第三章 うつし世の夢
第一話 アカエイに乗船
「海だぁ!」
黒蝶が両手を突き上げてはしゃぎ、ニコニコと横で見守ろうとした塵塚怪王の後ろに回り込んでその両手を掴み、再び空へと手を突き上げる。
「ご唱和あれ、海だぁ!」
「う、海だぁ……!」
照れた顔ながらまんざらでもなさそうに塵塚怪王が黒蝶に続く。
折笠はそんな女性陣二人から視線を外して、後ろを見た。
大泥渡が砂浜で何やら奇怪なオブジェを作り上げている。丸みを帯びたドーム状の塔が二つ、その間に四本腕の男が胸筋を強調している像。そんなオブジェへとサトリが適当に貝殻を埋め込んでいく。
「芳久、この手の芸術って奴には自由な発想力が必要だ。お前のはまだ万人が想像できる範疇に留まってる。いいかァ? 芸術は爆発だ!」
「……花火を持たせるか」
「はっちゃけろって意味だっつーの。お天道様を見てみろよ。毎日毎日、爆発の皆勤賞だぜ?」
「確かにすげぇな」
「すげェだろ。輝いて見えるのはあの生き様が成せる美だ」
なんだあの会話、と思いつつ、折笠は海を見る。
葛西臨海公園。東京湾に面する水族館や海水浴場を含む都立公園だ。
付近に人はいない。時刻は午後十時を回って辺りは暗い。真っ暗と言っていいほどだが、大泥渡と塵塚怪王が陰陽術で照らしてくれているため、折笠たちは浜辺を独占していた。
折笠は隣で海を眺めつつスルメイカを齧る月ノ輪童子に声をかける。
「そろそろ来るか?」
「さて、どうじゃろ。波は良いように見えるが、我もあまり利用したことがない故な」
折笠たちが待っているのはアカエイと呼ばれる妖怪だ。
陸地と見間違うほど巨大なエイの妖怪であり、日本列島周辺を巡回している。古来から妖怪や半妖の交通手段を担い、決められた場所の近くを通る際には陸地に身を寄せて乗り込む者を待ってくれるらしい。
古いアカエイほど巨大となり、中にはリゾート地顔負けの施設を背に作っているアカエイもいるほどだとか。
「お、来おったな」
月ノ輪童子が食べかけのスルメイカを折笠に押し付けて海辺に歩み寄る。
「アカエイ、アカエイ! 常陸の国まで乗せてくれい!」
月ノ輪童子が海に呼び掛けると、打ち寄せる波が割れて陸地が姿を見せた。
「でっか……」
折笠が思わず呟くほど、アカエイは大きかった。周囲が暗くて全容が掴めないほどの大きさだ。
しかし、次の瞬間には巨大な陸地の姿が掻き消え、波間に相撲取りのような大男が立っていた。
「ヒトの世にいう、タコ焼きなるモノ、所望する……」
大男のアカエイが運賃を要求する。
呼び止めた月ノ輪童子ではなく半妖の折笠を見つめていた。妖怪相手の商売ではどうしても人の食べ物は手に入りにくい。この機会に是非とも食したいのだと、目で訴えかけてくる。
「えっと、何人前?」
相撲取りのような体型もあって、折笠は質問する。しかし、一人前がどれくらいの量なのかも分からないアカエイには難しい質問だった。
アカエイが虚を突かれたような顔をした後、あたふたと指折り数え、首を傾げ、助けを求めるように月ノ輪童子を見た。
月ノ輪童子は愉快そうに笑いながら、折笠を振り返る。
「乗客の数、六人前を買ってくればよいじゃろ。ついでに我も食うてみたい」
「オッケー。他にタコ焼きいる人ー?」
「欲っしい、欲っしい、タコ焼き、欲っしい!」
「黒蝶は欲しい、と」
食べてみたいけれど主人に要求するのは遠慮すべきか、と悩んでいる様子の塵塚怪王も勘定に入れて、大泥渡を見る。
大泥渡はいらないらしい。サトリも同様だ。
折笠はスマホでチェーン店のタコ焼きを検索して、全力で走った。流石にタコ焼き器や材料を買ってきて焼くのは面倒だ。
予備も含めて十一人前を購入する折笠に、タコ焼きを焼いていた店主が思わず二度見する。
「タコパでもするの?」
「突発的にそんな流れになりまして」
「粉ものだから、結構お腹に溜っちゃうんだよ。大丈夫?」
「大丈夫っす」
「運動部か? 頑張れよ!」
折笠を高校の運動部、食べ盛りだと思った店主が応援してくれる。
これから東北の陰陽師をぶっ潰しに行くタイプの運動部だが、折笠は当然、真実を口にしない。
タコ焼きを買って冷めない内にと熱帯夜を走って帰ってきた折笠は、アカエイにタコ焼きを渡した。
「ふーむ。タコとは、タコではないのか? なんだ?」
丸い物体を前に不思議そうな顔をしながら、アカエイがタコ焼きを一つ食べる。
「うまーい!」
分かりやすいがオーバーリアクションで感想を言って、アカエイが六人前のタコ焼きを味わう横で、黒蝶と塵塚怪王がタコ焼きを食べ始める。
「海に来たらやっぱりジャンクフードだよねぇ」
「
「ちりちゃんのことじゃないよ!?」
一瞬絶望しかけた塵塚怪王を黒蝶が慌ててジャンクフードの説明をする。
そんなやり取りを横目で眺めていつでもフォローできるように身構えつつ、折笠は最後の一舟となったタコ焼きを手に大泥渡に歩み寄る。
「一口食うか?」
「いいのか?」
「友達との思い出作りは大事だしな。サトリもいるだろ?」
「けっ、周りばっかり見てやがってよ。感謝して食ってやんよ」
憎まれ口を叩くサトリと大泥渡に最後の一舟を渡して、折笠はアカエイの下へ向かう。
「それで、乗せてくれるか?」
「乗るがいい。帰りにも乗るなら、鯛焼きなるものを」
「鯛焼きには鯛が入ってないけど、大丈夫?」
「……何が入っているんだ?」
逆に興味をそそられたらしい。
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