第二十六話 血筋呪詛
サトリの性格はかなり難ありだったが、それでも大泥渡の友人なのは間違いないらしい。
「サトリ、いくぜ」
大泥渡がたった一言発しただけでサトリは煽り散らかすのをやめて茂鳶に集中した。
「芳久が考え抜いたのは分かった。協力しよう」
全く同時に好戦的に目を細めて茂鳶を睨んだ大泥渡とサトリが動き出す。
大泥渡が印を結ぶその肩の上で、サトリが茂鳶の心を読む。
「陰、呪、土気」
「――くそっ」
ポケットから何かを取り出そうとしていた茂鳶が悪態を吐いて、右足で地面に円を描く。
サトリが目を見開いて、呟く。
「陽、火打石、煙幕を」
茂鳶が悔しそうに舌打ちした直後、サトリが続ける。
「裏手の塀に霊道、逃げ」
サトリの言葉が終わる前に、大泥渡が術を発動して続けざまに紅葉を漉き込んだ和紙を取り出す。
茂鳶が焦った様子で裏手の塀を振り返った。
「霊道が開かない!?」
「茂鳶の血筋の結界を張れば、いや、芳久も茂鳶家の血筋だから……サトリが邪魔、心を読むな」
サトリが淡々と茂鳶の内心を暴露し続ける。
茂鳶にはもう一切の余裕がない。
作戦を立てようとしても、そのすべてがサトリの口から語られてしまう。二手、三手と大泥渡を詰ませようと考えても、一手目から思惑を暴露される。
「即時発動の術、狙いは無差別」
サトリが茂鳶の内心を読み、口にする。
サトリを相手に突然の戦闘をする場合の手として陰陽師が考えるのは主に二つ。心を読んでも意味がない回避不能な攻撃か、心を読めないほどに染み付いた反射的な攻撃。
茂鳶は前者を選んだが、彼にとっては不幸なことにこの場には折笠がいた。
十五本の唐傘が開いた状態であちこちに転がる。いかなる攻撃であっても、唐傘に込められた妖力と相殺されて消えてしまう。
茂鳶も唐傘を見た瞬間に抵抗が無駄だと理解した。
それでも、茂鳶が諦めない可能性を折笠からサトリが読み取った。
「唐傘の心、水之江家の札、大蛟、山を覆う規模」
「在り得るね」
サトリの言葉を聞くなり大泥渡が左右の手を交差させ、手で影絵の狐と蛇の形を象る。
大泥渡の動きに前後して茂鳶が何かを服の内ポケットから出そうとした。しかし、内ポケットから何かを摘まんだ形で振り抜いた手には――何も握られていない。
茂鳶から大泥渡の足元へと、狐の影が駆け寄った。大泥渡の足元に複雑な呪文と家紋が記された一枚の札が残される。
外から見ていた折笠と黒蝶には何が起こったかすべて見えていた。大泥渡が手で狐の影を作った瞬間、茂鳶の内ポケットから札が抜き取られて地面に落ち、狐の影が札を咥えて大泥渡へ走っていた。
狐が術具を盗むなら、蛇の方はと折笠は蛇の影を探す。
いち早く蛇の影に気付いた茂鳶が悔しそうな顔で、対抗するために印を結ぼうとした。
しかし、茂鳶の術が完成する前に蛇の影が茂鳶の首に絡まる。
「ぐっ……」
首を絞められたように息を詰める茂鳶に対して、大泥渡は淡々と術を発動していく。
「この血に寄せて絞め蛇をなう――」
茂鳶が驚愕に目を見開き、首を両手で押さえながら辛うじて声を出す。
「血筋呪詛!? 共倒れする気かっ!?」
「茂鳶くーん、芳久に流れる茂鳶の血は半分だぜ?」
サトリがそう言って茂鳶を鼻で笑う。
陰陽師ではない折笠と黒蝶は首をかしげるやり取りだ。
折笠たちの疑問に気づいたサトリが、茂鳶に敗北を突き付けるように説明する。
「茂鳶の血筋が妖力を使いにくくする呪詛だ。元々妖力量でゴリ押しできる芳久ならともかく、数を頼みにする茂鳶家にはきっついお仕置きだよなぁ!? 呪詛返ししてみろよ。茂鳶家の血筋が茂鳶家に掛けた呪詛だ。呪詛返しで倍になった呪詛が茂鳶家全体に拡散するぞ! 本家筋と違って芳久に返ってくるのは半分だけだがなぁ? それをさらに呪詛返しして、煮詰めていったら、先にくたばるのは本家筋だぁ! 茂鳶、詰んだァっ!」
家の乗っ取りを警戒しながら他家の血を取り入れていた大泥渡家が対陰陽師向けに開発した呪詛だけあって、厄介な性質らしい。
サトリの言葉から察するに大泥渡にも影響があるようだが、それでも強行できるだけの実力差が存在するのだろう。
茂鳶の首に蛇の鱗のような痣が浮き上がる。
地面に膝をつく茂鳶が歯ぎしりしながら両手で土を握りこむ。戦意は消えたが憎悪を胸に抱き、明らかな敵意を瞳に宿して大泥渡を睨みつける。
「芳久、お前は妖怪や半妖、それも唐傘と迷い蝶の半妖と組んで陰陽師家を一つ潰したんだ。国の敵になったんだぞ。何をしたか、分かってんだろうな!?」
「ダチを助けた」
大泥渡はサトリが乗っていない右の肩だけをすくめて、サトリそっくりに口角を上げる。
「伯父さんは友達いないからわかんねぇか!?」
大泥渡の言葉はあまりにも強烈に急所を抉ったらしく、茂鳶は怒りで顔を赤く染めながらも反論できずに震えるばかり。
そんな惨状を見て、折笠はため息を吐いた。
「帰るか」
「折笠君、例のモノをまだ手に入れてないよ」
黒蝶に指摘されて、折笠は例のモノこと迷い家を思い出す。
月ノ輪童子が探してくれているはずだ。
合流しようかと気配を探ろうとした矢先、屋根の上から音もなく月ノ輪童子が舞い降りた。
「なんじゃ、敵将を捕らえたばかりか。生かすか、殺すか?」
「処す!」
「サトリ、あれは呪詛の起点になってるから殺すと掛け直さないといけないんだ。こいつらに二度手間は面倒くさい」
「芳久がそう言うなら、処さん!」
「なんじゃ。久方ぶりに首を落とせるかと思ったのに」
心底残念そうに素振りを始める月ノ輪童子に茂鳶が無言でガタガタ震えている。
月ノ輪童子が茂鳶に背を向け、彼に見えないのをいいことにニヤニヤ笑った。
「……まぁ、これで肝も冷えたろう。温めなおす輩がおらねば無害じゃろうて」
月ノ輪童子が折笠へと歩み寄りながら、懐から何かを取り出す。
それは、神棚として飾られていそうな社のミニチュアだった。
「例にして礼の物じゃ。家人にも隠しておったようで、見つけるのに少し苦労したぞ」
「ありがとう。それじゃあ、他に用がなければ帰るか」
「我はないぞ。サトリ、陰陽師の、おまえさんらは何かやり残したことはあるのか?」
「俺様はこのお笑い権謀術数ちゃんが味方からどう笑われ者になって無様に転げ回るのか見てぇな」
「僕はないね」
「なら、俺様も帰るとするか。茂鳶家で仕入れた情報を拡散しになぁ!」
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