第二十八話 高天原参りの歴史

 高天原参りは奈良時代にはすでに存在していた儀式だ。

 何らかの方法で妖力を高め、神性を得た者が高天原にて神の末席に迎えられる。もしくは、神性を失う代わりに願いを一つ叶えてもらい、地に戻る。

 神性を得るには妖核がなければならず、妖核を持たない陰陽師などの人間は参加資格がない。


「それで陰陽師は高天原参りを隠蔽する以外に方法がなかったと」


 ここまでは、折笠も既知の情報だ。そして、調伏されていたサトリのように抜け道自体はある。

 それが、イジコや面霊気の半妖を調伏している陰陽師と関係しているのでは、と邪推もしているが。

 折笠の思考を読んだサトリが「後で話す」と一時的に棚上げして話を続ける。


「妖力を高めるのは単純に数百年の月日を生きるだけでも達成できる。元々は、妖力の高まりで神性を得て、人間から神と祭り上げられちまった妖怪を召し上げるための儀式だったってよ」


 神とされる妖怪はだいだら法師や付喪神などいくらでも存在する。実際に神として高天原に住んでいるかはともかくも、祭り上げられることはあったのだろう。

 日本は怨霊ですら神様にして鎮めようとする国だ。

 サトリが続ける。


「だが、平安時代から様子が変わる。陰陽師も増え、調伏、討伐される妖怪も増え、陰陽師と妖怪の間での戦いが激化した。そして、手っ取り早く妖力を高める方法が見つかっちまう」

「相手の妖核を砕くんだね」


 黒蝶の言葉に、サトリが頷く。心当たりがあるのか、月ノ輪童子も頷いている。

 折笠はサトリの言葉に疑問を持った。


「見つかるって、妖核を手に取ったら本能的に分かるだろ」


 陰陽師、玄川家の式にして家宝、大河堰きの妖核を砕いた時、折笠は本能的に砕けば妖力が上がると知っていた。

 サトリが怪訝そうな顔で折笠を見て、嘘を吐いているわけではないと分かると首をかしげる。


「いや、分かんねぇぞ?」

「我も分からんな。随分と昔、粗野な鬼どもをなます斬りにした際に砕いたが、偶然だった」

「えっと、黒蝶?」

「私は分かるよ? 半妖だから、かな?」


 もう一つの可能性が脳裏をよぎったが、今は高天原参りの話に戻すべきだろう。

 折笠は疑問を棚上げにして続きを促した。

 サトリが続ける。


「元々寿命が短い半妖共はこの方法に飛びついた。陰陽師、半妖、妖怪の三つ巴だ。高天原参りの成功者も出たらしい。文献が残ってねぇけど」


 時代はそのまま下っていき、戦国時代に入ると半妖は名だたる大名の下に付き、対い蝶の郎党などを結成する。妖怪もこれにならい、東北狸妖怪の左二枚柏巴の郎党など、紋を掲げて争った。

 しかし、戦国時代に高天原参りを揺るがす事件が発生する。


「当時東北の最大勢力だった対い蝶の郎党を陰陽師が働きかけて人の政治で潰そうとした。これが発端になり、東北の陰陽師は対い蝶の残党に虐殺される。家のしがらみもなくなった対い蝶の郎党はそのまま出雲大社に入り、戦国時代唯一の高天原参り成功例になった」


 折笠と黒蝶は視線を交わす。やはり、あの夢の内容はほぼ事実だ。

 大掾氏に連なる対い蝶の頭、蝶姫は処刑され、それに憤った半妖の男が東北の陰陽師を虐殺した。

 だが、夢の中で半妖の男は『いまさら何を願う?』と話している。高天原参りに成功したのなら、何らかの願いを叶えたか、そのまま高天原に神として住んでいることになる。

 折笠の思考を読み取ったのか、サトリが続ける。


「話は終わってねぇんだ。具体的には、事件が終わってねぇ」

「え? 対い蝶の郎党が潰されて、東北の陰陽師が虐殺されたのが事件だろ?」

「高天原参りを成功させた直後、成功者の半妖は妖力を失って只人として現世に帰ってきたその瞬間を、陰陽師の集団に殺されてんだよ」


 高天原参りで願いを叶えれば代償に神性を失うどころか、妖力すらなくなってしまうらしい。つまり、成功させた直後は無防備ということになる。

 郎党が必要な理由の一つでもあるのだろう。無力となった頭を全力で守るのが郎党の役割の一つなのだ。

 だとすれば、蝶姫に引き続き頭を討たれた対い蝶の郎党はどうなった?

 今朝の夢が思い起こされる。

 夢の中で、自分は完全に怒り狂っていた。陰陽師を根絶やしにするために文字通りに命を賭けていた。


「約定破りってまさか……」


 折笠の呟きを聞き取り、サトリが重々しく頷く。


「高天原参りの成功者をその場で討つのは最大の禁忌、約定破りだ。元々、妖怪や半妖は常人には見えねぇだろ。だからこそ、いないものとして扱うことで、一定の均衡を保っていた。大泥渡家がいい例だ。陰陽師の血筋でも常人が生まれる。そいつらが家のしがらみで見えもしねェ妖怪に闇討ちなんてされてみろ。もう無茶苦茶になっちまう」


 約定は高天原参りを円滑に行うためのモノであり、同時に陰陽師にルールを課すことで家族や親族に妖怪から危害を加えられないようにするもの。

 だからこそ、表の政治、大掾氏の滅亡で蝶姫が処刑された際に対い蝶の郎党は裏で糸を引いた東北の陰陽師を虐殺した。約定破りの報復として。

 そして、高天原参り成功直後、またも約定は破られた。


「京から江戸まで、様々な陰陽師家が無差別に虐殺された。唐傘お化けの半妖が率いる残党によってだ」


 名前さえ知られていないその半妖は最終的に結集した陰陽師による掃討作戦が行われ、残党を逃がすために殿を務め、陰陽師に甚大な被害をもたらすも討伐された。

 この半妖の死をもって、戦国時代の高天原参りは終結する。


 生き残った陰陽師はすぐさま勢力を取り戻そうとしたが、江戸時代に再び高天原参りが行われる。

 それはあまりにも一方的なものだったという。半妖と妖怪が力を合わせて陰陽師を叩き潰して全国を回っていき、勢力を取り戻しかけていた陰陽師は全国的に壊滅した。

 戦国時代の高天原参りとは異なり、詳細を記す者すらほぼ生き残れなかったほど一方的なそれは陰陽師の家柄をそれ以前と以後に分けるきっかけとなった事件。

 この高天原参りの影響で全国的に百鬼夜行が陰陽師の素質を持つ一般人に目撃され、空前の妖怪絵ブームを引き起こす。


 この際、陰陽師を虐殺する郎党が掲げたのは対い蝶。率いたのは半妖の男女。女は迷い蝶、男はぬりかべの半妖。

 陰陽師たちは高天原参りで多大な血を流す自分たちの苦労も知らずに妖怪絵で盛り上がる平和な人々を皮肉り、この事件をこう呼んだ。


「――天下泰平事件」


 江戸時代、天和の頃に行われたとされる半妖二人組による陰陽師狩り。

 概要は月ノ輪童子から聞いていたが、男の半妖が唐笠お化けではなくぬりかべだったというのは初耳だ。

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