第四話 カサとツキ
折笠の部屋に戻ってきた黒蝶は浴衣姿だった。今日は一日、アカエイの背の上だから気楽に過ごすつもりだろう。
「折笠君が見た夢から教えて」
「オッケー」
自分がカサと呼ばれていたことなど、包み隠さず話していく。黒蝶はどこか納得したように何度か頷いていた。
「――という感じの夢だった。蝶姫亡き後に高天原参りを強行した理由に説明がつくだろ?」
「謎の一つに答えを得たり、だね。復活を願うなんて考えてなかったけど、その手があったかぁって感心するよ」
黄泉平坂を下り、死者を連れ帰る神話があるくらいなのだから、確かに願うことは可能だと折笠も思う。
あの夢で、解散の危機にあった対い蝶の郎党は蝶姫の復活を目的にまとまり、実際に高天原参りを成功させる。
折笠は夢から目覚めた時、復活した蝶姫がどうなったかを考えた。
目の前の黒蝶を見る。
当初、時代を超えて復活した蝶姫こそ、黒蝶なのだと思ったのだ。
「人違いです」
黒蝶が人差し指でバツ印を作り、折笠の推測を否定する。その根拠となるのが昨晩見た夢なのだろう。
黒蝶が昨晩の夢を話し始める。
「蝶姫の処刑前日、蝶姫と会話をしたの」
黒蝶の夢も折笠同様に一人称視点だったのだろう。蝶姫と会話をできる立場にいたことになる。
「私は黒蝶のそばに控えてる下女のツキって人みたい。半妖じゃなくて普通の人だけど、妖怪は見えてる」
「陰陽師の素質があったのかな」
いわゆる霊感持ち、界隈では只人と呼ばれる。霊感を持たない場合は常人と呼び分けられる。
半妖である蝶姫のそばに付けるなら妥当な人選だろう。
折笠はケサランパサランを拾った初日の夢を思い出す。雪見の宴で蝶姫のそばで静かに控えていた下女がいた。あれがツキかは分からないが。
「もしかして、カサって呼ばれていた半妖も夢で見た?」
「呼ばれているところは見たことないけど、蝶姫と並ぶ半妖の男の人の後ろにいつも陰のある美形がいたよ」
おそらく、その陰のある美形とやらがカサだろう。折笠の夢ではいつも半妖の男、喜作を後ろから眺めていた。側近として護衛のため背後を守っていたのだと、今ならわかる。
夢の中には半妖の男、喜作と蝶姫の二人ではなく、カサとツキという側近が必ずいたのだろう。
視点の主が判明したのは朗報だが、同時に分からないことが増えた。
なぜ、蝶姫ではなく自分たちが転生しているのか、だ。
「夢を前世の記憶だと仮定していたけど、俺たちが転生している意味が分からないよな。仮定が間違っていたのか?」
「戦国時代に高天原参りを成功させて蝶姫の復活を願った喜作は、うつしよに戻った直後に陰陽師に襲われて死亡。カサが激怒して陰陽師を虐殺したんだよね? なら、復活した蝶姫が私たちの復活を願った、とか?」
復活した蝶姫についても不明だ。どこに復活して、どうなったのか。前世の記憶を持っていない可能性だってある。復活ではなく転生だった場合、赤子スタートでカサによる陰陽師虐殺にも参加できなかっただろう。
ただ、喜作が高天原参りを成功させている以上、蝶姫の復活は願ったはずだ。復活した蝶姫が喜作の最期を知って素直に受け入れるとは考えにくい。
折笠は考えを整理しつつ、自分を指さす。
「喜作の復活ならともかく、俺たちを復活させたのはなんでだ?」
「高天原参りの成功者を復活させちゃダメって裏ルールがあるのかも。仮定に仮定を重ねるのはよくないけど」
「仮定が間違っているんじゃないか? 俺たちは復活したわけでも何でもない赤の他人で、それっぽい夢を見て踊らされているだけ」
「蝶姫ならそういう悪戯しそうだけど、それならどうやって夢を見せているのか分からないね」
黒蝶は少し考えた後、結論は出ないと判断したのか話題を変えた。
「それと、夢の話には続きがあるの」
「蝶姫とツキの会話か」
処刑前日の蝶姫とツキ。あまり愉快な会話にはならないだろうなと覚悟を決める折笠に、黒蝶は小さく笑う。
「会話自体はとりとめのないものだったよ。小さなころから一緒にいたから思い出話に花が咲いただけ。本題は、蝶姫から日記の入った箱を預かったこと」
「日記? もしかして、対い蝶の郎党の成り立ちや戦術が書かれてる?」
黒蝶が頷く。
黒蝶の夢によれば、その日記には対い蝶の郎党に属する半妖、妖怪の経歴やどこで郎党に加わったか、どの戦いで功績を残したかなどが記載されているという。他にも郎党としての戦術、蝶姫の編み出した迷い蝶の戦い方なども載った、非常に重要な日記らしい。
日記を見れば対い蝶の郎党のあらゆる部分が判明する。戦乱の世だ。郎党に恨みを持つ者も多いだろう。
自身が処刑されるため、陰陽師や別の郎党に日記を奪われるのを嫌った蝶姫はツキに託したのだ。
「その日記はどうなったんだ?」
「蝶姫の遺言で誰にも話さずに埋めることになってた。場所は吉野平の不動滝の霊道」
福島県にある小さな滝だ。
蝶姫の日記を手に入れれば、対い蝶の郎党についてのおおよそが理解できる。
だが、折笠が期待するのはむしろ、日記が手に入らない場合だ。
「蝶姫が復活していたら、その日記を回収すると思うんだ。もしも、俺たちが蝶姫の願いで転生していた場合、何か伝言を残すんじゃないかな?」
「タイムカプセルだね。この状況を蝶姫自身が説明してくれるかもしれないなら、行くしかないよ」
折笠と黒蝶は揃ってスマホを取り出し、道順を調べ始めた。
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