第二十九話 次の行き先
高天原参りの詳細な歴史と儀式の方法を語り終えたサトリが話し疲れた様子で首を回す。
「とまぁ、唐傘の、お前が陰陽師から蛇蝎の如く嫌われてんのは、高天原参りとの関連ワードとしてトラウマを呼び起こすからだろう。あながち無関係ってわけでもなさそうだしなァ?」
心が読めるサトリには折笠と黒蝶が見ている夢の一部も伝わっているのだろう。
塵塚怪王が不快そうに眉をピクリと動かした。
しかし、ここで喧嘩を始めても時間を浪費するだけだと理解しているのだろう。塵塚怪王は怒りを払うように首を振って、口を開く。
「辻褄は合っているように聞こえます。私が屋敷で半ば封印状態だった頃にも聞き覚えのある話が混ざっておりました」
「私もサトリの話は疑ってないよ」
塵塚怪王と黒蝶が次々に認める。折笠も同意見だ。
しかし、当のサトリ自身が異論をはさんだ。
「言っておくが、俺様は茂鳶家の陰陽師の心を読んで、その断片的な情報を繋いだだけだ。記憶違いをしている陰陽師が混ざっていれば、実際の歴史とは異なる可能性があるぜ? 特に、記録頼りの歴史を記憶頼りに読み取ってんだからな。まぁ、お前さんらの頭を覗く限り、大筋は間違ってなさそうで安心した。それよりも、今は前を向こうぜ?」
話を現在に切り替えたサトリが続けて持ち出した情報は、高天原参りにおいて陰陽師が握っている最新情勢だ。
これは陰陽師に伝手がない折笠達には得難い情報であると同時に、裏取りが難しい情報でもある。
サトリが月ノ輪童子を見る。
「先に俺様が話すぜ? 補足があれば都度頼むわ」
「あい、分かった」
「月ノ輪童子の思考を読めばまとめて話せるんじゃないのかな?」
その方が手間もかからないし話が整理しやすいと黒蝶が提案すると、サトリは月ノ輪童子を指さした。
「妖力差がありすぎて思考が読めねぇんだよ。古い妖怪はこれだから面倒くせぇ」
誰の思考でも読めるわけではないらしい。人間相手なら問題ないのだろうが。
サトリが話し始める。
「まず、古家の陰陽師は唐傘の半妖を狙っている。これは変わんねぇ。水之江を始めとした大家は全戦力で出雲周辺を固めてやがる」
出雲周辺にわずかながらいた妖怪や半妖はみな殺されるか逃げ出しており、古家の陣地は完成している。折笠たちが近づくのは容易ではない。
だが、この古家の動きは別の面で見ると失敗だった。
出雲から逃げ出した妖怪たちやそこから話を聞いた妖怪たちが高天原参りの存在を確信してしまったのだ。
「いま妖怪は徒党、郎党を組み始めてる。それを新家が警戒して、各地で小競り合いも起きてるらしい」
今はまだ、妖怪側も高天原参りの儀式詳細を知らない。妖力を高めて神性を得るのが条件だと周知されれば、妖怪同士や半妖、陰陽師を巻き込んだ戦争になりかねない。
「それと、陰陽師側にも第三勢力がいるみてぇだ」
「第三勢力?」
古家、新家に次ぐ第三勢力。
サトリが心を覗いた茂鳶家の陰陽師たちも実態を把握できていないその第三勢力に関してはほぼ噂頼りだ。
「徳島で狸妖怪を狩っていた半妖の二人組は知ってるみてぇだな。イジコと面霊気の半妖男女二人組だ。それを調伏してる陰陽師がどこの誰か分かってねぇんだよ」
古家、新家のどちらの陰陽師なのかもわからず、目的も不明。ただ妖怪を狩っているだけならば、陰陽師会への報告がないとおかしいという。
大泥渡が補足してくれた。
「妖怪退治は妖核が手に入るだけで金銭的な報酬は神社庁から払われる場合がほとんどなんだ。個人から妖怪退治を依頼されることもあるけど、今どき年に一回もないね」
「陰陽師会に報告して、妖核を提出しないとタダ働きみたいなものってことか」
妖核自体は陰陽術の発動などにも使えるので利益がゼロではないものの、直接お金にならない。意図的に妖核の大量所持を隠すのでもなければ、陰陽師会に報告するほうがいい。
月ノ輪童子が口を開く。
「我は茂鳶家でこう問われた。大泥渡家が半妖を調伏しているとは思えない、どこの家と手を結んだのか、と」
半妖は半分人間だ。調伏したとしても痕跡が残る。茂鳶家の監視下にあった大泥渡家に半妖が出入りする隙などない。ならば、今回の襲撃は半妖を調伏して妖怪を襲撃している第三勢力が裏にいる、茂鳶家はそう考えたのかもしれない。
サトリが頷いて、説明した。
「第三勢力の詳細は不明だが、目的についてはまことしやかに語られる推測がある。それが、高天原参りに陰陽師として参加してるんじぇねぇかって推測だ」
折笠も気付いた、本来は妖核を持たない陰陽師が高天原参りに参加する抜け道。それが、調伏した妖怪や半妖を使うというもの。
戦国時代に家のため戦っていた半妖たちと似たようなものだ。目的意識が共有できれば、只人でも高天原参りで願いを叶えられる。
自由意思を奪う調伏を使えば、陰陽師でも可能。
「いうほど簡単じゃねぇんだけどな。芳久やそこの塵塚怪王なら分かんだろ?」
「神と崇められるほど高まった妖力の持ち主を調伏術で縛るのは難しいな。相応の儀式が必要になる」
「金もかかりましょう。そもそも、高天原にまで術の影響が及ぶかどうか。高天原に満ちる神力で術が消し飛ばされかねません」
大泥渡と塵塚怪王の意見に、サトリが頷く。第三勢力の存在が推測の域を出ないのも、現実的に博打の要素が多いからなのだろう。
折笠は黒蝶と顔を見合わせる。
福島県を出てからというもの、陰陽師の襲撃がなかったのは陰陽師が一枚岩ではなかったのも理由だと分かった。
貴重な情報ではあるが、出雲大社がすでに古家に押さえられているのが痛い。周辺の妖怪や半妖を駆逐して守りが盤石になった今、古家は折笠と黒蝶を直接狙って動き出してもおかしくない。
「ひとまず、出雲行きは延期だな」
「神性を得るのが先だね」
折笠たちが高天原参りの条件である神性を得る動きをすれば、陰陽師も放置できない。出雲周辺から戦力を動かすはずだ。
「唐傘の、迷い蝶の、ご両人は今後どうするのじゃ?」
月ノ輪童子に方針を問われ、折笠と黒蝶は同時に答えた。
「大掾氏の勢力圏だった常陸国、茨城県に行く」
対い蝶紋の郎党の本拠地でもあったと目されるその地で、夢の正体を探るついでに、
「――陰陽師を狩る」
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