣り糸を垂れた。


「餌は?」

「さっきそっちの浅い水たまりで蟹とかエビを捕まえたの。小っちゃいから餌に良いかなって」

「そっか。流石に作った蝶を餌にしないよな」

「やったことあるんだけど、食いつきが悪いんだよ。食べようかどうか魚が迷っちゃうから」


 試したことがあったのかと折笠は何とも言えず無表情になる。妖力で作る仮初の蝶なので疑似餌と言えなくもないが、何度もピンチを救ってくれた迷い蝶たちが餌にされるのは忍びない。


「大泥渡君とサトリはどうしてる?」

「宿の部屋にいるよ。無言の刻とかで」

「あぁ、縁起担ぎの奴か。続けるんだね」

「効果がある縁起担ぎだけは続けるって」


 今後は確実に他の陰陽師との戦闘になる。それを見越して修行しておこうという考えだろう。茂鳶家に呪いを掛けた影響で大泥渡も少なからず戦闘力が下がっているから、その埋め合わせもある。

 折笠は二尾目のコバンザメを魚籠に放り込んだ。


「ご神体は見せた?」

「見せたけど、やっぱり陰陽師でも開け方は分からないみたい」


 騒動の発端ともいえる、黒蝶の実家の神社のご神体。

 妖力で封じられている開かないご神体の桐箱は、天狗の無説坊曰く唐傘お化けに関係があるものだという。

 同時に、ケサランパサランが漂った翌日にご神体に興味を示すものが現れると地域の妖怪たちに言い伝えられていた。

 妖怪や半妖に開け方が分からずとも、陰陽師なら開けられるかも。そんな期待をしていたが駄目だったようだ。


 大泥渡と同じく陰陽術に精通している塵塚怪王が申し訳なさそうに首を振る。


「皆目見当がつきません。陰陽術による封印でないことだけは確かなのですが、開け方はもちろん、その存在についても大泥渡芳久ともども知りませんでした」


 無説坊と共に戦った際、陰陽師たちは唐傘お化けの半妖とご神体を接触させてはならないと必死になっていた。あの場の陰陽師たちにはご神体に関する何らかの情報があったのだ。

 あの大蛟に呑まれた陰陽師たちにもしも生き残りがいれば、サトリの読心で詳細が判明するかもしれない。

 そうでなくても、地元の陰陽師たちを襲撃していけば誰かしら知っている可能性はある。

 折笠は月ノ輪童子を見た。


「到着はいつになりそう?」

「潮の流れにもよるが、順調にいけば明後日じゃろ」


 月ノ輪童子が餌を取られた釣り竿を引き上げる横で、折笠は釣り上げたコバンザメを魚籠に入れる。

 月ノ輪童子が折笠の魚籠を覗き込みつつ質問する。


「着いてすぐに討ち入りをするんじゃろ?」

「いや、戦力が足りない」


 今回の標的は茂鳶家とは違って、強力な妖核を有する陰陽師の家だ。個々が弱く式すら使えない茂鳶家とは根本的に戦力が異なる。


「それに、せっかく主戦力が出雲に出払ってくれているんだ。いまのうちに地域の妖怪から参加者を募って戦力を増やしつつ、ケサランパサランの情報と標的にできそうな陰陽師についての情報を集めよう」


 四尾目のコバンザメを魚籠に入れる折笠を見て、月ノ輪童子はまたも餌だけ取られた釣り竿を持て余す。

 そんな折笠たちのそばで、黒蝶が立ち上がった。


「折笠君! ヘルプ! なんかデッカイのかかった!」

「海水だまりにそんなデカいのがいるはず――うわぁでっけぇ!?」


 一瞬底の方から一メートルを優に超える魚影が見えて、折笠は慌てて黒蝶の手伝いに回る。

 その間にも、折笠の釣り竿が引いていた。即座に塵塚怪王が折笠の代わりに釣り竿を引く。

 半妖二人が釣り上げているのを眺めて、月ノ輪童子は釣り竿の代わりに酒瓶を手に取った。


「旨い魚にありつければ、我はそれでいいんじゃ」

「いや、手伝えよ!?」

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