第九話 サマフェスもどき
夜型が多い妖怪界隈とはいえ、昼の警戒がおろそかなわけではない。
外に出た折笠と黒蝶を、玄関口で門番を務めている大煙管がキセルをふかして呼び止めた。
「朝飯なら、ここで食えるぜ?」
「散歩がしたいんだ。おすすめとかある?」
折笠に聞かれて、大煙管はカツカツと灰皿に灰を落としながら考えた後、キセルで方角を差す。
「かぶれた若狸があっちでサマフェスもどきをしてる。足を運んでやってくれ。おれら古狸にはよく分からんから感想も言えん」
「へぇ。曲名は?」
「分からんと言ってるだろう。どんちゃんしてて、さっぱり分からん」
理解しようとした形跡が窺える渋い顔をして、大煙管はそれ以上何も話さない。
教えられた方角へ歩き出すと、黒蝶が口を開いた。
「昨夜もあの夢を見たよ」
明るいその口調で、折笠は自分が見た夢とはまるっきり方向性が違うことを察した。
黒蝶が見た夢の内容は紅葉の綺麗な霊道の温泉にまつわるもの。
左二枚柏巴が管理していた霊道で、いわば秘湯のようなものらしい。
「行き方もなんとなくわかるから、帰ったら行ってみようよ」
「福島にあるの?」
「そうだよ。すっごい広い湯船で、周り一面赤色でちょっと空の青が見えてるの。すごく綺麗な景色だった」
「へぇ。俺もその夢を見たかったな」
赤は赤でも血の赤に染まった夢を思い出し、折笠は思わず呟く。
黒蝶が折笠の横顔を見た。
「折笠君はどんな夢を見たの?」
「それがさ……」
雰囲気を壊すのは申し訳なかったものの、今を逃せば話せない気がして折笠は昨晩の夢の内容を語る。
話を聞いた黒蝶はしばらく考えた後、口を開いた。
「対い蝶と左二枚柏巴は同盟関係だから、一緒に陰陽師を襲撃したってことかな。きっかけはなんだろうね?」
「元々、妖怪と半妖は陰陽師と敵対的だから殺し合いもあり得ると思う。根絶やしって言うのは物騒だけど」
「でも、きっかけはあるでしょう」
「夢に迷い蝶の姫が出てこなかったのは気になるけど、別の場所にいたのかもしれないから推測の域を出ない」
「私が同じ日の夢を見ているなら、紅葉狩りしながら温泉を満喫していたことになるね。ありえないと思うけど」
黒蝶の言う通り、ありえない想定だと折笠も思う。
半妖の男女は基本的に一緒に行動していた。対い蝶の郎党だけでなく柏巴の郎党までも参加する大規模な襲撃作戦で別行動するとしても、何らかの作戦行動だと思う。少なくとも温泉を楽しむことはないだろう。
「結局、対い蝶の郎党ってなんだろうね」
黒蝶が妖力で作り出したアゲハ蝶を手の平の上で向かい合わせる。
夢の半妖たちが掲げている対い蝶の紋を表現しているのだろう。
折笠も手のひら大の唐傘を作り出して夢で見た対い蝶紋を描き出す。
「姫って呼ばれるくらいだし、他の半妖や妖怪からの扱いを見ても迷い蝶の半妖が頭領だと思う。なんで姫って呼ばれているのかが問題だけど、武家出身とかかな」
「着物も上等だったからね。所作も綺麗だし。良い家の出なのは間違いないと思う」
折笠は対い蝶紋の入った唐傘を手の平の上で転がして、かき消した。代わりにポケットからスマホを取り出して画面を黒蝶に見せる。
「対い蝶の家紋を掲げていた家は結構な数があったけど、該当する家紋は見つからなかったよ。一番近いのがこれ」
左右に分かれた蝶が羽を広げて向かい合うその家紋を見せるが、黒蝶は首をかしげる。
「家紋なんだからぴったり一致していないと特定したとは言えないでしょ」
「そうなんだよなぁ」
そもそも、家紋を掲げていたかも定かではない。頭領である迷い蝶を題材に郎党の紋を一から作った可能性もある。狸妖怪が掲げたという柏巴も変化に使う小道具の柏の葉に引っ掛けて作った紋だ。
「左二枚柏巴の生き残りと会えれば一気に色々と分かるはずなんだけど」
「墨衛門に期待しようよ。それと、もう一つ知る方法があるね」
「陰陽師、それも古い家の方な」
今回の夢で根絶やしにされた陰陽師の家について伝わっていれば、その襲撃犯である対い蝶の郎党についても詳しいことが分かるかもしれない。
古い家の陰陽師と会話する機会などまずないのだが、本格的に考慮した方がいいかもしれない。
「生け捕りにでもする?」
「折笠君が物騒だぁ」
黒蝶が苦笑して、妖力で作ったアゲハ蝶を空に放す。
「誘導尋問なら得意だよ」
「そうか。選択肢を用意して迷わせるのか」
あくまでも判断を迷わせるだけなので確実ではないが、一つの方法ではある。
今度、陰陽師との戦いに発展した時にはうまく尋問してみようと心に留めて、折笠は道の先の広場を見る。
そこでは若い狸妖怪たちがギターやドラムを鳴らしていた。
折笠も聞いたことがある最近流行りの曲からちょっと古い曲までいろいろなレパートリーがあるようだが、聞きに来ている妖怪は少ない。
そんなところに半妖の若者、折笠と黒蝶が来たのを見つけて、若い狸妖怪たちのテンションがぶち上がった。
「耳の肥えた奴が来たぜ!」
「感想くれよな!」
早速演奏に入る若い狸妖怪たちを見て、折笠は黒蝶と一緒に広場に敷かれた茣蓙の上の座布団に座る。
難しい話は置いといて、今は少し音が外れた狸妖怪たちの演奏を聴くのも悪くない。
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